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縁-えにし-  作者: 狸塚ぼたん
三章
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ゆるさない


真壁は新任の頃からよく大塚に懐いていた。

理由はわからない。

ただ、彼女の父親が同業のお偉いさんだと聞いていたから他よりは目を掛けてやっていたつもりだった。


仮にあの変人の言葉が脅しではなく本当に自分に何か憑いているのだとしたら、優秀な部下とやらも何かしら反応を示すかもしれない。


「おー、真壁じゃん」


店内から出てきた真壁に声を掛ければ、まるで犬が尻尾を振るように満面の笑みを浮かべる。

その顔を見て、ついからかいたくなった。


「何、覆面パトカーでデート?」


「ち、違います! 捜査に協力して貰ってるだけです!」


文句を言いながらこちらに近寄って来たかと思えば、突然眉間にしわを寄せて立ち止まった。


「うっ……」


頭を押さえて苦悶の表情を見せる。

そう言えばこいつ、体調崩してこの間まで入院してたんだっけか。


「おいおい、大丈夫か? 退院してまだそんな経ってねえだろ」


「大丈夫、です。ちょっと休めば治ります」


無理矢理笑って見せる真壁。

今の大塚にはそんな彼女を心から案じる余裕などなかった。


「そうか? 無理すんなよ。ーー長期未決の失踪者、出たらしいな。俺も今朝周辺の交通整理に駆り出された」


「はい。今もその関連事件を担当していて……」


中尾将平は事故死だったはず。

それに関連する事件とはどんなものなのだろうか。

まさか本当に小宮佳奈の件も追ってるのか。


「その、なんだ。やっぱり友膳班ってのは、みんなそういう超能力的なのが使えんのか?」


「……いえ、超能力なんて使えませんよ」


いつもであればベラベラとどうでもいい話を続けるのに、今日は頭痛のせいか口数が少ない。

それとも憑いてるのが視えてて敢えて口に出さないのか。


「でも、視えるんだろ? 死んだ人間とか」


「個人差は、ありますけど」


憑いてるか憑いてないか、是が非でも口を割る気はないらしい。

使えない。


「お待たせ」


と、店内からコンビニ袋を手に持った男が出てきた。

真壁に声をかけつつも、その目は真っ直ぐ大塚を捉えている。

まるで獲物を狩るような鋭い目つきだった。

これ以上の詮索はやめた方がいい。

瞬時にそう思わせるほどの威圧感である。


「……そろそろ戻るわ。気張り過ぎんなよ」


大塚は真壁と男を残して、そそくさと署に戻った。


署に戻った大塚は、妻が作った弁当をロッカーから取り出しながら思う。

あの男が友膳の協力者なのだろうか。

だがまあ、真壁もあの男も特に何も口にしなかったところからして自分はやはり関係ないのだろう。

あの変人のせいで、こうも気持ちを掻き乱されてると思うと腹が立ってきた。


「大塚さん」


デスクに戻る途中、部下に声をかけられた。


「あ?」


「さっき、大塚さんの知り合いって子が署に来てました。小さい女の子だったんですけど」


「小さい女の子だあ? ロリコンじゃあるまいし、そんな知り合いいねえよ」


「でも、大塚芳信くんに会いに来たって言ってましたよ。今は外に出てて会えないって話したら『大丈夫、直ぐに会えるから』って。しばらく交通課の前の椅子に座ってたんですけど、気づいたらいなくなってました」


話を聞いた大塚はゾッとした。

顔から血の気が引いていく。


「どんな子だった?」


「それが……俺、記憶力いい方なんですけど顔が全然思い出せないんですよ。赤いランドセルを背負ってて、手にうさぎのぬいぐるみ持ってたことくらいしか……」


「もういい」


それ以上は聞きたくない。

大塚は部下の言葉を遮りデスクに戻ろうとする。

が、その自分のデスクを見て思わず立ち止まった。


『ゆるさない』


子どもが書いたような字体で大きくひらがなでこう書かれた画用紙の上に、ちょこんと乗せられたぼろぼろのうさぎのぬいぐるみ。

大塚はデスクの真ん中に置かれたそれらを咄嗟に握りしめ、さっきの部下を追いかけた。


「おい!」


部下の背に声を掛け掴みかかる。


「てめえ、人にこんな嫌がらせして楽しいかよ!」


「へ? すみません、なんのことだか……」


「とぼけんじゃねえ! また同じことやってみろ、ぶっ殺すからな!」


大塚は画用紙とぬいぐるみを床に叩きつけ、それを上から勢いよく踏みつけ去って行った。


「……え?」


部下は大塚が踏みつけた何もない床と、大塚の背を交互に見て首を傾げた。

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