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縁-えにし-  作者: 狸塚ぼたん
一章
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重たい瞼を開けると、自分の部屋の天井が目に入った。

全部、夢だったのだ。

そう理解した時、私の心に残ったのはただひたすら虚無だけだった。

あの時、もし鬼に斬られていたとしても、現実であってほしかった。

そう願ってしまうほど、あの頃の私は夢の中の世界に固執していた。


ああ、日記を書かなきゃ。

勉強机の前に座った。

机の上の時計は午前二時を示していた。

草木も眠る丑三つ時だというのに、リビングから親の泣き声と怒鳴り声が聞こえてくる。


一体いつまで喧嘩を続けるのだろう。

そんなことを思いながらノートを開いた。

鉛筆を右手で持つ。

そこでふと、右手首に視線がいった。


誰かに強く掴まれたような青黒いアザ。

手の形がくっきり残っていた。


ーー待ってるから。


マキちゃんの台詞がよぎる。


私は親に見つからないよう、こっそりと家を出た。


家を出ると、どこからともなく祭囃子が聞こえてきた。

楽しそうな太鼓に笛の音があの神社へと誘った。

境内へ続く長い階段の下。

そこで、マキちゃんたちは待っていた。


「ひよりちゃーん! こっちこっち!」


「遅いよ!」


カナちゃんとショウヘイくんが手招きする。

白杖を持たないマキちゃんが、一目散に駆け寄ってきた。


「上の境内でね、お祭りがやってるんだよ! みんないるから、早く行こう! 鬼が来ちゃう前に!」


そう言われて、境内の方を見上げた。

確かに祭囃子は境内から聞こえてくる。

出店の屋根のようなものも見えた。


ただ、人の声が聞こえて来ない。

逆に言えば、聞こえて来るのは祭囃子の音だけなのだ。


あそこに行ってはいけない。

本能的にそう感じた。

そんな私の右手首を掴んで、無邪気に笑うマキちゃん。


「ずっと一緒だよね?」


そこで初めて恐怖を覚えた。

独りになる恐怖ではなく、純粋な死に対する恐怖。

胸に染み落ちたその感情は、マキちゃんの手を振り払わせた。


「どうして? 戻ったって、ひよりちゃんはずっと独りぼっちだよ?」


振り払われた手が、なんの迷いもなく今度は私の頭に伸びて髪を撫でる。

全て今までどおりのことなのに、なぜだか今はマキちゃんの所作一つ一つに違和感を覚えてしまう。

そしてその違和感はさらに恐怖心を煽った。


「寂しかったんだよね。私たちがずっと一緒にいてあげるからーーだから、一緒に逝こう」


瞬間、どこからともなく大人の声が聞こえてきた。


ーー大橋さんのところのひよりちゃん、不気味じゃない?


ーー挨拶もしないし、にこりともしないわよね。


ーーうちの子にはあまり近付いてほしくないわ。


近所の同級生の親の心ない言葉。

幼いながらにも、言葉の意味はしっかり理解していた。

あの人たちにとっても、私は必要ない存在なのだ。


そうだ、私は戻っても独りだった。

別に私が消えても誰も困らない。

親さえ気づかないかもしれない。


諦念が恐怖を塗り替えた。


私を必要としてくれる人はどこにもいない。

むしろ私は、ここにいてはいけない人間なのだ。


マキちゃんの手を取ろうと手を浮かせた。

すると、


ーーコロコロン。


また、あの軽やかな音がしたかと思うと、私の耳を誰かが後ろから優しく包んだ。


「聞かなくてよろしい」


白檀の香り。

優しく温かみのある低い声。

見上げると、あの男が私の耳を塞いでいた。


「孤独は悪ではありません。それでも寂しいと思うのなら己が手で切り開きなさい。これはあなたの人生なのですから」


男は後退るマキちゃんから視線を外さず、淡々とこう言った。

耳からそっと手を外すと、私を庇うように一歩前へ踏み出す。

男の下駄がからんと鳴った。


「私がいいと言うまで、目を閉じて耳を塞いでいなさい」


いつの間にか、マキちゃんたち三人はいなくなっていて、祭囃子も聞こえなくなった。

階段前には狐の面を被った、ぼろぼろの着物姿の女がぽつりと立っている。


「おいで……おいで……」


か細い声で、私を手招く女。

すると、背後の階段にマキちゃんたち三人が姿を現した。

顔は見えない。

ただ、じっとこちらの方を向いて、無言で女と同じように手招いていた。


その姿があまりにも不気味で、再び恐怖が蘇る。

全てから逃げ出したかった私は、男の言う通り目を閉じ耳を塞いだ。


「よろしい」


優しげな男の声が指の隙間から聞こえて来る。

声は優しいのに、男の纏う空気は肌を刺すようにピリついていた。

これが殺気だと知ったのは、しばらく経ってからのことだった。

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