痴話喧嘩
夢から目覚めて上半身を起こす。
手には土鈴が握られていた。
現世でマキちゃんたちを見つけることは、先生を助けることにも繋がるはず。
気持ちを新たに、土鈴を両手で包み込んだ。
身支度をして一階に降りる。
リビングには既に葵と巧が揃っていた。
携帯を弄っていた葵は私の姿を見るや、
「おはよー……ってなんで制服姿なの?」
と訝しげに眉をひそめる。
「私服、これしかないので」
学校と家以外には近くのスーパーやコンビニしか出向かない。
今までは制服だけで事足りていたのだが、さすがに大学ではそうもいかないか。
「お兄ちゃんが買ってあげる!! 好きなのいくらでも買ってあげる!!」
なぜか半泣きで財布から黒いカードを出して見せつけてくる。
キッチンから出てきた巧はそれをげんなり顔で眺めながら、朝食をテーブルに並べていた。
「朝食できてますよ」
「ありがとうございます。いただきます」
葵を無視して席についた。
野菜スープにハムエッグにトースト。
私が降りてくる音を聞いて、先程作ってくれたらしい。
どれも温かかった。
「ひよりちゃんは全部終わったら僕とデート決定です」
「服はネットで買いますので」
「僕がデートしたいの! 会えなかった時間と失った信頼を取り戻したいの!!」
「私は別にそうは思いません」
「なんでそんなに塩対応なのかなあ!? いい加減お兄ちゃん泣いちゃうよ!?」
泣き真似している葵を無視し、両手を合わせて朝食を摂る。
「コーヒーでいいですか?」
「あ、はい」
「ブラック?」
「はい。ありがとうございます」
テーブルの隅に置かれたインスタントコーヒーの瓶を持って、巧は再びキッチンに消えていく。
あれは昨夜にはなかったはず。
瓶には近所のコンビニのテープが貼られていた。
巧という男、根っからの警察官なのか、それとも元々そういう人間性なのか、とにかく洞察力が鋭い。
先程買ってきたらしいあのインスタントコーヒー。
私が普段家で飲んでいるものと同じ銘柄だ。
わかりきったかのようにブラックか聞いたのも、きっと私が昨日ブラックで飲んでいたのを見ていたから。
「よくブラックなんか飲めるよね。てか、昨日用意されてたミルクと砂糖って誰用なの?」
泣き真似をやめた葵は、暇そうにソファに座って私を眺めていた。
葵も葵で人並み外れた洞察力がある。
彼はその力を使って、容赦なく人の弱みに探りを入れる方が得意なようだった。
従兄でなければ極力避けたい人物である。
「あんまり私的なことに首を突っ込むな」
と、巧がコーヒー入りのマグカップを持って戻ってくる。
どうやら昨日、ミルクと砂糖が予め家に用意されているのに、家主が使わなかったことに違和感を覚えたらしい。
「べっつにいーじゃん。彼氏のためのか聞いてるわけじゃないし」
「彼氏のだったらどうするんですか」
「……え? え? 嘘だよね?」
あれは月に一度、突然やってくる甘党の叔父のために用意してあるものだ。
私的なことにズカズカと踏み込んでくる葵に苛立ちを覚えたので、黙っておくことにする。
巧からマグカップを受け取って、無言で食事を進めた。
「ねーえ! 嘘だよねー!?」
「うるさいぞ葵」
人間性からして、捜査以外のことには踏み込まない巧の方が好感が持てる。
「巧さん、モテそうですね」
コーヒーを飲んで思ったことを一言。
その何気ない呟きに一際大きく反応したのは葵だった。
「はあああああ!? ぜっっったい僕の方がひよりちゃんのこと幸せにできるし!! もう僕なしじゃ生きられないくらい甘やかしてあげますけど!?」
いちいち言動が怖い。
「ひよりさんも、からかわないでください」
赤面しながら顔を背ける巧。
別にからかっているわけではないのだが。
「許しませんからね!! ちょっと料理ができて気が利く男なんていくらでもいるんだから!! そういう男に限ってヤリモクなんだよ!!」
「誰が作ってやった飯食って言ってんだゴルァ」
「食費は僕が出してますー。経済力がある男の方が将来安泰ですー」
「金をひけらかす男は見苦しいな。それ以外に自慢できるもんねえのか」
「は、顔」
「いちいちイラつくな」
仲がいいこと。
くだらない言い争いを聞きながら、トーストを頬張った。
朝食を終えて、食器を片付けた後もしばらく言い争っていた。
そんな二人の様子を見て、少しだけ羨ましかった。
私と先生はそんな口喧嘩などしたことがないから。
「……そろそろ話していいですか」
声をかけると、葵は待ってましたと言わんばかりに座っていたソファの隣を空けた。
敢えて、葵の正面の椅子に腰を下ろす。
その様子を見た巧はふっと嗤いながらダイニングの椅子に腰掛けた。
「夢を見ました」
そう切り出し、夢の内容を話した。
一通り話し終えると、葵は満足げに大きく頷いた。
「おっけー、手順が決まったね」
「手順?」
「そう、あの土地をまっさらにする手順」
まっさら……更地にするということだろうか。
「それは、お前がいれば解決するんじゃなかったのか?」
「あ、あれね、無理になった」
「はあ?」
「物理的にまっさらにすることは可能だけど、ひよりちゃんや子どもたちに結ばれた神さまとの縁は切れない。そうしたところで、ひよりちゃんは呼ばれ続けるし次の被害者も出る。ひよりちゃんが関係してなければ、強行突破するつもりだったんだけどねー」
「お前なあ……!」
青筋立てて怒る巧。
私が関係していなければ、次の被害者が出ても構わなかったということか。
そういうことを平気で行おうとするところからして、信用できないのだ。
「言っとくけど、かなり時間とコストかかるよ。それでもいいの?」
「市が出すのは更地にする金と、市営公園を建てる金だけだ。他に何が必要なんだ?」
「そうだなー、土地の整備費と宣伝費、屋台の建築費、屋台で売る材料と景品費、人件費、音響の発注、提灯もいるよね。自治体からの寄付は見込めないだろうから、自分たちでできるところはやって、ケータリング会社にお願いしちゃった方が早いかも」
「待て待て待て、なにをケータリングするつもりだ。屋台だとか提灯だとか、祭りでもするつもりか?」
「そうだよ」
あっけらかんと答える葵。
誰かこいつの脳内を一から丁寧に説明してくれ。
私と巧は額に手を当てた。