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縁-えにし-  作者: 狸塚ぼたん
三章
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小宮宅


食事と隠蔽(掃除)を終え、小宮大和の家へ向かった。

車で道を走りながら、かつて小宮佳奈も通学で利用したであろう道を眺めた。


ブロック塀に囲われた一軒家の前に着き、真壁はインターフォンを鳴らす。

すると、優しげに目尻の下がった初老の男性が直ぐに出てきた。

大和である。


「真壁です。お話を伺いに参りました。こちらは捜査に協力して頂いている榊さんと言います」


警察手帳を出すと、大和は嬉しそうに笑みを浮かべた。


「真壁さん、久しぶりですね。どうぞお入りください」


「失礼します」


以前会った時より一回り以上小さくなった大和の背を眺め、複雑な思いに駆られた。


「知り合い?」


と、葵が聞いてくる。


「私、警察学校卒業した後はこの地区担当の交番で勤務していたんです。小宮さんはよくボランティア活動にも参加してくださって……」


「佳奈も妻もいなくなって残ったのはこの家だけで、あまりにも寂しかったものですから。子どもたちの安全を守る力に少しでもなりたくて」


大和は恥ずかしそうに笑いながら頬を掻いた。

娘が三十年も見つからないというのに、警察への対応はいつでも穏やかだ。

それだけに、いつまでも事件解決ができないことへの罪悪感が重くのしかかる。


「……申し訳ありません。娘さんの捜索に全力を尽くしていますが、未だに成果はなくて」


居間に案内され、真壁と葵は椅子に腰をかける。

真壁はほとんど物が残っていない居間を見渡した。

机と三人分の椅子とテレビ。

あるのはそれだけだった。


「いいえ、とんでもない。昔の事件でもこうして捜査を続けてくださっていて、感謝してもしきれませんよ」


大和は穏やかな口調でそう言いながら、茶を淹れて来てくれる。


「……こんなことを申し上げるのも失礼かもしれませんが、もし佳奈が死んでいたとしたら、遺体は見つからないでほしいと思っているんです」


「なぜ、ですか?」


「今でも時々、娘が生きていたらと想像するんですよ。成人を迎えて仕事に就いて、結婚をして子どもと手を繋いでいる、そんな姿を想像してしまうんです」


もし遺体が見つかってしまえば、その想像は全て壊される。

この人の心を支えていたもの全てが、偽りだったと思い知らされるようなものだ。

彼は娘の死について口にしつつも、どこかでまだ生きていると信じていたいのだろう。


返す言葉が見つからない。

真壁は目を伏せて、拳を握り締めた。


「それで、うさぎのぬいぐるみの話なんですけど」


と、葵は聞いていなかったかのように平然と話を切り出す。

その心のこもっていない問いかけに、真壁は思わず葵を睨みつけた。


「ああ、そうでした。恐らく妻が持って行ったのだと思います」


「奥様が?」


「はい。離婚はしましたが、時々この家に帰ってくるんです。娘がいなくなってから精神的に不安定になって、この家に来ては娘の部屋の物を自分の家に持って帰るようになりました。ぬいぐるみだけは残しておいてくれと言っていたんですがね」


「娘さんの部屋、見せて頂けますか」


葵の言葉に大和は一瞬迷いを見せた。

が、直ぐに笑顔を見せ、


「……構いませんよ」


どうぞ、こちらです。

と、席を立った。


二階左の部屋が佳奈の部屋のようだった。

白い木目の可愛らしい扉を開けると、真壁は目を見張る。

ほとんど、何もない。

毛の長いピンクの絨毯が敷いてあるだけの空間だった。


「妻が持ち出してしまって、今あるのはこの絨毯くらいです」


「いつ頃から持ち出しを?」


「……十年ほど前からですかね。少しでも佳奈をそばに感じていたいと、泣きながら持ち出すものですから何も言えず」


葵は無言で絨毯に片膝をつき、床の様子を眺め始めた。

習って、真壁も視線を床へ落とす。

毛の長い絨毯はところどころ汚れて凹んでいた。

恐らく、その凹んでいる場所に家具が置いてあったのだろう。

これまで通って来た玄関や廊下、階段や居間の様子と比べると、この部屋だけ汚れているように思える。


「あの、何か?」


大和は怪訝そうに葵を見つめていた。


「いえ、なんでも。どうぞ続けて」


と、葵は立ち上がって真壁に促す。


大里(おおさと)万智(まち)さんの今のお住まいを教えて頂けますか」


大里万智。

大和の元妻であり、佳奈の母親の名前だった。

彼女は離婚後、実家がある田舎へ帰ったそうなのだが、自分の両親を看取った後の行方まではわかっていない。


「隣町にアパートを借りて住んでいます。ぬいぐるみについて知らないか、聞きに行こうと思っていた所です」


「では、同行をお願いします」


真壁は大和と話しながら、未だ腰に手を当てて部屋の中を見回している葵を横目に見やる。


……この人、なんか私より刑事っぽいな。

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