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縁-えにし-  作者: 狸塚ぼたん
三章
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正論


「とにかく、これから現場に行くから車出して」


と言われ、よくわからないまま巧の車に乗せられた。


「頼むから、お前の考えてる手順を俺でもわかるように一から説明してくれ」


巧は自分に能力がないから理解に苦しんでいると思っているようだが、私にも葵の考えは理解できない。

助手席に座る葵は、指を立てながら順番に話し始めた。


「することは四つ。子どもたち探し、夢日記の破壊、祭りの開催、それから神上げ。わかりやすいように順を追って説明するよ」


葵の話を要約するとつまりこういうことらしい。


私たちの最終目的は、隠し神を浄化すること。

あの神をあそこまで零落させ、あの土地に縛り付けている根本的な原因は人々の忘却だ。

人から不必要とされた神は果てしない時間の摩耗により自らを忘れ、人々のかつての願いに縛られ、そして異質なモノへと変化する。

穢れたモノは一つずつ紐解くように浄化していく必要がある。

そのために順序はとても大切なのだそうだ。


まず、手順一の子どもたち探しについて。

これは浄化のために必要な行為だと言う。

神を天上へ帰すためには、できるだけ清い状態にしなければならない。

そのためにはまず子どもと隠し神の間に結ばれた縁を断ち、神と密接な関係にある土地も浄化する必要があるのだ。

現世で隠された子どもを見つける、という行為そのものが子どもたちの解放と土地の浄化に繋がる。


そして、手順二の夢日記の破壊。

夢日記に記されたモノは隠し神との日々の記録でもある。

隠し神は夢日記を媒体にして夢から私を呼んでいるため、媒体の夢日記をなんらかの形で破壊することで、私と隠し神との縁を断つことができるはず。


最後に祭りの開催。

祭祀とは神道では神を慰霊し鎮めて、神に祈りを捧げる行為とされている。

かの天照大神(アマテラスオオミカミ)が岩戸隠れをしてしまった際、天宇受売命(アメノウズメ)が裸で踊り天照大神をもてなした、という神話が元となり現代においても踊りや催しは祭りに通じていると言われている。

それに則って浄化した土地で神を祀り神自体を浄化し、あとは更地にしてもらうという計画だ。


まずは子どもらを見つけることで土地を浄化し、次に私と隠し神との縁を切り、そして最後に祭り上げる。

それが葵の考える手順だった。


「祝詞をあげるだけじゃだめなのか?」


説明を聞いていた巧が眉間に深い皺を寄せる。


「それは祭りが終わって最後、更地にする時に地鎮祭でやる」


祭り、か。

夢で見る神社はとても楽しげな雰囲気を纏わせていた。

祭囃子に階段下からでも見える多くの屋台の屋根。

あれは、神社のかつての姿だったのだろうか。

それとも、子どもたちを誘き寄せるための演出なのか。


「問題は夢日記だよ。どこにあるのかわからないとなると厄介だね。普通の人なら所持し続けるだけで、勝手に縁が結ばれて謎の失踪するレベルの呪物、僕なら所持し続けない」


その呪物を生み出した者として、多少の責任は感じざるを得ない。


正直、そんなにも強固に神との縁が結ばれているとは思っていなかった。

葵には縁が視えているらしいが、私には視えない。

縁の可視は向こう側のモノとはまた違うらしい。


「そういう類いの物って近くにあるだけで悪いモノ寄せつけたりもするから、奴も所持し続けてないはずだけど。追々、せんせー引っ張り出して隠し場所を吐かせるしかないね」


葵は先生が話に出てくる時、少し口調が荒くなる。

やっぱり嫌いなのだろう。


信号が赤に変わり停車する。

巧は相変わらず難しい顔のまま、顎に指をかけた。


「ひよりさんが視えるようになったのは、確か夢日記を書いてからでしたよね」


「はい。夢を通して向こう側を視たことで、縁が結ばれたからだろうと先生が言っていました」


「なら夢日記を破壊したら、視えなくなったりするんじゃないですか」


突拍子もない質問に思わず言葉が出なかった。

けれど、確かにあり得ないことではないかもしれない。

「夢日記を通じて結ばれた縁は、夢日記を壊せば切ることができる」と言う前提であれば、向こう側との縁が全て切れる。

もし、そうだとしたら?

