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縁-えにし-  作者: 狸塚ぼたん
二章
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覚悟


荷造りを済ませると巧の車で葵の住む家に連れて行かれた。

車で三十分ほど走った場所にあるその家は、一人暮らしにしては大き過ぎるほどの一軒家だった。


もしかして結婚していたのだろうか。

もしそうなら、いくら従妹といえど妻や子のいる家に出入りするのは世間体が悪い。

そんなことを気にして数歩離れながら二人の背中を眺めた。

が、そんな私の懸念は直ぐに打ち消される。


「僕、家に女の子入れるの初めてなんだよね。なんか緊張しちゃうなー」


家の鍵を開けながら無邪気に笑う葵。


「一人でここに住んでるんですか」


「どう見ても独身の家ではないよね。もしかして僕が結婚してるとでも思った? あ、それでさっきから冷たい態度取って……」


「違います」


結婚してるかもしれないとは思ったが、態度に関しては全く関係ない。


「凄い食い気味で否定するじゃん……どうぞ」


「お邪魔します」


一階にはリビングダイニングとキッチン、和室と風呂場にトイレ。

二階には部屋が三室。

家具は置いてあるものの、どこも生活感がない。

まるで誰も住んでいない、モデルルームのようだった。


「ひよりちゃんの部屋は真ん中。好きに使っていいよ」


そう言って、二階の三部屋のうち真ん中の部屋の扉を開けた。

白い家具で統一された可愛いらしい空間が広がる。

白いレンガ柄の壁紙に、壁棚に置いてある小さな観葉植物の緑がよく映える。


生まれてから今まで、こんなお洒落な部屋に住んだことがなかった。

今の部屋も機能性を重視しているため、お世辞にもお洒落とは言えない。

思わずたじろいでしまった。


「この部屋持て余してたから、ひよりちゃんが来てくれて助かったー」


ここはきっと、叔父が彼に与えた家なのだろう。

母と二人で暮らし始めたアパートを思うと、雲泥の差だった。

雨の日には天井から雨漏りがして、冬には隙間風が吹いて寒く夏は暑い。

隣や外からの騒音も酷かった。

それでも母は、


「おじさんがいるから、ここに住んでいられるの。感謝しないとね」


と、やつれた顔で笑っていた。


「どうかしましたか」


黙ったままの私を不審に思ったらしく、巧が声をかけてくる。


「いいえ、なんでも」


実妹にあんな部屋を貸し与えて、息子にはこんな家を与えるあたり、叔父の愛情の傾きが見てとれる。

それでも母が叔父を称えるようなことを言っていたのは、私が叔父を慕うように仕向けるためだったのかもしれない。


つくづく母を憐れに思った。

駆け落ちまでして一緒になった男には逃げられ、頼れる実家もなく、兄にはボロ屋を与えられ、娘は異常行動を繰り返す。

気が狂っても無理はない。

こんな娘、捨てたくもなるだろう。


私が心の中で嘲笑しているとも知らず、葵は部屋の案内を進めた。


「僕が右の部屋でこいつが左。なんかされたら直ぐに悲鳴上げてね」


「お前と一緒にするな」


「は? 僕は世界一紳士的な男で知られてるんですけど?」


「どこの世界線の話だか」


「お前マジで追い出すよ?」


さっさと飯作れ。と、巧を足蹴にする。


「手伝います」


荷物を部屋の隅に置いた。


「ひよりちゃんはゆっくりしててもいいよ。いろいろあって疲れたでしょ」


確かに、いろいろあった。

だからこそ今は身体を動かして気を紛らわせたいのだ。


「別に疲れていません」


それだけ言い残して、一階へと降りた。


夕飯は生姜焼きになった。

冷蔵庫を覗いた巧がメニューを告げた途端、


「えー、お酒買ってこーよおっと」


と言って、葵は近くのコンビニへ出掛けてしまった。

いっそ清々しいほど自由な性格をしている。


巧と二人でキッチンに並ぶ。

今日まで全く面識のなかった二人。

その二人で肩を並べて、家主不在の家で生姜焼きを作っている。

当然、居心地のいいものではなかった。


「葵が嫌いですか」


無言に耐えかねたのか、巧の方から生姜をすりおろしながら聞いてきた。


