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縁-えにし-  作者: 狸塚ぼたん
三章
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熱望


「あなたたちには別件で動いて頂きたいことがあります」


「なんでしょう」


「茜川小学校の調査をお願いしたいのです。学校や公園など公共の土地は、大体曰く付きであることはご存知ですよね」


「確かに、大昔の死刑執行場所だったり死体の放置場所だったりしますね」


この二人、さらっととんでもないことを言った気がする。

だがそう言われてみれば、学校には現代の服装とはかけ離れたモノがよくうろついていたような気がする。


巧は険しい顔をして無言のまま、上司と親友の会話に耳を傾けていた。

向こう側のモノと縁もゆかりもない彼には、二人の会話が全て絵空事のように聞こえているのだろう。


「茜川小学校内部の調査をお願いします。失踪事件の被害者が茜川小学校の生徒であることから、当時は私も同行し聞き取り調査などは行いました。ただ、異能やら心霊やらの現象は全く視野に入れていなかったのでーー」


「何年前に同行されたんですか」


「ちょうど遠藤真希さんの失踪事件が起きた頃なので二十年ほど前です。その時……なんと言えばいいかわかりませんが、少し妙な感覚を覚えました」


「水に流されるような感じではありませんでしたか」


私の声に、友膳がはっと顔を上げる。


「ええ、言われてみればそのような感覚だったと思います。そうか、あなたも確かあの小学校出身でしたね」


茜川小学校。

その名前を聞くと、いつも思い出すのは水に流される感覚だ。

たまに溺れるかのような、苦しい気持ちに飲まれそうにもなった。


「十年に一度、その小学校から行方不明者が出る理由が知りたいわけですね。捜査の許可は?」


「事前に取っています。小学校の方は佐々木刑事とひよりさんに。ぬいぐるみの方は真壁刑事と葵さんにお願いします」


葵であればその割り振りに真っ先に異議を唱えるかと思ったが、意外なことに頭をガシガシと掻いてため息を吐くだけだった。


「僕が小学校の方に行けば何も起きないだろうし、あの真壁って子も僕なしじゃまともに動けないだろうからそれが妥当かな」


「ご理解頂けたようで。感謝します」


葵と真壁の体質を上手く掛け合わせ効率的に捜査を行う、という友膳の意図を汲み取ったらしい。


「では、あとのことは任せましたよ。佐々木刑事、何か進展がありましたら報告をお願いします」


「はい」


「榊さんも、今日のところは失礼します。またいずれ」


友膳は最後に私に微笑みかけ、足早に去って行った。


「頼りになる警部さまだね」


その背を見送りながら、葵はやれやれと首を振る。


一方、私の脳裏にはぬいぐるみを大事そうに抱きしめて笑っているカナちゃんの姿が浮かんでいた。

彼女の最期は、あの笑顔には似つかわしくないほど寂しいものだったのかもしれない。


「大丈夫ですか?」


不安が表情に出ていたらしい。

巧が私の顔を覗き込む。


「はい。……カナちゃんのことを考えていました」


「あんまり感情移入しすぎない方がいいよ」


葵はきっと慣れているのだろう。

だからそんなことが言えるのだ。


「お前は仕事柄、人の死に触れる機会は多そうだがこういう時どうしてるんだ?」


「どうしてるも何も、他人の死になんて興味ないよ」


あっけらかんと答える葵に巧は顔をしかめる。


「お前に人間の心があるのか本気で心配になる」


「僕ほど人間らしい人間、いないと思うけど。そもそも、お前だって刑事課に入ってからそこそこ見てきてるでしょ、遺体。それにいちいち感情移入とかする?」


うっ、と言葉を失う巧。


「そういうのは最初だけだよ。だんだん麻痺してくんの。一種の自己防衛みたいなもん。どっかで割り切らないと、引きずり込まれんだよ」


「葵さんは……」


と、私は口を開く。


「葵さんは私が死んだとしても何も思いませんか」


葵は苦笑した。


「飽きれた。酷い質問するね」


一瞬でその場の空気感が変わった。

凍てつくかと思うほど冷たい声。

怒っている。

思わず身を引こうとするも、手首と顔を乱暴に掴まれる。


「葵!」


「ねえ、なんのために僕が今ここにいると思ってんの?」


咄嗟に焦った様子で巧が制止するも、葵が私を解放する様子はない。

怒りが宿った瞳に映った私は、両頬を片手で寄せられ間抜けな顔になっていた。


「君が死んだところで痛くも痒くもない、とでも言うと思った?」


人と人の関わりにおいて、基礎となることはその人を傷つけないこと。

先生はそう言った。

だから葵が他人の死に対し麻痺していると聞いた時、内心ほっとしたのだ。

その安心に確信を得たいがための質問だった。


もし私の死も他人の死と変わらないのなら、私がこの世から消えたってこの人は傷つかない。

私の最期は誰にも看取られなくていい。

誰の心にも残りたくはない。

だって私は、先生の心にだけ遺りたいのだから。


「よく覚えておきな。僕は君から殺してって懇願されても殺してあげないし、自殺もさせてあげない」


両手が熱い。

これ以上、この温もりに触れていたくない。

思わず葵の両手を振り払った。

この人といると、覚悟が揺らぐ。

早く離れたい。


「ひよりさん。あなたは死にたいんですか」


巧が神妙な面持ちで問いかけてくる。


単に死にたいわけじゃない。

ただ、先生といたい。

触れ合えなくてもいい。

愛し合えなくてもいい。

あの人のそばにいたいのだ。

例えその先が死であったとしても。


「……先生を助けるために、それだけの覚悟をしているというだけです」


「勘違いしてるみたいだけど、いつ先生のこと助けるなんて言った?」


葵の言葉に息を呑む。


「必要であればあいつだって消す。もちろん君は死なせない。恨みたければ好きなだけ恨みなよ」


冷たい目に見下ろされ、何も言えなかった。


短い沈黙の後、階段を駆け登ってくる音がする。


「なんでここ、電波繋がらないんですかね! はあっ、階段しんどい! ……って、あれ、なんかありました?」


息切れしながら戻ってきた真壁は、すぐにこの場の空気が悪いことに気づいたようだった。


「なんでもないです。ぬいぐるみの所在は掴めましたか」


巧は葵の肩を叩き、真壁に歩み寄った。

それくらいにしておけ、という意味なのだろう。


「それが……」


真壁は形のいい眉を寄せ、心底困ったような表情を見せた。


「どこにもない、そうなんです」

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