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縁-えにし-  作者: 狸塚ぼたん
三章
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同期の笑み


ーーーーー


長期未決だった失踪事件の失踪者があの神社で見つかったらしい。

なんでも、友膳班が例の能力とやらを使って探し出したとか。


出勤して間もなく交通課長からそう聞いた時、大塚は顔を青くした。


「その失踪者、名前は?」


「確か四十年前に居なくなった中尾将平だったか。神社の井戸で見つかったんだと。今のところ事故死の線が濃いそうだ。野次馬たちが集まっちまってるから、交通整理して来てくれ。あそこ道狭いからな」


いつからあるのかもいつまであるのかもわからないオンボロの神社。

大塚が子どもの頃から、ここには子どもを攫う幽霊がいるだとか死人と会えるだとかカルトチックな噂が絶えなかった。

だがそんな馬鹿げた噂、ただの一度も信じたことはない。

胸騒ぎがするのは、きっとここ数日の夢のせいだ。

あんな昔のことなどとっくに忘れていたはずなのに、あの弱々しくておどおどとした顔が頭から離れない。


「内緒だよ、この子は宝物なの。ずっと一緒なんだ」


彼女はランドセルから白いうさぎのぬいぐるみをこっそり出し、限られた友人にだけ見せていた。

その限られた友人の中に大塚は含まれておらず、遠目からその様子を盗み見ることしかできなかった。


普段は馬鹿みたいに怯えているくせに、学校という場に内緒でぬいぐるみを持って来て、それを嬉しそうに友人に見せる顔が気に食わなかった。

そして、その友人の中に自分が含まれていなかったことも、これまで全て思い通りに与えられて生きてきた彼にとっては屈辱的だった。

あの顔を悲しみで歪ませてやったら、どれだけ気持ちがいいだろう。

当日のあの行為はそんな好奇心から出た行動だった。



現場に到着する。

神社に繋がる道は規制線が張られており、付近には人だかりができていた。


「ここ車通るから離れて」


野次馬たちに声をかけると、人だかりが割れて規制線の向こう側が見えた。

木の根元に小さな白い塊が落ちている。

よく見るとそれは木に背もたれて長い耳を垂らし、黒い目でこちらをじっと見ているうさぎのぬいぐるみだった。


「あ……」


思わず後退りした。


ーーお前のせいだ。


真っ黒な目はそう訴えているように見えた。


違う……違う、俺のせいじゃない。

三十年も前のことじゃないか。

あんな昔のこと誰も覚えてるはずがない。

もうお前のことなんて誰も必要としてないんだ。

大人しく俺の前から消えてくれ。


「大塚部長?」


と、若い巡査に声を掛けられた。


「あ、ああ、悪い。ちょっとぼおっとしちまってた」


「大丈夫ですか、顔色悪いですよ」


「な、なあ、あのぬいぐるみ……」


もう一度、ぬいぐるみの方へ視線をやる。

が、既にそれは消えてなくなっていた。


「ぬいぐるみ? どこですか?」


「見間違いだったわ」


やばい。

幻覚を見るくらいには動揺してるのかもしれない。


落ち着け。

そもそも小宮がこの神社で行方不明になったかどうかすらもわからない。

もしかしたら下校途中で誰かに攫われた可能性だってある。

あんな嘘を信じて、一人で雪の中の神社に入るほど度胸のある奴でもなかっただろう。


交通整理をしてしばらくすると、見知った男が神社から出てくる。

彼は警察学校時代から文武両道で、教官たちからも一目置かれていた。

赤点だらけだった大塚の勉強もよく見てくれていたが、大塚はこの男が苦手だった。

人の心を見透かすような目が苦手なのだ。

だからつかず離れずの距離を保って、上手く利用してきたつもりだった。


「これはこれは友膳警部殿。随分とご活躍じゃありませんか」


と、大塚はふざけた調子で声をかけた。

友膳はこちらを向くとふっと笑う。


「部下と協力者が優秀でしてね」


「協力者? そいつらも視えんのか?」


「視えますよ。ーー何十年何百年も前の消えない罪も穢れも全て」


友膳は大塚から目を逸らさずこう言った。

嫌な汗が背中を伝う。


「はは、俺には全く理解できねえな」


「その方が幸せでしょう。視えることで、背負う必要のないものまで背負わなければならないこともありますから。ーーただ、背負うべきものからは逃げるべきではないと思いますがね」


友膳の口調も目も穏やかだ。

なのに、なぜか咎められているような気がする。


「……おいおい、何の話だ? ……え? もしかして俺になんか憑いてたりしてねえよな?」


ははは、と笑ってカマをかけてみた。

友膳は表情を一切崩さない。


「どうして自分に憑いてると?」


「お前がそうやって変なこと言うから、怖くなっちゃったんじゃん」


口を尖らせてそう言うと、友膳は明るく笑顔を見せた。

こんな顔、警察学校でも見たことがない。


「それはよかった、存分に怖がってください。うちの部下は優秀なのでそのうち助けてくれるかもしれませんよ」


ちょっと待て、こいつもしかして……。


「お、おい、それどういう意味だ!?」


「忙しいので失礼」


友膳はにこやかに去って行った。

それはもう心底嬉しそうに。


最悪だ。

あいつ、絶対何か知ってる。


「……クソが」


大塚は友膳の背に向かって小さく吐き捨てた。



現場が落ち着いてきた頃を見計らって取り締まりに出た。

いつものように、神社から離れたルートを巡回していると気持ちも落ち着いてくる。


あんな変人の言うことをまともに聞く方が馬鹿だ。

視えるとか視えないとか、そんな非科学的なことをこの歳まで信じている方がどうかしてる。

中尾将平が出たのは単に運が重なっただけ。

そう都合よく小宮佳奈まで出ることはないだろう。


署に戻る途中、コンビニの駐車場に公用車が停まっているのが目に入った。

友膳の優秀な部下と協力者らしき男が、店内に入って行く姿も見える。


大塚は無意識にハンドルをコンビニの方へ向けていた。

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