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縁-えにし-  作者: 狸塚ぼたん
四章
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弟子



ーーーーー



もうどれだけの時間、山中を逃げ回ったかわからない。

巧は私の手を引いて、なるべく木々が生い茂っている暗い道を選んで走った。

今はその道中で見つけた崖下の横穴に身を隠している。


「巧、さん」


なんとか息を整えながら声を掛けると、巧は安心させるかのように少し笑いかける。


「今の所は安心です。なるべく雪には当たらないように、これを雪除けに使ってください」


そう言って、着ていたスウェットの上着を脱いで寄越した。

半袖シャツから見えるがっしりとした腕からして、普段から鍛えているのだろう。

息もあまり上がっていない。

私がいなければ、きっとここからだって楽に脱出できただろうに。


外の雪が止む様子はない。

川から離れすぎてどこを頼りに走ればいいのか、方角ももうわからなかった。

永遠に続くかのような夜は、時間経過の感覚さえ狂わせていく。

そんな中で死に追われる恐怖。

平静を保つだけで精一杯だった。


「さて、どうするか」


こんな極限の状況下でも、彼は諦めているように見えなかった。

本気で、ここから私と一緒に帰ることを考えている。

しかし、彼の手に握られている銃の弾はとっくに使い果たしてしまった。


……もうこれ以上、一緒に逃げ続けるのは限界かもしれない。


私は土鈴を握りしめた。


「馬鹿なこと、言わないでくださいね」


巧に制され、口から出かけた言葉を飲み込んだ。


「二人でここを出る。それ以外、俺は考えない」


……やはり、気づいていたか。


巧と逃げている時、私は違和感を覚えていた。

追ってきているアレは、巧のことを認識しているように見えなかったのだ。

巧を襲うどころか、まるでそこらの石や木と同じ障害物のように避けていた。


何らかの理由で巧だけが認識されていないのだとしたら、私と一緒に逃げ回る必要がない。

巧だけでも帰れる。


きっと、私のその考えを読まれていた。


「長く身体から離れれば、巧さんも危ないんですよ」


「この状況で、命の重さは平等じゃない。俺だけ生き残ったところで、何の意味もないんです」


確かに私にはやるべきことがある。

それでも、


「巧さんも、待たせてる人がいるじゃないですか」


「それとこれとはーー」


「でも」


異議を唱えようとする巧を今度は私が黙らせる。


「それを全て承知で、お願いします。私と一緒にいてください。巧さんがいないと、一人でここから逃げ出せる自信がありません」


その言葉は「一緒に死ぬ覚悟をしてくれ」と言っているのと同義だ。

今までの私なら、絶対に口にしなかっただろう。

でも全てを投げ出して死ぬには、あまりにも縁が生に繋がり過ぎてしまった。

その縁の一つである巧は、力強く頷いて答えてくれる。


「必ず守ります」


その言葉の後、私と巧が持っていた土鈴が突然煌々と光りだす。

私たちはその土鈴を掌に出して突き合わせた。


『……ひよちゃん! よかった、ここにいた!』


光の中、姿は見えないが聞き覚えのある少年の声がする。


「将平くん?」


『大丈夫、ひよちゃん。もう直ぐ助けが来てくれるから。僕の時計、貸してあげる。それでこっちの時間もわかるはずだよ』


チャリ、と金物が地面に落ちる音がした。

湿った地面を見ると、古びた懐中時計が落ちている。


拾ってその時計の指す時刻を見て血の気が引いた。

十五時半。

私たちは既に十五時間以上身体から分離している状態だということになる。

戻れる時刻はとっくに過ぎていたのだ。


空っぽの身体にはモノが寄り付く。

残って身体を守ると言っていた葵は無事なのだろうか。

その私の心配を感じ取ったらしい巧が口を開く。


「葵なら、ひよりさんのことを信じて待ってるはずです」


「そう、ですね」


なんとか早くここから出なければ。

そう思っていた矢先、外が次第に騒がしくなり始める。

