傲慢
この世には縁というものが存在する。
人と人との縁はもちろん、人とモノ、モノとモノの間にもそれは存在する。
縁は結びつきが強固であったり脆弱であったりと様々である。
先生の刀は、私と対象との縁を一時的に斬る物だった。
斬る、という行為は祓うとは違う。
証拠に先生が斬ったモノは消えてしまうけれど、数日後にはまた復活していた。
しかも毎日同じモノと遭遇していたら、また縁は繋がってしまう。
学校や通学路にいるようなソレらとは特に縁が繋がりやすかった。
先生はその場凌ぎの応急処置にすぎないのだと言った。
「あなたは彼らをどう思いますか」
ある時、先生はそんなことを聞いてきた。
「彼ら」の中には先生のことも含まれているに違いなかった。
「可哀想だと思う」
彼らは演者で、私は観客だ。
彼らはこの世に縛り付けられ、恐らく永遠に彷徨い続ける。
一方私は、そんな彼らを視認しているにも関わらず、視ることしかできない。
観たくもないホラー映画を観せられているような、そんな感覚だった。
でもその観客席に座っていられるのは、他でもない先生のおかげだ。
いつだってスクリーンからは私に向かって手が伸びてくる。
それを払ってくれる先生がいなければ、忽ち彼らと同じスクリーンの向こう側の住人になるのだろう。
「ごめんなさい」
彼らを、先生を救うことはできない。
私がただ観客席に座らされることを強制されているように、先生や彼らもまた演者でいることを強制されているのだ。
「なぜ、謝るのですか」
謝罪が気に食わなかったらしく、いつもより低い声が返ってきた。
「あなたが彼らの死や存在に、負い目を感じる必要はありません。それは優しさではなく傲慢です」
先生の言葉の意味は理解できなかったが、なんとなく叱られているのだろうということは察した。
「あなたは仏でなければ神でもなく、ただの現世の人間に過ぎません。彼らを救うことなど到底無理なことです」
「なら、先生はどうして私を守ってくれるの?」
向こう側の存在である先生が、現世の人間でしかない私を守る理由。
先生が私にしていることは、私が先生にしたいと思っていることだ。
その理由にきっと違いなんてない。
私の問いに、先生は少しの間口を噤んだ。
「……これは私の傲慢です。あなたが私を模倣する必要はありません」
傲慢。
私とあなたの関係は、その一言で片付けられてしまうほどのものなのだ。
そう言われている気がした。
「……先生がそう言うなら」
きっとそれは正しいことであり、真実なのだろう。
けれど、なぜだかとても寂しかった。
あの夢日記の件で変わったことはそれくらいだ。
あとは両親が離婚したりしたが、特になんとも思わなかった。
私は自分が思っている以上に図太く成長したらしい。
ーーそして、現在。
私、榊ひよりは高校三年生となった。
しかしそれもあと一ヶ月。
四月には大学へ進学が決まっている。
そんな私の目の前には、あの神社へと続く階段が立ちはだかっていた。
階段の両脇に生えている木と木の間には立ち入り禁止のテープが貼られている。
「怖くない? 手繋いでてあげようか」
隣でにこにこと愛想のいい笑顔を見せる男。
もちろん、先生ではない。
「大丈夫です」
「寂しいなあ。もっと頼ってくれていいんだよ?」
「結構です」
すっぱりと断り、テープを潜って階段を登り始める。
夢の中とはまるで違う様子に驚いた。
石段の石は割れ、苔が生えている。
木の葉は積りに積もってしまって、とにかく足場が悪い。
かつては朱色をしていたのであろう鳥居も、塗料は剥がれ落ち右半分は崩れて無くなっていた。
「どう、久しぶりに来た感想は」
男がボロ屋のような倒壊寸前の拝殿を前にして、腰に手を当てて訊ねてくる。
「夢で見た様子とはまるで違います」
「だろうね。ひよりちゃんが見たものは隠し神が見せた幻みたいなものだから」
辺りを見回す。
昼間だと言うのに、薄暗く空気が重い。
「それじゃあ早速、かくれんぼを始めようか」
男が二回両手を叩いた。
瞬間、空気がガラッと変わる。
さっきまで感じていた重苦しさが一気に解消された。
ーー待っててね、マキちゃん、カナちゃん、ショウヘイくん。
今、見つけてあげるから。