先生のことも視えなくなってしまうのだろうか。

それだけじゃない。

縁と記憶の関係は密接な関係にある。

先生のことも三人のことも隠し神のことも、全て忘れてしまうのだろうか。


葵の言葉を待つも、葵は携帯の中の屋台料理に夢中だった。

というより、意図的に無視しているようだった。


「おい」


何かを察したらしい巧が怒気を含んだ声をかけると、葵は観念したかのようにため息をつく。


「正直、その可能性はある。ひよりちゃんの視る力は僕みたいな先天性じゃない。もし仮に向こう側との縁が切れて視る力も失ったとしたら、奴との記憶も消えるかもしれない」


もしかして、先生は私が忘れることを知っていた?

だからあんな別れの言葉を?


わかりやすく動揺している私の姿をバックミラー越しに見た巧。

突然、車を路肩に停めて葵の胸倉に掴みかかった。


「お前、それを知ってて黙ってたのか」


あまりに唐突だったため、動揺が吹っ飛んだ。

いつもの戯れ合っている時の言い合いとは比べ物にならない程低い声。

明らかに本気で怒っている。

それなのに、胸倉を掴まれた葵はされるがままで心底面倒くさいというような顔をしていた。


「お前には散々言ってると思うけど、知らなければ幸せでいられることなんて山ほどあるんだよ。それを無神経にべらべら喋りやがって」


「言わなかったのは、このことをひよりさんに知られたら都合が悪くなるからだろう」


「ああ、そうだよ。ひよりちゃんは隠し神との縁を切りたくなくなるかもしれない。それは都合が悪い。だから黙ってた」


「お前は人の気持ちをなんだと思ってんだ。彼女にとって先生の存在がどれだけ大きいものかくらいわかるだろう」


「じゃあなに。ひよりちゃんの気持ちを尊重して、隠し神との縁を切るのはやめよう。このまま連れて行かれちゃってもしょうがないよね、先生と一緒なんだし死んだって幸せだもんねって納得させるわけ? できるわけねえだろ」


「そういうことを言ってるんじゃない。彼女にもそれ相応の覚悟をする時間が必要だって言ってんだ」


「そんな時間ないのはお前もよく知ってんだろうが。どっちにしろ縁は切らなきゃならない。結果的に能力がなくなったとしても、どうせ覚えてないんだから悲しいとも寂しいとも思わないだろ」


「俺はお前のそういうところが昔から気に食わねえんだよ」


「その気に食わねえ僕に捜査協力依頼してんのはお前だろうがよ」


「やめてください!」


いよいよ収拾がつかなくなりそうだと思ったので、思わず大きな声を上げてしまった。

自分でも驚くほど大きな声が出た上に、久しぶりにこんな声を出したので今の一声だけで喉を痛めた。

空咳が出る。


「お気遣いくださってありがとうございます。でも、私は大丈夫です」


巧は乱暴に葵から手を離した。


葵が言っていることは正論だ。

それは巧もわかっているのだろう。


「……ありがとうございます」


葵に向かって礼を述べると、葵はこちらを振り向きもせず笑う。


「なんで僕にまでお礼なんか言うの」


「私を助けようとしてくれていたんですよね。大丈夫です。嫌がったりしません」


たとえ視えなくなって全てを忘れたとしても、先生を助けられるのであれば構わない。

だって、先生は私から離れないと言ってくれたのだから。

なのに、両手は痛いほど力が込められて震えていた。


サイドミラー越しに見える葵の顔から、笑顔が消える。

かと思えば、シートベルトを外して振り返り、私の手を大きな両手で包み込んだ。


「ひよりちゃん、僕と結婚しよ」

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