「別に嫌いではありません」


ボールに調味料を注ぎ込みながら答える。


本当に葵を恨んでいるわけでも、妬んでいるわけでもない。

葵には葵の苦労や不幸があったはずだ。

人生において公平なんて存在しない。

与えられたものを受け入れて生きるしかないのだ。

先生はそう言った。

全くその通りだと思う。


「葵はあなたに会えるのを楽しみにしていました。ふざけてるように見えますが、本気であなたを心配してるんです」


それならどうして今の今まで、放置していたのか。

責める気はないが、どうしてもそんな疑問を抱いてしまう。

余程の理由があったのか、はたまた興味がなかったのか。

あの様子から察するに、恐らく後者だろう。

彼の中で一番の関心ごとは私ではなく、怪異の方にあるように思える。

妙な馴れ馴れしさや謎の兄ムーブも、怪異に巻き込まれた私の信用を勝ち取るための手段に過ぎない。

そんなことを悟ってしまうが故に、手放しに彼のことを信用できないのかも知れなかった。


しかし、彼を信頼して捜査協力を依頼した巧にこんなことを話すほど、巧自身のことも信用しているわけではない。


「彼のことは本当に覚えていないんです。ですから私は今、知らない男性二人に連れられ、知らない男性の家でこうして知らない男性と生姜焼きを作っている状況に晒されています」


自分で言っていて、改めてこの現状の奇妙さに気付いた。

普通に考えて、これは事案なのでは。


あなたのことも完全に信用はしていない。

暗に私からそう言われた巧は、眉間に皺を寄せて苦しそうな声を出す。


「すみません。確かに、あなたの立場を思えば簡単に信用できるはずがありませんね。俺の身分も偽ろうと思えばいくらでも偽れますから」


すりおろした生姜を私が混ぜた調味料に加え、肉をそのタレの中に入れて揉み込む。

普段から料理をしているらしく、手慣れていた。

肉を巧に任せ、洗い物をすることにする。


「……でも、彼の馴れ馴れしさは別として、言っていることは正しいと思います。先生を助けるため、あなた方を頼りにしているのも本当です」


「その先生という方は、どんな人なんですか? ーーいや、そもそも人でもないのか」


「きっと随分昔に亡くなっているんだと思います」


あの装いに、達観した思考と落ち着いた物腰。

何より微かに先生の向こう側の景色が透けている様子は、この世のモノではないことを明確にしていた。

稀に生きたまま彷徨っているモノもいるが、そういうモノは透けてはおらず、私を認識することすらない。

きっと先生はあの容姿の時に亡くなったのだろう。

剣術を見る限り恐らく武家出身。

であれば、死因はいくらでも考えられる。


「幽霊ということですか」


「先生は自分のことを話したがりません。けど、そうなんだと思います。ずっと私が生まれた時から守ってくれていたようです。とても物静かで、でも暖かくて。そばにいてくれるだけで落ち着きます」


時折見せる優しい目も、達観した思考も、舞うようで容赦のない剣術も、その全てが私を安心させてくれていた。

生前のことは何もわからないし、本名も知らない。

それなのに、先生のことは不思議と信用できた。

それは子ども特有の純真さからのものなのかはわからないが、とにかく今となっては片時も離れていたくない存在となっていることは確かだ。


話す私を見て、巧はふっと柔らかい笑みを浮かべた。

常に堅苦しく難しい顔をしている印象だったが、こんなふうにも笑えるらしい。


「とても慕っているんですね」


「はい。……また先生と一緒にいられるのなら、どんなことでもします」


それがもし、先生の望まない方法だったとしても。


「あまりは無理はしないでください。俺にはあなたを守る責務があります。先生には及ばないでしょうが、もし何かあれば遠慮はせず頼ってください」


「……ありがとうございます」


我ながら心の籠らない礼だと思った。

巧はいい人なのだろう。

でもそんなこと私には関係ない。

先生を取り戻して、今まで通り静かに傍観者として生きていくだけ。

それだけだ。

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