榊家の血筋
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「そのぬいぐるみ渡せ! 燃やしてやる!」
大塚は私に向かって怒鳴りながら、持っていたライターを取り出した。
そんな大塚の前に巧が立ちはだかる。
「話を聞いてください」
「うるさい、退け!」
巧に手を上げようとしている大塚に、私は静かに声をかけた。
「これを燃やしても、小宮佳奈さんが消えるわけじゃありませんよ」
ぴくり、と反応を示す。
「燃やしたらむしろ事態は悪化しますが、それでもいいんですか」
嘘ではない。
よすがであるぬいぐるみを燃やされれば、私たちにとっての事態は悪化する。
しかし大塚は完全に自分のことだと思い込んだらしく、振り上げた拳を力なく下ろした。
「じゃあ、どうしろってんだよ」
「神社まで同行してもらえますか」
巧は巡査部長に対しても毅然としていた。
怒鳴られ手を上げられかけても、微塵も臆する様子を見せない。
「はあ? なんで俺が」
対して、大塚の態度は救われた身であるにも関わらずあまりにも横柄だった。
この男は過去の過ちを保身のためになかったことにし、そのせいで自分を苦しめている。
それでもまだこんな態度を取り続けるということは、それが過ちであったと認めたくないのだろう。
巧と同じ警察官であり位が上であっても、人間としての中身が根本的に違うということを見せつけられている気がした。
私はこの男の肩書きや身分や人柄になど興味はないし、今後この男がどうなろうと知ったことではない。
なんなら、この先の人生はなるべく苦しめばいいとさえ思う。
けれど、そのためにカナちゃんの存在が穢れるのは本意ではない。
先程から大塚は私と目を合わせようともしない。
本当は怖いのだろう。
このぬいぐるみの持ち主も、それを大切そうにしている私のことも。
「このままだと死にますが、どうされますか」
存分に怖がればいい。
あなたに選択肢などないのだから。
そんな意味を込めた言葉だった。
効果抜群だったようで、大塚は顔を青くしたまま押し黙る。
巧は驚いたような顔を私に向けていた。
私も榊家の人間だ。
あの葵と少なからず同じ血が流れている。
だから少なからず性格も悪いのだ。
「俺にだって家族がいる。……あんたらについて行くよ」
未だ不服そうな大塚はぼそぼそとこう言った。
私はぬいぐるみを抱えたまま、葵に連絡を取る。
『もしもし、こちらとっても優しい葵お兄ちゃんです』
よくもまあ、ワンコールで出て開口一番にこんな馬鹿っぽい台詞を吐けるものだ。
「大塚芳信さんとぬいぐるみを見つけました。ぬいぐるみは今も私が抱えていますが、特に何も視えません」
『優しくて聡明なお兄ちゃんが思うに……』
聡明まで増えた。
『場所が関係してるのかもしれない。こっちもこれから神社に向かうよ』
「わかりました。彼も一緒に連れて行きます」
『ひよりちゃん』
電話を切ろうとすると、葵に呼び止められる。
『僕以外の男にそんな感情的にならないでよ』
急に低い声色で言われ、思わず無言で電話を切った。
「どうかしましたか」
先程まで事の成り行きを大塚に説明していた巧が、私の様子に首を傾げる。
「……なんでもありません。神社に向かいましょう」
完全に不意を突かれた。
やはり私は自分が思っている以上に、感情が悟られやすいらしい。
大塚への怒りが声だけで悟られるとは。
熱を持つ顔を見られたくなくて、巧から顔を逸らした。
この熱は感情を悟られたことに対する羞恥からのものであって、決して、断じて、あの声色と台詞に対して心揺さぶられたとかそういうわけではない。
そもそもあんな独占欲ダダ漏れの台詞を吐いていいのは好意を寄せている相手だけであって、好きでもないただの従兄から言われたところで気持ち悪いだけだ。
「ひよりさん、ぬいぐるみが……」
巧に言われて、手元のぬいぐるみに目をやる。
今にも頭と胴体が別れてしまうほどの力で握りしめていた。
ごめん、カナちゃん。




