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縁-えにし-  作者: 狸塚ぼたん
二章
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傍観者の夢


ーー十年前から私は何も変わっていない。

ただ、視ることだけを強制されている傍観者だ。

だから少しでも足掻きたかったのかもしれない。

心のどこかで、澪を救うことができれば、私自身が少しは変われるかもしれないと思い始めていた。


先生はかつて、それは傲慢だと言った。

その通りだと思う。

私は視えるだけのただの人間であって、誰かを救えるような神様なんかではない。

しかも私の身勝手のせいで、澪を更に傷つけしまうかもしれない。


タイムリミットが近い。

傷つけるくらいならいっそ、なかったことにしてしまった方がいいのだろうか。


ぐるぐると思考を巡らせながら眠りについた。



最近はあの日の夢をよく見ていた。

月が照らす神社へと続く道、祭囃子の音、子どもたちの笑い声。

まるで、十年前と変わらないままの私を責めているようだ。


ーーコロン。


「またこの夢ですか」


音の後に姿を現した先生が、神社の方を見据えながら言う。


「……先生。私、いつまでこのままなのかな」


進むこともできず、戻ることもできない。

ただ、なんの感情も抱かず視続けるだけ。

少しでも彼らに同調すれば引きずり込まれてしまうから。


黙って俯いていると、先生は私の頭を撫でた。

夢の中でだけ、私と先生は触れ合える。

でも、先生の温もりは感じられない。


「あなたは傲慢な上、優しすぎるのです。だから、あなたが視えるようになることを私は望んでいなかった」


優しい? 私が?

何もできず、ただ先生が斬りつけるのを見つめ続けるしかない私が?


「人の心はあなたが思うよりもっと汚いものです。私も含めて」


「先生は汚くなんかない」


ずっと、そばで見てきた。

私が起きている間はもちろん、こうして寝ている間も守り続けてくれていることを知っている。


「いいえ、私は汚い人間です。きっと誰よりも」


どうしてそんなことを言うの。

今まで、先生だけを信じて生きてきた。

それなのに先生にそんなこと言われたら、どうしたらいいかわからなくなる。


思いは言葉にならず、飲み込まれていく。

代わりに、身体が先生を抱き締めていた。

温かくないはずなのに、先生の体温を感じる気がする。


「ひより」


嗜める様な声だった。

先生が私を名前で呼ぶ時は、いつも嗜める時か危険を知らせる時だけ。

それでも離れたくなかった。

少しでも時間稼ぎがしたい。

その一心で口を開いた。


「聞きたいことがあるの」


それに答えてくれるまで、離れない。


そんな私の意図に気付いたのか、先生は困ったようにため息をついた。


「なんですか」


「……先生は……誰かを好きになったこと、ある?」


聞きながら、全身の血の温度が上昇していくのを感じた。

こんなことをこんな状況で聞くなんて、我ながら呆れる。

でも、自分を卑下している先生に今、どうしても聞きたくなった。


この神社への道を見ていると、日に日に先生に対して切ないような恋しいような想いが強くなっていく気がする。

出会った場所の近くだからなのだろうか。


先生はしばらくの間、無言だった。

不思議に思って顔を見上げる。

その表情からは、悲しみと諦念が読み取れた。


「……ええ、あります。ただ、それが叶うことは永遠にありません」


私の両肩に手を置いて引き離した。


「あの方は私の全てでした。私は私の全てを守るために、このような虚ろな存在となってもなお、ここに在るのです。だからーーあなたを守っているのは、あなたのためではない」


その言葉は、凶器のように鋭く私の胸を突き刺した。

先生の気持ちなどとっくにわかっていたはずなのに、改めて現実を突きつけられると、さすがに辛いものがある。


「……そっか」


呟きながら、昔のことを思い出していた。



「真実の愛って、存在すると思う?」


縋る母親を置いて父親が出て行った日、窓際から父親の背中を見送りながら、先生にそんなことを聞いた。


「ありませんよ」


あるわけないでしょう、そんなもの。

とでも言いたげな口調で返答がきた。

飾らない言葉に、思わず笑ってしまいそうになったのを覚えている。


「人の心が変わるように、愛情の形も変わります。そして、人は無償の愛と謳いつつ、どこかで必ず見返りを望むものです。……あなたもいつか誰かを愛し、誰かに愛されるでしょう。その時は相応の覚悟をしなさい」


「どんな覚悟?」


「もらった分だけの愛を返し、何に対しても期待しない覚悟です。尽くし過ぎるとどうなるか、間近で見てきたでしょう」


先生は涼しい顔で母親を私の反面教師にするよう仕向けていた。


「私は先生といられたらそれでいい」


父親の背が見えなくなった風景を眺めながらこう言った。


この世の全ての愛が見返りを求められることが前提であるのなら、そんなものはいらないし母親のようにはなりたくない。

あんな不誠実な男を待ち続けてしまう程、人を愛したくはない。


愛が理屈でないことは分かっている。

だから人を避けるのだ。

愛し愛されないように、先生と二人でひっそりと生きていられるように。


「……私はあなたを愛しませんよ」


先生ならそう言うと思った。


「それでいいの。だってその分、先生に返さなくていいってことでしょ」


振り返って笑って見せる私に、先生はやれやれと呆れたように笑っていた。



あの頃の私は、一緒にいてくれるだけで充分だった。

先生の心が私にないことはわかっていたし、誰かを想っていることにも気付いていた。

それでもほんの少しだけ、期待してしまっていたのだ。

ーーいつか、私を求めてくれるかもしれないと。

でもそれは永遠にない。

想い人について話す先生の目を見て確信した。


「困らせて、ごめんなさい」


私は母とは違う。

縋ったりなんてしない。

その一心で絞り出した言葉だった。


先生は俯く私と目を合わせるように屈んだ。


「私のためにそんな顔をする必要はありません」


……なんだか、少しずつ腹が立ってきた。

人をこっぴどく振っておいてからの、その優しい目はなんなのだろう。


「先生って、生前からそんな女たらしだったの」


「いいえ、誠実すぎて後悔している程です」


たまに真顔でこういうことを言うから、冗談なのか本気なのかわからなくなる。


「私がメンヘラ女だったら刺し殺してたよ」


「素直に育ってくれて助かりました」


俗世の言葉にもしっかり対応している辺り、無駄に現代の本を読み漁っているわけでもないらしかった。

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