複数人の足音が聞こえてきていた。


「隠してください」


土鈴を渡されながら小声で言われて、借りた上着を被せて抱え込む。

それでも光は布の隙間から漏れるので、出入り口から身体を背けた。

巧はその私を庇うように前に立つ。

その手にはいつの間にか竹刀が握られていた。


気配は周囲に集まりつつあった。

恐らくこちらの居所はバレている。

なぜバレたのかはわからない。

生を感じない気配だけが、無言で距離を詰めてきているのが感じられた。

文字通り袋の鼠だ。


絶望しかけていた時。

空気を劈くような高く鋭い音がしたかと思えば、巧が何かを竹刀で叩き落とすような動きを見せた。

巧が叩き落としたものを見ると、羽根のついた棒状のものが目に入る。

先端には鋭い刃が付いていた。

それが弓矢で、外から何者かに狙われていたのを巧が叩き落としたのだと理解するまでに時間がかかった。


「俺がいいと言うまで、絶対にここから出ないでください」


背中しか見えない彼の声は穏やかだった。

私はこの声色を、この雰囲気を知っている。

姿形は全く違うのに、纏う静かな殺気はあの人そのものだった。


それに気づいてしまった私は膝から崩れ落ちた。

ほぼ同時に巧は竹刀を構えて走り出す。


雪の中、手にしているのは竹刀のはずなのに、巧がそれを一振りすればモノの首が宙を飛ぶ。

舞うかのように近づいてくるモノを一人二人と容赦なく斬り伏せた。

その確かな殺意に身を任せ刀を振るう姿は、最早警察官の面影すらなく、鬼と呼ぶ方が相応しい。

雪闇に紛れて見えるのは、舞いながら首を刎ねる鬼の姿。

その顔を見ることは叶わない。


舞う足捌きが聞こえるその奥で、ギリギリと何かが張り詰める音が聞こえていた。


その音の正体に気づいた私は、咄嗟に持っていた物を全て投げ捨てて飛び出す。

木の影から、矢尻がこちらを向いているのが微かに見えた。

私に気づいたモノたちの手が迫る。

巧はその私の姿を視界に収めると、慌てたように私の方へ駆け寄った。


「避けて!」


叫びながら、巧の体に覆い被さるようにして倒れ込……もうとした。

のに、巧の足に見事に払われ、バランスを崩してそのままこちらが押し倒されてしまう。

視点は一気にぐるりと空へ向く。

巧の左手が私の後頭部を覆っていた。


「たく……」


「頭を上げるな!」


怒鳴るような声に身体が固まる。

かと思えば、再び矢を放つ音がした。


ーーヒュンッ……ドス。


という音がそばで何回か聞こえたかと思うと、私の顔の直ぐ真横に頭に矢が刺さった顔が落ちてくる。

顔がぐちゃぐちゃに崩れた女だった。


辛うじて残っている片目と目が合うと、必死に何かを訴えながら私の方へ爛れた手を伸ばす。


「……イッ……ショ、ニ……」


「いや!」


思わず目を閉じて巧にしがみつく。

と、何かを地面に突き立てるような音がした。


「師匠」


その一言にゆっくり目を開けると、伸ばしていた手に刀が突き刺さっているのが見える。

その持ち主を見上げると、見慣れない屈強な男が仁王立ちしていた。


巧と私はゆっくりと体を起こしてその男を見やる。

男は巧の顔と私の顔を交互に見ると、心の底から嬉しそうに笑って膝を落とした。


「暁、遅参致しました。我が身、如何様にもお使いください」


時代錯誤甚だしい仰々しい挨拶をされた巧と私は、呆然と顔を見合わせる。

互いにこの男に見覚えは? と目で問いかけるも、揃って首を横に振った。


少しして、背後の崖から滑り落ちてくるような音がしてきた。

振り返ると、弓を携えた男が大きな馬に跨って駆け下りて来ていた。


「師匠! 泉もおります! 師匠!! 見ましたか! 周りの者ども全てこの泉が! 射抜いてやりましたぞ!! お怪我はございませぬか!!」


再び巧と顔を見合わせるも、同様に首を横に振る。


「あの」


私は未だ片膝をついて首を垂れている暁に声をかける。


「師匠とは彼のこと、ですか?」


手で巧を示しながら問いかけると、暁はなぜか今にも泣きそうな顔をする。


「いかにも我らが師、陽春殿で御座います」


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