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縁-えにし-  作者: 狸塚ぼたん
二章
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地縛霊


寄り道はせず、真っ直ぐ家へと帰る。

おかえり、という声が聞こえてくることはない。

玄関には自分のローファーが一足だけ残された。


どこにでもあるようなアパートの一室。

家具、家電付きの八畳一間。

そこで先生と暮らしていた。


「時間はあまり残されていませんよ」


コーヒーを淹れている私に、先生は深刻そうな顔でそう言った。


「わかってる」


土地と縁が結ばれたモノーー所謂、地縛霊という存在は、その土地との縁を切り離さなければ解放することはできない。

人と人との縁は簡単に切れるものが多いが、土地となれば厄介。

なぜなら、地縛霊のほとんどがその土地に執着しているから。

その土地で死ぬに至った経緯を、根本的に解消する必要があるのだ。

では根本的解決とは何か。

一番手っ取り早いのは、未練解消だと言われている。

しかし、地縛霊の未練は復讐絡みである場合がほとんど。

怨み、妬み、嫉みを抱いているモノほど解放は難しい。


近づかない方がいい。

どうせ救えないのなら、手を出すな。

最後に辛いのは、あなたなのだから。


澪に屋上へ呼ばれた日、先生はそう言って私を止めた。

それでも無理を通したのは、彼女の感情に触れたかったからだ。

怒りでも悲しみでも恨み辛み嫉みでもなんでもいい。

この土地で命を絶とうと思うほどの憎しみや絶望が知りたかった。

本当にそれだけのはずだった。


先生に守られているとは言え、澪の心に取り込まれないよう傍観者でいることを徹底していた。

澪に同情せず、ただ聞くことに専念した。

そして帰り際にはこう言った。


「私はあなたを視て、あなたの話を聞くことしかできない。それでもいいなら、明日もまた来るよ」


澪はそれでもいいからまた来てほしいと言った。

そしていつしか、澪の方から私の話を聞きたがるようになっていた。


土地との縁を完全に切ろうとするのは難しいが、薄くすることはできる。

方法は、土地とは別のものとの縁をより強固に繋げること。

これは相当時間がかかる。

なにせ未練より、その別のものに執着させる必要があるからだ。

仮にそれが成功したとしたら、土地から解放されることもあるかもしれない。


先生からそう聞いた時、無理だと思った。

私のようななんの面白味もない人間が、澪の気持ちをこちらに向けることなんてできない。

できたとして、きっと澪はこの土地に私を繋ぎ止めようとするだろう。

私の存在は澪の憎しみを越えることはできない。


それでも澪の元へ足繁く通うのは、気が楽だったからだ。

初めて先生以外の人に自分のことを話した。

初めて私のために泣いてくれた。

私はただの感情のない傍観者だったのに、澪はいろんな感情を直向きに晒してくれた。

だから、そばにいるのが新鮮で心地よかった。

澪が私の代わりに怒ってくれる。

私の代わりに泣いてくれる。

澪は私だった。

でも決して、私は澪にはなれなかった。


たまに、自分が死んでいて澪が生きているのではないかと錯覚することもあったが、それは先生の存在のおかげで明確に分けることができた。

きっと澪は先生が邪魔なことだろう。

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