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縁-えにし-  作者: 狸塚ぼたん
三章
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回顧


「「は?」」


私と巧の声が被る。


今、どこにそんなムードが漂ってた?


この人といると感情が激しく揺れ動かされる。

そろそろ疲れてきた。


「先生の代わりにはなれないかもしれないけど、あいつにできないこと全部やってあげる」


「お前、昨日は恋愛感情ないって……ぐっ」


右手は私の手を握ったまま、左拳で巧に腹パンを食らわせ黙らせた。


「変な責任感とか同情は結構です」


「確かに恋愛感情とかないけど、将来は安泰じゃない?」


最低なことを言っているという自覚はあるんだろうか。

まあ、私としてはそこが一番ありがたいのだが。


「付き合いきれん。車出すぞ」


さっきまで本気で怒っていた巧さえも、呆れてしまっている。


車が再び発進しても、葵はしばらく私の手を握ってこっちを向いていた。

その体勢キツくないのだろうか。


「結構良物件だと思うよ? 家持ってるし食べる物には困らないし悪いモノも寄ってこないし、顔も悪くないし何より優しい。めちゃくちゃ甘やかしてあげる」


だから目が本気で怖い。


「それ以上はやめとけ。さっさとシートベルトしろ」


巧に忠告され、ようやく私から手を離して前に向き直った。


「なんでかな、僕ってそんなに怖い?」


シートベルトをしながら真剣に首を傾げて考え込む葵。


「俺が女ならお前みたいなゲス男願い下げだ」


「お前みたいな可愛げの欠片もない女、こっちから願い下げですー」


始まった。


でも、さっきの険悪な雰囲気とは違ういつも通りのふざけ合いのような口喧嘩だ。

神社に着くまでの間、二人のくだらない口喧嘩を聞き続けるハメになったが、ふと気がつけば手の震えは止まっていた。


神社に近づくにつれ懐かしい風景が車窓を流れ出した。

小学生の頃によく通った道。

この角を曲がったところにはいつも首が長い女が立ってこっちを見ていた。

車道からは見えないが彼女は今もあそこに立っているのだろうか。


あの公園は私がまだ何も視えていなかった頃、父が一度だけ休日に連れてきてくれたことがある。

あまりに私が楽しそうに笑わないものだから、「お前は遊んでやりがいがない」と怒らせた。


あのスーパーは母とよく買い物に行った。

帰って来るのかすらわからない父のため、父の好物の材料をたくさん買っていた。

帰ってきたとしても父がそれを口にすることはない。

父が残したものは私が食べていた。


驚く程この町にはいい思い出がない。

きっと普通なら友達とよく遊んだ場所や、家族とよく行った食事処などを思い出したりするんだろう。

けれどこの町には、思い出を懐かしんだり感慨に浸って寄ってみたいと思わせる場所が一つもない。


ただ唯一、今でも思い出に変わることのない場所があった。

初めて友達ができた場所。

初めて先生と出会った場所。

そして、今も私を呼び続けているモノがいる場所。


車は神社へと続く道の手前で止まった。

閑静な住宅街と小学校との中間。

そこに一際鬱蒼としている道があった。

舗装されていない道は木々の根に押し上げられ、気を抜けば躓いてしまいそうなほど足場が悪い。


夢で見た道とは大違いだ。

あそこはここからでも石段が見えるほど見通しがよかった。

まるで神社へ誘っているかのようだったのに対して、今目の前にあるこの道はこれ以上先には来るなと拒んでいるようだった。


「車を停めてくる。先に行ってろ」


道幅が狭い公道に私用車を停めるのは気が引けたらしい。

巧はそう言って私と葵を降ろし、駐車場を探しに行った。


「じゃ、行こっか。足場悪いから気をつけて」


葵と二人で一本道を進む。

少し歩くと神社へと続く階段が見えてきた。

その手前には立ち入り禁止のテープが貼られている。


「怖くない? 手繋いでてあげようか」


いつもなら隣には先生がいた。

けれど今は、にこにこと愛想笑いを浮かべた葵が立っている。

その現状に少しだけ胸が痛んだ。


「大丈夫です」


「寂しいなあ。もっと頼ってくれていいんだよ?」


「結構です」


すっぱりと断り、テープを潜って階段を登り始める。

そうしなければ思わず甘えてしまいそうで怖かった。


「どう、久しぶりに来た感想は」


ボロ屋のような倒壊寸前の拝殿を前にして、腰に手を当てて訊ねてくる。

私は目だけで先生を探していた。

しかし映るのはひたすら木々と草と苔。

感じるのは複数の視線と何かの気配だった。


「夢で見た様子とはまるで違います」


小学生の頃に友達をくださいとお願いに来たこともあったが、その時のことはあまり良く覚えていない。

確かあの時は誰かと一緒にいたような気がする。

先生でも父でも叔父でもない、誰か男の人。


「だろうね。ひよりちゃんが見たものは隠し神が見せた幻みたいなものだから。こんな怖いところに子どもを呼んでも来たくないでしょ」


昼間だと言うのに薄暗く空気が重い。

もしこの場に葵がいなければ、逃げ出していたかもしれない。

それほど畏怖を覚える場所だった。


「それじゃあ早速、かくれんぼを始めようか」


葵が二回両手を叩いた。

瞬間、空気がガラッと変わる。

さっきまで感じていた重苦しさが一気に軽くなった。


思わず葵を凝視してしまう。

この人、本当に凄い人なのかもしれない。


「え、なに、惚れちゃった?」


「いいえ、全く」


ムードもくそもない。

葵に背を向け、もう一度辺りを見回した。

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