温もり
32
「それで佐々木刑事。この先についてはどう動く予定なんですか」
「今回発見された中尾将平と同様、遠藤真紀と小宮佳奈の捜索にあたります」
「引き続き彼女の協力の元で、ということですか」
再び視線が私の方へ集う。
協力する意思があるかどうかを問われていた。
優しい従兄ならきっと、私を庇おうとするのだろう。
「嫌なら断っていいよ」
まるで待っていたのをわかっていたかのような言葉だった。
「物理的に神社の土地をひっくり返せば見つかるだろうし、そもそも行方不明者捜索は警察の仕事なんだから」
「時間はかかりますが、葵がいればそれも可能です」
巧も助け舟を出してくれる。
時間。
こうしている間にも、先生は隠し神と対峙している。
そして、いつ消滅してしまうかもわからない。
やるという以外に選択肢なんてないのだ。
それなのに、将平くんが目の前で井戸に落ちていく光景が目について離れない。
落ちたあと、何かが潰れる音が耳から離れないのだ。
これから視る光景を思うと、簡単には首を縦に振れなかった。
「最期はその人の生き様を映すと言います」
と、友膳が口を開く。
「彼らはあなたに最期を看取って欲しかったのではないでしょうか」
わかっている。
私がやらなきゃいけない。
誰にも看取られることなく逝ってしまった彼らのその最期が、どんなに残酷だったとしても。
「友膳警部」
これまで沈黙していた真壁が、突然強い口調で友膳を黙らせた。
意外な人物からの意外な声色に、誰もが視線をそちらへ移す。
「お言葉ですが、近しい者を看取ることが遺された人間にとってどれほど重いものかご存知のはずです。彼女は永遠に、彼らの死を背負い続けなければならないんですよ。その覚悟をさせるには、あまりに酷だと思います」
力強い口調とは裏腹に、真壁の手は震えていた。
彼女はその重みをよく知っているのかもしれない。
だから、ない勇気を無理矢理振り絞り、私を上司から庇ってくれているのだろう。
私は彼女にそっと近づき、小刻みに震える手を両手で包む。
「ありがとうございます」
礼を述べると、真壁は「あっ、いえっ、そんな。すみ
ません」と以前の調子に戻る。
「……彼らの生き様を背負います」
真壁の言う通り、きっと私はこれから先、彼らの死を看取ることしかできなかった無力を幾度となく憂うのだろう。
でもそれは、彼らが私の中で生き続けるということだ。
私は友だちとして受け入れようと思う。
生きている私にできることは、それしかないのだから。
「では、決まりです。葵さんも異論はありませんね」
友膳が葵に確認をすると、葵はわざとらしく深くため息を吐いた。
まるで幼い妹のわがままを聞いてあげる、頼りがいのある兄のような雰囲気を纏わせて。
「はーあ、ひよりちゃんが決めたことならそれでいいよ。それでいいから僕の手も握って……」
「嫌です」
間髪入れずに答えると、葵の笑顔が崩れていく。
終いには絶望したかのように頭を抱えた。
「なんで!? 僕だって庇ったのに! 優しいお兄ちゃん的な雰囲気醸し出してたのに!!」
「お前のはわざとらしいんだよ」
巧は憐憫を含んだ眼差しで葵を見下ろした。
「真壁刑事。あなたも異論はありませんね」
「……はい。申し訳ありませんでした」
綺麗に頭を下げる真壁。
その間も、私は彼女の手を離さなかった。
いや、離せなかった。
「お願いがあります」
綺麗に頭を下げ続ける真壁の隣で、友膳と向き合う。
「なんでしょう」
「将平くんに会わせてください」
顔を上げた真壁は、戸惑うような顔をしていた。
「わかりました。真壁刑事、彼女のことを頼みます。私たちはここで待っていますので」
「は、はい。ーーこちらです」
真壁に連れられ、三人から離れて井戸の方へと向かう。
その間も、手は握られたまま。
真壁は気まずそうに俯いていた。
「いやですか」
こんな能力持ちの手、気持ち悪いだろうか。
そんな意を込めた質問だったが、真壁には伝わらなかったらしい。
「え、え?」
と、混乱している。
「手」
「い、いいえ! まさか! むしろ、すみません。さっき、私なんかが出しゃばって」
繋がれていない方の左手をブンブン振り回して否定したかと思えば、しゅんと肩を落とす。
忙しい人だ。
「庇ってくださって、ありがとうございました」
「……ひよりさんは強い人ですね。凄いと思います。年下なのに、私なんかよりずっと落ち着いてるし」
私は他人からそう見えるのか。
強くて、落ち着いている人。
もし本当にそんな人間であるのなら、この手はとっくに離しているだろう。
「前は守ってくれる人がそばにいてくれたんです。だから怖いものなんて何もないと思っていました」
今は……怖くてたまらない。
先生がいなくなって初めて、いつの間にか甘え過ぎていたと思い知った。
そして同時に気づいてしまったのだ。
人の温もり。
その温かさが、どれほど安心させてくれるものなのか。
だから彼女の震える手を取った。
私のために、怯えながらも上司に立ち向かう彼女に安心を与えるため。
でも、安心させられたのは私の方だった。
「もう少し握っていてもらえますか」
「も、もちろんです!」
葵にこんなこと知られてしまったら、どう思われるだろうか。
ちょろい女だとでも思うのだろうか。
先生がいた頃であれば、きっと手を握られてもなにも思わなかったはずなのに。
「ご遺体の確認をさせてください」
真壁が捜査員の一人に声をかけた。
「そちらは?」
訝しげに私を見つめる捜査員。
その間にも、私の視線は井戸近くに敷かれたブルーシートに釘付けだった。
「捜査協力者です。友膳警部の許可は得ています」
真壁と共に、将平くんの方へと近づく。
かつて洋服だったであろう布切れ。
泥まみれになったランドセルの一部。
そして、茶色くくすんだ大小様々な小枝のような棒と、小さな頭蓋骨。
青いシートの上に綺麗に並べられたそれは、まるでただの置物のようだった。
けれど、それらは間違いなく将平くんの私物であり将平くん自身だ。
「井戸の中にヘドロが溜まっていて、遺留物のほとんどが溶けちまってる。それに凄い臭いだ。よくこれまで異臭騒ぎにならなかったな」
先程から鼻をつく異様な臭いは、将平くんがいた場所からだったのか。
私は真壁の手を離し、小さな頭蓋骨の前でしゃがみ込む。
「将平くん、はじめまして」
両手を合わせて呟いた。
「ちゃんとマキちゃんとカナちゃんも見つけるから、安心してね」
頭蓋骨に話しかける少女を見て、気味悪がらない人間など早々いない。
真壁以外のその場にいた捜査員全員が、動きを止めて私を気持ち悪そうに見つめていた。
小学生の頃、教室で人目も憚らず先生と筆談していた時のことを思い出した。
あの時と同じ視線だ。
これから先も、きっとこうした視線を向けられるのだろう。
立ち上がって、真壁の元に戻る。
「将平くん、ひよりちゃんに会えて喜んでますよ」
真壁に振り返るよう促された。
促されるまま、将平くんの方を振り返る。
彼はあの時と同じ姿で私を見つめていた。
ランドセルを背負って、首には懐中時計をぶら下げている。
笑顔を見せたかと思うと、手を振って走り去ってしまった。
もしかしたら、家に帰ったのかもしれない。
喧嘩をしたままの父親が住む家に。
「……行きましょう」
私と真壁は井戸から離れた。




