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縁-えにし-  作者: 狸塚ぼたん
三章
38/104


車に戻ると早々にコンビニ袋を渡される。


「好きなの取っていいよ」


「でもお金……」


「コンビニで買った物いちいち請求するほどケチな男に見える?」


「いただきます」


絶対怒らせたらダメだ。

真壁はコーヒーと鮭のおにぎりを取った。

海苔が落ちないよう、ハンカチを膝に敷いて食べる。


「はい、共犯」


真壁が食べた瞬間、葵は問答無用とバリバリ音を立てておにぎりの包みを破いた。

パラパラと海苔が落ちている。


「きゃー! 大塚さんに怒られるんで綺麗に! 綺麗に食べてください!」


「大塚ってさっきのおじさん?」


「おじさんじゃありません! 大塚芳信巡査部長です! あの人の交通違反検挙率は県内でトップスリーに入るくらいで、本当に凄い方なんです!」


「相当いろんなのに恨まれてるだろうね」


葵は何故だか楽しそうだった。


「で、でも、それだけ事故を未然に防いでるわけで……」


「はいはい、大塚さんは凄い凄い」


完全に馬鹿にされている。

悔しい。

しかしおにぎりは美味しい。

真壁は口から文句が漏れ出ないよう、おにぎりを勢いよく頬張った。


「君、片親とか?」


「ふぇ? いえ、両親とも健在です。父は地方署勤務だったので単身赴任であまり家にはいませんでしたが」


「ワンオペで育てられた子って、マジで年上好き多いよね」


葵は額に手を当てて嘆く。

恐らく、ひよりのことを言っているのだろう。

彼女の家庭は確か相当複雑だったはず。


「ひよりさん、好きな方でもいるんですか?」


その質問をした直後、真壁は後悔した。

葵の目が殺気に満ちている。


「はあ? 許すわけない。絶対消す」


この要注意人物、警察官の前で殺人宣言した。


今になって、巧からの報告内容を思い出す。

確か、先生と呼ばれる幽霊がひよりにとっては大切な人で、葵にとっては忌々しい存在となっているのだったか。

幽霊を消した場合、それは法律的にどうなのだろう。

もう死んでいるから殺人罪ではないか。


「ま、まあ、誰しもそういう年頃ってあるじゃないですか。あ、アイス頂きますね!」


今は亡くなっている先生のことを考えるより、葵との距離を詰めるのが先決。


少し溶けかけた高級カップアイスを手に取る。

敢えて空気を読まない。

時にはそれも大事であることを真壁は知っていた。


「うわ、ほんとだ。これ美味しい!」


ふりではなく、これは本当に美味しい。

シナモンアップルとカスタードアイス。

高級アイスを覆面パトカー内で、しかも暖房をかけた状態で食べる背徳感も美味しさの一つだろうが。


葵はそんな真壁を見て吹き出した。


「あはは。君、やっぱ刑事向いてない」


「……え」


「警戒してる人間から与えられた物、不用心に口にしない方がいいよ」


そう言いながら、自分も同じアイスを袋から取り出す。


「ま、巧は警戒しつつ食いそうだけど」


「いや、警戒なんて……」


「いいよ、別に。警察官が僕の体質知ってて警戒しないはずないでしょ。実際褒められたことやってきてないし」


「と、言いますと?」


あれ、もしかして私、今とんでもない人物に聴取しているのでは。

これ、内容によってはパクらなきゃならないのでは。


ビクビクしている真壁を横目に、葵はにやりと笑った。


「学生の頃、調理実習やるでしょ。目障りな奴が同じ班でさ、ちょっと鬱陶しくてそいつの料理にだけ下剤仕込んだことあんだよね」


突然始まった昔話に動揺が隠せなかった。


陰湿!

しかもそれ、立派な犯罪!


「料理は一番得意そうなやつに任せて、僕は配膳だけしたのね。その時に下剤入れたんだけど、それを料理作った奴に見られてたらしくって。いざ食べるって時に、「俺のと交換してくれ」ってその下剤入り料理と自分の料理交換しやがったの」


「そ、それ、その作った人が食べたんですか……?」


「食べてた。で、早退してた」


最低だこの人。


「その時はどうせ明日には覚えてないだろうし、お気の毒様ーぐらいに思ってたんだよね。でもあいつ、三日後に登校して来て、全部覚えてやんの。しかも体育館裏に呼び出されてぼっこぼこにされた」


葵は何がそんなに面白いのか、肩を震わせて笑っている。


「あの馬鹿はね、昔っからそう。クソみたいな信念と正義感で人を平気でぶん殴る。それを僕が理解してることを知った上で警戒しながら敢えて食べる、そういう奴だよ」


そう言われて、ようやく巧のことを話しているのだと察した。


「君は違うでしょ。嫌われないように、毒が入ってるかなんて疑いもしないで自分のために食べる。警戒対象者の僕にそれ悟られてたんじゃ、いい鴨にされるだけだよ」


あー、やっぱこれ美味しい。

と、アイスを口にする葵。


真壁はぐっと唇を噛み締めた。

手の温かさで、アイスはほとんど溶けてしまいカップの中で小刻みに揺れている。


「……警察のみんながみんな、意識高いとか思わないでください」


思わず、本音が漏れた。


「確かに私は佐々木さんみたいに信念も正義感もないし、人の顔色ばっか伺ってます。向いてないなんて、自分が一番よくわかってるんです。でも、こんな私だからこそできることもあると思ってます」


「たとえば?」


「警戒対象者と覆面パトカーでお昼すること、とか」


真顔でそんなことを言う真壁を見て、葵は一瞬きょとんとした表情を浮かべた。

しかし直ぐにまた面白そうに笑い出す。


「あっはは、確かに頭硬い巧は食事するなら嫌でも目撃者が多い近場のレストラン連れてくだろうね」


そう言いながら、ぱっぱと服についた海苔を叩く。


「ちょ、外で叩いてください!! もーほら、揉み消して! 大塚さんに嫌われたらどうしてくれるんですか!」


真壁は警察官とは思えない台詞を吐き、車の扉を指差して怒った。

葵はへらへらと笑いながら、言われた通り扉を開けて座席の海苔を雑に払う。


「まあ、精々悪い人に利用されないよう気をつけるんだね」


「大丈夫ですよ。あなたのことは苦手ですが信用してます。これは私の勘です」


そう言って、真壁はカップに入ったアイスだった液体を飲み干した。

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