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縁-えにし-  作者: 狸塚ぼたん
二章
11/104

居場所


ーーーーー


校舎の屋上。

そこが私の学校での唯一の居場所だった。

一般生徒が足を踏み入れることがない、立ち入り禁止の場所。

昼休みに放課後など、空き時間があれば足繁く通った。


それも、あと三ヶ月もしないで終わる。

ここを卒業して、大学へ進学するのだ。

特に学びたいことはなかったが、叔父に言われて仕方なく女子大の文学部へ進学を決めた。

叔父の知り合いが多く勤めている大学なのだそうだ。


女をつくって逃げた父親も、精神的に病んでしまった母親にも興味はない。

私のことも放っておいてくれて構わないと叔父に伝えていたのだが、同じ榊の姓を名乗るのであれば放っておくことはできないと、今も金銭援助を続けてくれている。


小学生の頃に住んでいた家から離れたこの地は、とても静かだった。

近所付き合いもなければ、変に干渉してくる大人もいない。

自分のことで精一杯な人間ばかりだ。

自分に精一杯な人間は、他のモノに意識を向ける余裕がない。

私はここでも居てもいなくても変わらない存在になっていた。


私にとってそれは煩わしくなくて心地良いのだが、先生は良く思っていないらしい。

この屋上に来ることさえいい顔をしない。

今も少し離れた貯水タンクの下で本を読んでいるが、間違いなく意識はこちらに向いていた。


『先生はずーっと過保護だね』


と、私の携帯のメモ機能に勝手に文字が入力される。


「本当に。問答無用でなんでも斬りつけようとするんだから」


屋上のフェンスを背もたれにして座り、足を伸ばしながら購買で買った棒アイスを口に入れる。

二月の屋上で白い息を吐きながらアイスを食べているような人間は、きっとこの世界で私だけだろう。

そんな私の隣には、顔と身体の右半分がぐちゃぐちゃに潰れた女子生徒が立っていた。


目は飛び出ているし、口も潰れて隙間から歯が見える。

腕は右側がない。

足はついているが、血だらけの太ももから先は外側を向いていた。

下腹部からは長い臓器のような物が飛び出している。

この姿で足を引きずりながら迫られたら、恐らく一生のトラウマになるだろう。


『初めて会った時、斬られそうになったの思い出した。この見た目だから無理ないけど』


「うん。澪ちゃんの見た目、初めての人には刺激的過ぎるからそれは許してあげてほしい」


岡崎(おかざき)(みお)

彼女は私が入学する前に、この屋上から身を投げて自殺した。

原因はいじめ。

軽い無視から始まり、SNSに顔を晒され、身に覚えのない噂を流され、学校での居場所も奪われて、終いには男子生徒たちに性的暴行を加えられ、そしてここに辿り着いた。


初めて会ったのは教室の窓の外だった。

授業中、窓際の席に座って外を眺めていたら、澪が上から降ってきたのだ。

目が合った瞬間、既に先生が刀を構えていた。

彼女は教室の窓の外からこう言った。


「ぁ……あがっ……が……」


顔が半分潰れているから言葉を発することはできないらしかった。

彼女はそのまま落下していった。


休み時間、携帯を確認すると勝手にメモ機能が開いて文字入力がされていた。


『私は岡崎澪。お願い、あなたとお話がしたいの。屋上に来て』


普通の人間なら怯えて消すのだろう。

でも、私は反対する先生と立ち入り禁止の立て看板を無視して、屋上へと上がっていった。


ただ、話がしてみたかった。

なぜ彼女があんな姿になってしまったのか、なぜ自殺という選択をしたのか、なぜずっとここに居続けるのか。


そうして話をしているうちに、屋上に通うようになっていた。

長期休暇の時も、週に一度は必ず会いに行った。

今日あった出来事や昔の話をする。

それだけなのに、時間はあっという間に過ぎていった。


『もう直ぐ、卒業だね』


「だね」


『卒業したら、会えないんだよね』


「うん」


『寂しいな』


私は答えなかった。

食べ終えた棒アイスの棒を、くるくると玩びながら携帯の画面を黙って眺めた。


『先生に斬ってもらおうかな。ひよりちゃんとの縁が切れるってことは、ひよりちゃんのこと忘れられるかも知れないし』


確かに、先生が斬ったモノたちはみんな一時的に私が認識できなくなる、という話をしたことがある。

認識できても、しばらくは私が視える人間だということを忘れているようにも見えた。

卒業すればここに来ることはもうない。

斬ってしまえば、澪と復縁することもないだろう。

もし、澪が忘却を望むのであれば、せめてそれは叶えてあげたいと思った。


『どうして生きてる時に、ひよりちゃんに会えなかったんだろう』


ぽたっと、雫が真横を落ちていく。

それは地面に到達する前に消失した。

私は消失する前のそれを手の平で受け止める。


「多分、澪ちゃんが生きてたら私なんて見えてないよ」


温かくも、冷たくもない。

濡れた感覚もない。

手の平には何も残っていなかった。


生きているのはどちらで、死んでいるのはどちらだろう。

澪と話していると、時々境界があやふやになる。

きっと、先生は私がそう感じているのに気づいているのだろう。


『もし、先生がいなかったら』


ここまで文字が入力されて、直ぐに消された。

先生がいつの間にか目の前まで来ていた。


「風邪をひきますよ」


その言葉は間違いなく私に向けられたものだった。

けれど、冷たい視線は澪を捕らえている。


風邪。

その単語に、生きているのは私の方だと気付かされた。


『ばいばい』


携帯の画面に四文字が表示されると、澪はすっと消えていった。

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