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縁-えにし-  作者: 狸塚ぼたん
三章
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水龍


ーーーーー


図書室の中は、まるで冷たい水底のような空間だった。

薄暗さや静けさ、そして息苦しさがより心細さを引き立たせる。


なぜ、自分だけが引き込まれたのか。

扉を開けようとしても当然のように開かない。

完全に空間が遮断されているらしく、向こう側にいる巧の声さえ届かなかった。


直ぐ隣で何かが宙を舞うように泳いでいる気配がした。

長い、巨大な何か。


まずい。


この気配はそこらにいるようなモノなどではない。

神社で感じた畏怖と似ている。

むしろそれ以上だ。


「誰だ」


若い男の声が波紋のように頭に響いた。


「ほう、あの女の血縁か。もう十年も経ったのだな」


感慨深そうな声だった。


「あの男はどうした。我との約束、忘れたとは言わせぬぞ」


あの男とは先生のことを言っているのだろうか。

約束……?

なんのことだか全くわからない。


「よもや、約束が果たせぬ代わりにお前を贄に寄越したのか?」


笑みを含む声だった。


「何を、約束したん、ですか」


息苦しさから途切れ途切れに問う。


「小娘の魂を解放する代わりに、時が来るまで呪物を預かるよう言われている。ーーだが、叶いそうにないのであれば致し方あるまい」


突然、激流と共に巨大な龍の顔が目の前に現れた。

これが水龍、というモノなのだろう。

全身に鳥肌が立つ。


「貴様を食う」


私は咄嗟に制服のポケットに手を入れ、土鈴を水龍に突き出した。

コロン、と音が鳴ったそれを見て、水龍は開きかけた大きな口を閉じる。

音に反応して、息苦しさや空間の澱みが一瞬にして消えた。


「ほう、その土鈴を持たせたということは放棄したわけではないようだ」


ーーバン!!


と、外から扉が叩かれる。


「ひよりさん、聞こえますか!」


巧の声だ。


「ああ、外の人間がうるさいから今回は見逃してやる。約束を果たせ。話は小娘を解放してからだ」


「それって……」


水龍はぐるんと私に背を向けた。

その時、突き出していた手に鱗が触れ、何かが視えた。


「あなたは神様なの?」


「貴様は盲目の割に見る目がいいな、小娘」


「盲目だから視えるモノもあるの。それから、私の名前は小娘じゃなくて遠藤真希」


「ははは、神に名を教えると隠されるぞ」


「神隠し? あなたに隠されたら毎日が水泳の授業で楽しそう」


図書室の隅で会話するマキちゃんと水龍の姿。

私は目を見開いた。


ーーバンッ!!


勢いよく図書室の扉が開け放たれる。


「ひよりさん!!」


外から飛び込んで来るなり、巧は私の両肩を掴み身体を自分の方へ向き合わせた。


「無事ですか!? 怪我とかは……」


「なんともありません。万が一怪我をしても葵さんには言いませんから、安心してください」


顔を逸らし、もう一度マキちゃんと水龍が視えた方を向くも、既に消えてしまっていた。


さっきのは一体。

マキちゃんとあの水龍は知り合いだったのだろうか。


「そういうことを言ってるんじゃない!!」


突然の巧の怒鳴り声に驚き、身体が跳ね上がった。

全ての思考が止まる。


「俺にはあなたを守る義務がある。だがそれ以前に、目の前であなたが傷つくところなんか見たくない」


顔を歪める巧。

まるで酷い痛みに耐えているかのようだった。


「能力のない巧さんには防げないことだってあります。今のは不可抗力でした」


だから、気にしなくていい。

そういうつもりで発言したのだが、両肩に置かれた手には更に力が篭った。


「だとしても! 目の前に守るべき人がいたのに、能力がなかったので守れませんでしたで済むわけないだろ!」


巧の目は真剣だった。

あの時の葵と同じように、真剣に怒っている。


思わず両肩の痛みに顔を歪めると、巧ははっと我に返って手を離した。

それから、深呼吸を一つする。


「先生はあなたを守るために、今も隠し神と対峙してる。そのあなたが、先生のために傷ついてどうするんですか」


ーーあなたの未来を心から愛しています。


……なぜ今、あの言葉を思い出すのだろうか。


本当に酷い人。

あなたがいない世界で生きることが、私にとってどれほど辛いことかなど考えてもいないのだから。

呼吸ができているのにずっと苦しいまま。

この気持ちを抱えてこれから生きていけと言うのか。

私は先生まで背負えるほど強くなどないのに。


「大切な人を助けたくて焦る気持ちはわかりますが、ちゃんと周りを見てください。頼りないかもしれませんが、あなたを助けたいと思ってる人間はここにいます」


巧が私と目線を合わせるように膝を折る。

優しい目をしていた。

その目にもう何も言い返すことはできない。

私はただ頷いた。


「これからは俺が撤退と言ったら必ず従ってください。もしまた無茶をするようなら、あなたにはこの捜査から外れてもらいます。いいですね?」


目を伏せ再び頷く。

それを確認すると、巧はもう一度深呼吸をした。


「さすがに焦った。ーー職員室に戻りましょう。途中で何があったか教えてください」


言われるがまま図書室を出る。

しかし先程の水龍のことが気になって直ぐに振り返った。


そして、驚く。

図書室の外側の扉がぼっこぼこに凹んでいたのである。


「……友膳さんに指示仰ぐか」


ぼやく巧は僅かに右足を引きずっていた。


「巧さん、階段に腰掛けてください」


「は?」


「座ってください」


近くの階段を指差し、巧を無理矢理座らせた。


「失礼します」


屈んで右足のスリッパを脱がせる。

やはり、血が滲んでいた。


「これくらい大丈夫ですから。臭いと思うのでやめてください」


さっきまで私を叱責していた人物とは思えない。

なぜここで赤面するのか。


私は問答無用と靴下もひっぺがす。

木製の扉を蹴破ろうとしたのだろう。

それも律儀にスリッパを脱いで。

足には擦り傷が複数ついていた。

持っていたハンカチを裂き、足に巻き付ける。


「歩けているので骨は折れていないと思いますが」


「……すみません。ハンカチ弁償します」


両手で顔を覆って謝罪するその姿が乙女のようだった。


「私のせいなので気にしないでください。動けますか」


「はい。靴下汚いので返してください。あと、手を洗いましょう」


巧は血のついた靴下を私から受け取り、それをポケットに押し込んだ。

私は言われた通り水道で手を洗う。

洗った後、巧から高そうなハンカチを手渡された。

T.Sとイニシャルまで入っている。


「代わりに使っておいてください」


「結構です。私、大雑把なので」


手を払い、スカートで残った水気を拭く。

先生が見たら行儀が悪いと顔をしかめるだろう。

けれど、あのイニシャル入りの高級ハンカチでこの手を拭くのはどうしても気が引けたのだ。


巧はその様子を見て苦笑しながらハンカチを引っ込めた。

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