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縁-えにし-  作者: 狸塚ぼたん
二章
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夢想


林の中にいた。

少し先には神社の境内へと続く階段が見える。

その風景を見て、夢の中だと悟った。


昨日先生と別れた場所から、数メートル進んでいる。

階段上を見上げれば、提灯の灯りに屋台の屋根が見えた。

聞こえてくるのは祭囃子とーー微かに聞こえる鈴の音。


「……先生」


あの境内に先生がいるかもしれない。

一歩前へと踏み出るも、直ぐに見えない壁のようなものに阻まれた。

空間に突然現れたソレは、私を覆うように張られていて両手で押してもびくともしない。


「だめだよ」


と、懐かしい声が背後から聞こえてきた。

まるで小さな妹を諭すような、優しく澄んだ声。


「それは、ひよりちゃんを守ってくれてるんだから」


ゆっくり振り返ると、やはり懐かしい姿の少女が立っていた。

花柄のワンピースを来た少女は、目をしっかりと閉じたまま、白杖もなしにこちらへ歩んでくる。

声も姿も仕草も、全部当時のままだ。


「マキ、ちゃん」


「久しぶりだね、ひよりちゃん」


閉じられた瞼が、じっと私を見つめてくる。

マキちゃんは、私から数歩離れた場所で立ち止まった。


「その壁のせいで、これ以上は近寄れないの」


マキちゃんの後ろから姿を現したのは、カナちゃんとショウヘイくんだった。

二人は怯えたような顔でマキちゃんに縋りついている。


「本当にひよりちゃんなの? ……それ、鬼より怖い」


と、うさぎのぬいぐるみを抱きしめるカナちゃん。

懐中時計を首から下げているショウヘイくんも、私に恐怖と疑惑の眼差しを向けている。


どうやら私を覆い守っている透明な壁は、三人にとって恐ろしいモノらしい。

鬼より怖い、ということは先生の力ではないのか。

だとすると、思い当たる人物は一人しかいなかった。


葵。

そばにいるだけで縁を消滅させるという存在の力が、この夢の世界でも影響を与えているのだろう。


「私……私は……」


なんて声をかけたらいいか、わからなかった。

当時マキちゃんを姉のように慕い、いつも見上げていた私は、今こうして彼女を見下ろしている。

三人にとって私は、もう当時の私ではないのかもしれない。

拒否されることを恐れ、上手く言葉が出てこなかった。


「私たちのこと、忘れちゃった?」


手を差し伸べるかのような、慈愛に満ちた言葉だった。

何度この優しさに救われたかわからない。

だから、やはり私はその優しさに縋ってしまうのだ。

例えこの子たちが、私の命を欲しがっているのだとしても。


「私の、初めての友達だよ」


頼れる大人もいない。

現実世界に友達もいない。

そんな中で、夢の中で会えるマキちゃんたちだけが私の支えだった。

十年経つ今でも、夢を見る度どこかに三人がいるんじゃないかと探していたのだ。

忘れるはずがない。


俯いて涙を堪えていると、三人は顔を見合わせて笑い合った。


「うん、泣き虫ひよちゃんだ」


ショウヘイくんは昔のあだ名で私のことを呼んだ。


泣き虫。

そう言って笑ってくれるのは、この三人と先生だけ。

私が涙を見せられるのは、この人たちしかいない。


「……何が起きてるのか、どうしたらいいのかもわからないの」


鼻をすすり、溢れ出る涙を服の袖で目元を拭った。

私の命なんてどうだっていい。

ただ、先生の消滅だけは何があっても阻止したかった。


「よく聞いて。私たちは神さまに縛られてるの。今は鬼がこの上で神さまと戦ってるから動けるけど、きっと長くは持たない」


マキちゃんは境内の方を指差した。


「でも、あの鬼も神さまの味方だったから、信用できないよ」


カナちゃんの人形を抱きしめる腕に力がこもる。


「神さまの味方?」


「あの鬼はずっと昔から神さまの味方だったんだ。僕たちみたいな子どもを、神さまの所に導いて縛る。神さまと縁で縛られたら、もうどこにも行けない」


……まさか。

先生がそんなことするはずない。


現世のモノと隠世のモノとで存在に優劣などは関係ない。

だから、彼らに対して過剰に畏怖することも憐れむ必要もないのだ。

また、同様に互いの存在を一方的に脅かすことも許されない。

立場が違う。

ただ、それだけのこと。

そう教えてくれたのは先生だ。


どちらの存在も平等に尊重していた先生が、子どもの魂を縛りつける手助けをしていたなんて信じられなかった。


ーー人の心はあなたが思うよりもっと汚いものです。私も含めて。


先生の台詞が過ぎった。

わからない。

私が見ていた先生は、本当の先生ではなかったのだろうか。


「で、でもね! あの鬼、ひよりちゃんのことだけはずっと守ってたよ! 神さまがひよりちゃんのことを欲しがっても、鬼がひよりちゃんを近づけさせないようにしてたもん!」


