表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
縁-えにし-  作者: 狸塚ぼたん
三章
42/104

一場面


「数年前から、この時期になると小宮の私物が家の前に置かれるようになりました」


泣き止み目を腫らした田辺は、ぽつりぽつりと話し出した。


「私物と一緒に『人殺し。罪を償え』と書かれた手紙も入っていて……今もここ一週間毎日のように……」


田辺は頭を抱えた。

それで精神的に不安定になっていたのか。


「なぜ警察に被害を届け出なかったんですか」


「話を信じてくれない警察に、どうして相談できるんですか。それにきっと、あれを置いているのは小宮の家族の方です。僕はあの日のことを、ずっと後悔していました。家族の方がそれで気が晴れるならと思って、ずっと黙っていたんです」


田辺は拳を握りしめ、再び涙を流す。


「でももう、限界です……! 小宮の私物を保管している押し入れから幻聴が聞こえたりするし、幻覚が見えたり夢にまで小宮が出てくるんですよ」


果たしてそれは本当に幻聴と幻覚なのか。

ともあれ、ここまで精神的に追い詰められているとなるとさすがにこのままにはできない。

同じことを思ったのか、巧も田辺の肩を叩いてこう言った。


「ご自宅まで送ります。しばらくは周辺のパトロールも強化しますので」


田辺は歯を食いしばりながら黙って頷いた。


田辺の家は自転車で十分ほどの場所にあるアパートの一室だった。

無言で自転車を押す田辺と並んで歩く。


「田辺先生。カナちゃんの私物の中に、白いうさぎのぬいぐるみはありませんでしたか」


道中、どうしても聞きたかった質問を口にした。


「いや、なかったよ。あのぬいぐるみは家族にとっても特別な物だろうから」


即答だった。

では、ぬいぐるみはどこに行ったのだろうか。

携帯を確認するも、別れる前に連絡先を交換し合った真壁と葵から連絡はない。

巧に目配せして問うも、首を横に振った。

向こうも連絡はなしか。


「大橋はーーいや、今は榊だったか。榊は小宮の親戚か誰かと知り合いなのか?」


「カナちゃんは私の友だちです」


「は、はは。そんなはずないだろう。あの子はお前が生まれる前に……三十年も前に失踪してるんだぞ」


「知っています。だから探してるんです」


田辺は明らかに戸惑っていた。

しかし精神的に参っている人間に、これ以上話すのは憚れる。

私は口を噤んだ。


アパートの前に着いて、田辺にはひとまず帰宅してもらった。

これからどうしようかと巧と話していると、ちょうど私の携帯に葵から着信が入る。


「もしもし」


『あ、ひよりちゃん元気? 巧に変なことされてない?』


別れる前のことなど一切気にしていないらしい。

私は呆れながら返答した。


「ご用件をどうぞ」


『今ね、君たちがいるアパートが見えるくらいの位置にいるんだけど、ちょっとそこから動いてもらえる?』


辺りを見回すも、葵の姿は見えない。


「どこに向かえば?」


『そこから右手に進んで角に潜んでて』


それだけ言うと、葵は電話を切った。

巧に伝えて、言われた通り右手に進み角で待機する。

なんだか張り込みでもしているような気分だった。


「あれ、うちの公用車だな」


と、巧が角から顔を出して前方を確認する。


「真壁さんと葵さんですか」


「多分。ーー誰か来ました」


言われて、私もそっと顔を出した。

アパートの左手の角から、段ボール箱を自転車の荷台に乗せた女性が出てくる。

アパート前に自転車を停めて、荷台の段ボール箱を持ってアパート敷地内に入ったのを確認すると、公用車から葵が飛び出してきた。

続いて、真壁ともう一人知らない男性が出てくる。


「すみませーん! その段ボール箱の中見せてもらえますかー!」


真壁は葵を制止しようとしていたが、それよりも早く葵が女性に背後から声を掛けているのが見えた。


「あの馬鹿……!」


巧が咄嗟に角から飛び出す。

と、ほぼ同時にアパートから女性が駆け出してきて、持っていた段ボール箱を葵に投げつけた。

間一髪、真壁が葵の前に出て両手でそれを受け止める。


女性はそのまま私たちの方へ一目散に駆け出した。


「佐々木さん、お願いします!」


真壁の叫び声に応じて、待ち構えていた巧が女性とすれ違い様に腕を取りねじ上げる。

尚も暴れる女性を壁に押し付け、その身動きを封じた。


流れるような一連の動作はまるでドラマのワンシーンのようだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