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縁-えにし-  作者: 狸塚ぼたん
二章
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誰もいない朝


夢の中の時間は進まない。

いつまでも夜が続き、祭囃子と子供の笑い声が時折聞こえてくるばかりだ。


ここから林を抜けて先へ進めば、神社の境内へ続く階段が見えてくる。

しかし、自分から進むことはできないし、戻ることもできない。


正確には進むことは可能なのだが、この先の到着地を思うと進まない方がいいと判断した。

あの神社は間違いなく私を呼んでいる。


ならばと神社から遠ざかっても見たのだが、次に夢を見た時には神社の方へと勝手に進んでしまっていた。

スタートは昔住んでいた家の目の前だったのだが、この距離ならもうじき神社に辿り着くだろう。


神社に辿り着いたらどうなるのか。

なぜ、この夢を見続けているのか。

先生は知っているようだったが、ただ「この先へ行ってはいけません」と言うばかりで教えてくれそうにもない。


道の真ん中に座り込んでも誰も通らない。

腰を下ろして、夢から覚めるのを待った。


「どちらもあまり時間は無さそうですね」


先生は神社の方を向きながら呟いた。


「……そろそろ頃合いか」


完全に独り言のようだった。

何か難しい顔をして悩んでいる。

かと思えば、私の方を向いて近寄ってきた。


「これを、預かっていて貰えますか」


膝を地につき、懐から何かを取り出す。


ーーコロン。


それは軽やかで澄んだ音を奏でた。

先生が傍に来てくれる度、鳴っていた土鈴である。

丸い形状で、縄で描かれたような模様がついていた。


「これは二つで一つのものです。一つはあなたが持っていてください」


「大切なものじゃないの?」


「はい。だからこそ、あなたに持っていてもらいたいのです」


先生の様子を見て、私の手は先生の服の袖を掴む。


「待って、どこかに行くの?」


「少しだけ離れますが、すぐに戻ります」


微笑みながら私の頬を撫でる。

初めて心の底から愛おしそうに見つめられた。


直感でわかった。

先生ともう会えなくなる。

ここで、お別れになると。


「嫌……行かないで」


縋ったりなんてしない。

今の今まで確かにそう思っていた。

なのに、実際に口から出る言葉はあの時の母と同じ台詞だ。


「ひより」


「今まで通りでいい! 愛してくれなくていいから! ずっと傍観者のままでいいから、独りにしないで!」


必死に先生にしがみついた。

白檀の香りがするも、やはり体温はない。

けれど先生は確かにここにいる。


先生がいなくなるくらいなら、誰も救えなくていい。

どんなものだって見続ける。

だからせめて、あなただけは側にいてほしい。


「あなたにも私にも、もう時間がないのです。視えずともあなたのそばいます。死して後の世も必ず守ると誓ったのですから。あなたが私を忘れたとしても離れたりはしません」


何を、言っているの?

私が先生を忘れる?

先生は一体何をするつもりなの?


混乱する私の手を取り、土鈴を握らせた。


「あなたの未来を心から愛しています」


「いや……! 待って!」


「目覚めなさい」


最後に聞こえたのは、感情を押し殺すような苦しげな声だった。



「はっ!」


夢から目覚めた私は、勢いよくベッドから上半身を起こした。

右手には土鈴が握られている。


視界に映るのはアパートの一室。

叔父が用意してくれたこの部屋は、簡素という言葉がぴったりだった。

備え付けの家具家電。

制服。

勉強道具。

ここに越して三年ほど経つというのに、あるものはそれだけ。


「先生……?」


呼んでみるも、返事はない。

部屋の隅で本を読んでいる姿も見当たらなかった。


「どうして」


右手の土鈴を握りしめる。

こんなお別れするくらいなら、私は……。


ぽたぽたと落ちる雫が土鈴を濡らし、赤茶の色を濃くした。

父親と母親が怒鳴り合いの喧嘩をしていた夜も、父親が女をつくって出て行った日も、心を病んだ母親が長期入院することになった時も、決して流れることがなかった涙。

それが、なぜだか今になって止めどなく溢れた。

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