と、カナちゃんが力強く声を上げた。

戸惑う私を見て、元気づけようとしてくれたらしい。


「神さまは子どもたちの魂を使って、ひよりちゃんと縁を繋げてこっちに呼ぼうとしてた。でも、鬼はその縁を斬って邪魔してたの。ひよりちゃんとの縁を斬られた子たちは、みんな神さまと一つになった。残ってるのは、私たちだけ」


そういえば、初めの頃の夢ではたくさんの子供たちがいたはず。

先生が他の子たちと私との縁を斬ったことで、他の子たちは神様と同化したということだろうか。

そして、マキちゃんたちは私と縁が繋がっている残った三人。

この三人とは夢の中で特に多く行動を共にしていたから、先生も斬るに斬れなかったのだろう。


「神さまは、どうして私を欲しがるの?」


「ひよりちゃんがお願いしたから」


私がお願いした?

マキちゃんは花柄のワンピースのポケットから何かを出して私に見せた。


「神社で毎日お祈りしてたでしょ。『お友達をください』って」


それは昔、母が私にくれたお守りだった。

交通安全と刺繍が入った赤いお守り。

いつもランドセルにつけていた。

交通安全の意味など知らず、神社でそれを握りしめてひたすらお願いをしていた。


私にお友達をください。

毎日喧嘩をしない家族をください。


「神さまはそのお願いを叶えようとしてる。ずっと私たちが一緒にいられるように。ーーごめんね、ひよりちゃん」


と、マキちゃんが突然頭を下げた。

続いて、カナちゃんとショウヘイくんもそれに習って「ごめんね」と謝罪する。


「あの日、たくさん怖がらせちゃった。ずっと謝りたかったの」


「一緒にいたかっただけなんだ。ひよりちゃんは、僕たちとは違う場所にいたから」


あの時ーー純粋な死に対する恐怖を覚えた時。

いつも一緒にいた三人が、突然全く違う存在のように感じた。


「私たちはあの時、確かに神さまに操られてたんだと思う。でも、ひよりちゃんをこっちに縛っておきたかったのも本当なの。あなたが現実世界で、どれほど辛い思いをしていたか知ってたから。私たちなら、守ってあげられると思ってた」


マキちゃんが初めて悲しそうな声を出した。

やはり、神さまに操られていたのか。

しかしその事実に気づいた頃には、私はもういなかった。

怖がらせてしまったから、逃げられたのだと思ったのかもしれない。


「許して欲しいなんて言わない。だから僕たちは行動で示すよ」


「あの鬼を助けたいんだよね?」


カナちゃんの問いに大きく頷いた。


「方法を教えられるよ。でもその前に聞きたいの」


「何を?」


「一緒にはいられないんだよね」


カナちゃんは悲しそうに笑っていた。

答えは分かりきっているのだろう。


私は現世に未練はない。

死んでも、私のために心から悲しむ人はいないだろう。

それでも私はーー


遠くの方で鈴の音が響く。

帰れ。

そう言われているようだった。


「うん」


一緒にはいられない。

だけど、できることは為す。

今の私は、傍観者ではないから。


「うん……わかった」


そう言うカナちゃんの頭を、ショウヘイくんが優しく撫でた。

マキちゃんは意を決したように、真っ直ぐ私に顔を向ける。


「私たちを見つけて。ひよりちゃんにとって、残酷なお願いになるかもしれない。それでも、必要なことなの」


現世でマキちゃんたちを見つける。

それがどんな意味なのかは理解していた。


「見つけたら、みんなも解放できるの?」


「いいえ。私たちは土地と神さまに縛られてる。あの神さまをどうにかしなきゃ、完全に解放されることはない。それに、ひよりちゃんもずっと狙われたまま」


「神さまをどうにかするのは最終目標なんだ。それまで僕たちは鬼が負けないことを祈るしかない」


境内の方へ視線をやった。


「時間がないの。鬼が消えちゃったらひよりちゃんは神さまに捕まるし、ひよりちゃんが先に捕まったら全てがお仕舞い。その前に、どうにかしないと」


「わかった」


早く、葵と巧にも伝えよう。

ここから境内までの距離を考えると、残された時間は多くはない。


「あ、あのね、もし捕まっちゃったら、またかくれんぼしてくれる……?」


と、カナちゃんが恐る恐る聞いてくる。

その質問に、思わず苦笑した。


「先生が許してくれたらね」


そう答えると、視界が徐々に明るくなる。

どうやら夢から覚めるらしい。

そこで、まだ三人がどこにいるのか聞けていないことに気づいた。


「待って!」


「大丈夫、ひよりちゃんなら見つけられるよ。……もし見つけても、嫌いにならないでほしいな」


最後に聞こえたのは、マキちゃんの悲しそうな声だった。


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