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縁-えにし-  作者: 狸塚ぼたん
三章
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形代


「離して!!」


「万智!」


壁に押し付けられている女性を見て、真壁の後ろから駆け寄ってきた男性が声を上げた。

その身体は細く、見るからに弱々しい印象を受ける。

その男性の姿を見ると、女性は急に怯えたように大人しくなった。


「あなた……」


「刑事さん、私の元妻です。離してやってください」


言われた通り巧は万智と呼ばれた女性から手を離した。


真壁が段ボール箱を抱えて近寄ってくる。

中には子ども服や靴、鞄や絵本などが入っていた。


「何をやってるんだ、お前は!」


その細い身体のどこにそんな大声を出すほどの力があるのか。

女性は完全に萎縮してしまっている。


「小宮さん、落ち着いてください」


小宮、という苗字を聞いて直ぐに理解した。

この二人はカナちゃんの両親なのだ。


騒ぎを聞きつけたらしい周囲の住人たちが、家から出て確認をしたり窓を開けて様子を伺い始める。

田辺も同じく表に出ていた。


カナちゃんの母親は田辺の姿を認めると、指を差しながら突然大粒の涙を流し始める。


「あ、あの男が!! あの男が佳奈をいじめてたから!! 同じ目に遭わせなきゃ気が済まなかったのよ!!」


「……何を言ってるんだ」


「佳奈はあの男にいじめられてたせいで、そのせいでいなくなったの!! なのに、こいつは何事もなかったかのように教師なんかになって!! 許せるわけないでしょう!?」


「大里さん、近所迷惑になりますので」


真壁と巧は二人をなんとか宥めようとする。

その横を平然と通って、葵は私の方へ向かってきていた。


「お疲れー。なんか大変なことになってるね」


やはり別れる前のことなどなかったかのように接してくるため、私もそれに合わせることにした。


「ぬいぐるみはどうでしたか」


「ないない。あの人が持ってると思ってたけど、多分ハズレ」


「じゃあ、どこに……」


「うーん」


葵は顎と腰に手を当てて呻る。


「ぬいぐるみとか人形みたいな、形作られた物ってよく憑くんだよね。形代(かたしろ)とかその典型」


「かたしろ?」


「神や人の霊を憑かせるための器を依代(よりしろ)って言うんだけど、より憑きやすくするために形作ってる物を形代って言うんだよ。隠し神の力が不安定な今、死のよすがであるぬいぐるみに小宮佳奈の想いが宿ってもおかしくない」


もし葵の言う通りだとしたら、今頃ぬいぐるみはきっとーー


彼は死のよすががぬいぐるみと知った時から、こうなることを予想していたのかもしれない。


「あ、あの」


と、田辺が恐る恐る近づいて二人に声をかけた。


「僕じゃ……僕じゃないんです! 佳奈さんをいじめていたのは、僕じゃない!」


「嘘つき!! 同級生たちがみんな言ってたわ! あんたが佳奈をいじめてたって! 警察の取り調べも受けてたじゃない!」


「それは主犯にみんな脅されてたんです。あの日、僕はあのぬいぐるみを渡されて「お前の家は小宮と近所だから、家の塀にでも置いといてやってくれ」と頼まれました。言われた通り置いただけだったんです」


「誰がそんなこと信じるのよ!!」


「やめなさい、万智」


確か警察の調べによると、当時カナちゃんは同級生の男子生徒にぬいぐるみを奪い取られ、神社に隠したと嘘を吐かれたということだった。

田辺は当時、ゴミ箱に捨てられていたぬいぐるみを拾って届けただけ、と答えていたようだがあれは主犯が誰かを隠すための虚偽の告白だったのだろう。

では誰がカナちゃんからぬいぐるみを奪い、嘘を吐いて田辺にそれを渡したのか。


「それを頼んだのは誰なんですか」


巧からの問いに田辺は言い淀む。

が、やがて観念したかのように力無く答えた。



「……大塚芳信です」



真壁が段ボール箱を落とす音が静寂を破った。

段ボール箱の中身が数点地面に転がり落ちる。


「す、すみません!」


慌ててそれを拾い上げる真壁に近寄り、巧は片膝をついて目線を合わせた。


「小宮さんと大里さんを自宅まで送り届けてください。俺は大塚部長に会って来ます。神社集合で」


「……わかりました」


「田辺さん」


と、続いて田辺に声をかけて向き合う。


「捜査にご協力くださって、ありがとうございました」


深々と頭を下げる巧の姿を見て、田辺は少なくとも過去のいじめについての事実が隠蔽されることはないと判断したらしい。


「……三十年も前のことなのに、こんなにも深く傷は残るものなんですね。どうか、小宮さんたちのためにも事件解決をお願いします」


と、頭を下げる。

田辺は一度も万智のことを責めようとはしなかった。


「全力を尽くします」


巧は力強くそう答えると、私と葵の方へやってくる。

その面構えは佐々木巧ではなく、警察官だった。


「葵、お前は……」


「はいはい、あっちね」


「悪い」


「ぬいぐるみ、見つけたらちゃんと撫でてあげれば大丈夫だと思うから。ーーあ、お腹減ってない? おにぎり買ったから持って行ってよ。こいつ、そういうとこ気遣えないから」


葵はそう言って車の方に走って行った。

そういえば朝から何も食べていなかった。

巧も忘れていたらしく、


「……すみません」


と、申し訳なさげに頭を下げる。

警察の顔から佐々木巧の顔に戻っていた。


「いえ。私も忘れていました」


おにぎり、と言われた途端に空腹を自覚した。

しかし、戻ってきた葵からビニール袋に入った大量のおにぎりを手渡されて呆然としてしまう。

十個近くある。


「毒入りはどれでしょーか」


そう言い残して、真壁とカナちゃんの両親と一緒に去って行った。


「自分からああ言う時は何も入ってないので安心してください。俺らも行きましょう」


巧に促され、私たちもその場を後にする。


……入っている時もあるのか?

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