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縁-えにし-  作者: 狸塚ぼたん
三章
48/104

ポンコツ


ーーーーー


「あ、切られちゃった」


葵は不服そうに携帯の画面を見て口を尖らせる。


「よくそんな独占欲ダダ漏れの言葉、恥ずかしげもなく吐けますね……」


二人を送り届けた後、車内で終始電話の内容を聞いていた真壁は顔を赤くしながら運転していた。


小宮の元妻である大里は、今夜は小宮宅に泊まるらしい。

一度の送迎のみで済んだため、予定より早めに神社に着けそうだった。


「あの子にはね、この世に執着してもらいたいんだよ。ちゃんと必要としてる人間がこの世にいるって理解してくれるなら、恥ずかしい言葉なんていくらだって吐ける」


「じゃあ、佐々木さんでもいいじゃないですか」


「それはダメ。絶対ダメ」


真壁は呆れたように深い溜め息を吐く。


「なんか楽しそうでいいですねー。推しがいる生活っていいですよねー。私も今日まで日々充実してたなー」


感情の籠らない台詞に思わず笑ってしまう。


「何、そんなショックだったの」


大塚芳信の過去。

信頼していた人だったとはいえここまで気落ちするとなると、やはり特別な感情も少なからず抱いていたのかもしれない。


「推しが死んだ時と同じくらいショックです」


わかる人にしかわからない例えが返ってきた。

因みに葵は推しという概念が全く理解できなかった。


「よく聞くけど推しって何?」


「え? 恋愛感情までには至らない好き、みたいな? いやでも彼氏を推しって言ってる人もいるし……って! そうだ! そんなことはどうでもいいんです! 私、あなたに怒ってるんでした!」


早い段階でそれを見抜いていた葵は、回避するためにどうでもいい話題を振っていたのだが思い出させてしまったらしい。

真壁は頬を膨らませて、とてもわかりやすい怒り方をしている。

恥ずかしがったり呆れたり怒ったりと忙しいことだ。

ひよりもこれくらい感情を表に出す子であれば、からかい甲斐があって面白かっただろうに。


「待ってね、当てるから。……大塚芳信に初めて会った時から憑いてることに気づいてたのに、何も言わなかったこと?」


「やっぱり気づいてたんですか!?」


「うさぎのぬいぐるみ抱えた女の子が、凄い形相で大塚を睨みつけてた」


「え? 私には視えませんでしたけど」


可視能力には個人差がある。

真壁に視えなかったとしても全く不思議はないのだが、それよりも気になる点があった。


「昔、知り合いに君と同じような体質の子がいた」


「頭痛体質のことですか?」


「君のその頭痛はセーフティシステムみたいなもので、あまりにも力が強いモノが近づくと身体が拒否反応を起こす体質なんだよ。それが出てる間は、自分の身を守るために何も視えなくなってる。無理にでも近づけば、今度は短期入院だけじゃ済まなくなるかもね」


葵の話を聞いて直ぐに理解が及ばなかったらしい。

ぽかん、とした顔をしながら、


「……つまり……私の体質って、ポンコツ……?」


やっと出た言葉は絶望に満ちていた。

葵はそれに追い討ちをかける。


「そ、ポンコツ。意識高くないのに、身体張ってまでこんな仕事する必要ないでしょ。だから直ぐにでも班から抜けることをおすすめするよ」


「……もしかして、心配してくださってるんですか?」


まるで、優しさに縋る子犬のようだった。

しかし無慈悲な葵には全く響かない。


「違う、君のお守りから解放されたいだけ」


「あなたに優しさを求めた私が馬鹿でした!!」


葵の涼しい顔での即答にギリィっと奥歯を噛み締める。

なんで君にまで優しくしなきゃならないのか。

面倒くさい。


「申し訳ありませんが、責任感は人並みにありますので! 与えられた仕事は最後までやりきります! なので、これからも気づいたことがあったらその場でちゃんと情報共有してください! 今は嫌でもバディなんですから!」


葵は心底嫌そうにため息を吐く。

バディ、バディとやたら強調してくるのはなんなのだろう。


「君に黙ってついて行ったのは、あらゆる可能性は潰しておきたかったから。もし仮に僕があの場で大塚に憑いてるって話したら、心配して直ぐにでも追いかけてたでしょ」


「……そ、その時はその時、止めてくれたらいいじゃないですか」


「あのさ、僕はただの協力者であって刑事でもなんでもないんだよ。なんで捜査の指揮まで取らなきゃなんないわけ」


「だったら、どうして肝心な時に大人しくしていられないんですか! 大里さんの声掛けの時も勝手に飛び出して行っちゃうし! もし刃物とか持ってたらどうするつもりだったんですか!」


「あー、ごめんごめん。あそこは警察の面子立てた方が良かったよね」


「そういう意味で言ってんじゃない!!」


ぐぬぬぬ、と横目で睨みつけてくる真壁。

葵はやれやれと肩をすくめた。

他人の事で怒る様はどっかの誰かとそっくりだ。


「そんなことよりさ、ちゃんと気付いてる?」


「何がですか」


「小宮宅の違和感」


「……ご心配なく。それについてはこちらで処理しますので」


「あっそ」


あなたには関係ない。

そう言われた気がした。

都合のいい時だけバディバディとうるさいくせに。

まあ、別に構わないが。


小宮宅で見た風景を思い出す。

一人暮らしとはいえ、あまりにも物が少なかった。

玄関には大和の靴一足のみ。

廊下や客間もとても長年暮らしている家とは思えないほど、綺麗に片付けられていた。

対して、小宮佳奈の部屋の絨毯にあった、最近まで家具が置いてあったかのような跡。

もし大和の言う通り十年前から私物を運び出していて、他の部屋と同じように手入れされていたのなら、あんなふうに跡は残らないはず。


小宮大和は嘘をついている。


真壁の思い詰めたような表情から察するに、彼女もその嘘を見抜いているのだろう。


葵は車窓を流れる夕暮れ時の風景を、肘を突きながら眺めた。

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