表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
縁-えにし-  作者: 狸塚ぼたん
四章
103/104

蠱毒



ーーーーー



葵がいると伝えられ、華から言われたとおりの住所に来てみたものの、辺りは怨念やら憎悪やらでこの世の悪い気を全て集めたような空気が漂っていた。

ここに来る途中でも同じようなモノたちがぞろぞろとついてきていたが、着いた途端にソレらまでも家の周りを囲い始めている。


旭はその中に紛れて家のドアベルを鳴らした。

重苦しい気が身体にまとわりつくと、鬱陶しそうに持っている杖を一度だけ地面に突く。

すると、何かを恐れるように旭の身体から離れて行った。


家の中から人が出てくる様子はなかった。

敷地内に侵入して、カーテンが締め切られた一階の窓に向かって声を掛ける。


「あーおいくん。あーそーぼー」


窓ガラスに映るのは、身長百九十近い大男。

黒のスーツを着込み黒い皮手袋を嵌めて、手持ちが銀製の西洋的なデザインが施された杖を振り回す男の姿である。

左目元には涙ぼくろ、左耳には銀のピアスがいくつも付いていて、夜の繁華街が似合う風貌をしていた。


「俺優しいから、三秒待ってやるよ。……いーち、にーい、さーん」


さーん、の掛け声と共に杖を窓ガラスに向かって振り上げて、そのまま叩き割った。

割った隙間から手を入れて、鍵を開ける。


土足で家の中に上がって辺りを見回した。

部屋には所々に古いフランス人形が設置されている。

外に溜まった重い気はそのフランス人形を必死に求めているようだが、見えない何かに阻まれて家の中まで入り込めない様子だった。


廊下の方から階段を駆け降りてくるような音が聞こえてきたかと思うと、直ぐに血相を変えた柳原が部屋に飛び込んで来る。


「旭!」


「やっほー、親父」


ひらひらと手を振る。


「やっほーじゃない! どっかの大佐だって三分間は待つ寛容性があるってのに……そうじゃなくてお前、何した!」


「窓壊した」


「ちげーよ! どれだけの数のモノ引き連れて来たんだっつってんだ!」


「あー、勝手について来た。どうせ葵くんに会うからいいかなって」


「お前、華から何も聞いてないのか!?」


旭は答えず、土足のままソファに座って足を組んだ。


「そんな興奮しなさんな。てかそっちこそ、義彦さんブチ切れてんのにこんなとこいて大丈夫そ? 姉貴はストレスでまた達磨体型になってるし、お袋もしばらく姉貴んとこ家出するってよ」


先程までの威勢はどこへ行ったのか、柳原の顔は急にしおしおになった。

妻の話になると、突然どこにでもいる尻に敷かれた情けのない夫になる。


「……嘘ぉ」


「ほんとぉ。情報共有できない夫とはいられませーんって」


「あーもうだめだ終わった私生きてる価値ないもう無理病んだ」


柳原は頭を抱えてしゃがみ込んだ。


「メンヘラってるとこ悪いけど、義彦さんのブチ切れ具合も相当よ」


「どうせ管理者の任から下すんだろ」


「そこそこキレてる俺をここに寄越してる時点で、それ以上だろ」


旭がソファから立ち上がった瞬間、身に纏っている雰囲気が一変した。

部屋を漂う空気が一瞬で凍ったように冷たくなる。


「華から派遣されて来たんじゃないのか。……お前、まさか親を……!」


「俺、誰かさんのせいで二徹目なわけ」


旭は杖をくるくると回しながら柳原に歩み寄る。

柳原はじりじりと後退りした。


「葵には手を出すな」


その言葉を聞いて、旭は柳原の足に杖を引っ掛け横転させる。


「老害は大人しく寝てろよ」


薬品を染み込ませた布で柳原の口と鼻を覆うと、柳原はそのまま眠りについた。


ふと、柳原のズボンのポケットが微かに光っているのに気づく。

中に手を突っ込むと、『柳』と記された護符が出て来た。


「面白そうなの持ってんじゃん」


旭は護符をジャケットのポケットの中に突っ込み、柳原を小脇に抱えて階段を上がった。

その途中の壁や手摺りには、札がびっしりと貼られている。

上がりきると、同じように札が貼られた一際目立つ扉が現れた。

ノックなくその扉を開けると、カーテンを閉め切り壁や床に札を散りばめた薄暗い空間が広がる。

ベッドには眠る少女と、その脇には這いつくばっている見覚えのある男がいた。

男は鬱陶しそうにこちらを見ている。


「おひさー。親父、邪魔だからここ置かせて」


そう言って柳原の身体を床に落とす。


「……その悪趣味な杖……何……?」


葵は気持ち悪そうに旭が持つ杖を眺めた。


「これ? えりりんからの海外土産」


それを聞いた葵は更に顔をしかめた。


えりりんこと(さかき)絵梨花(えりか)は義彦の妻であり、葵の母の名だ。

世界各国を巡る廃墟写真家で、自由奔放な性格もあって日本にいることの方が少ない。

たまにふらっと世界の呪物を土産で持って帰って、親戚中にばら撒くトラブルメーカーである。

本人は全く可視能力もなければ霊感もなく、ただの骨董品マニアだと豪語しているのだが、その勘と運で呪物ばかりが彼女の周りに集まる。


旭はそんな絵梨花からよく呪物を買い取ったり、貰ったりしてコレクションするのが趣味だった。

親戚たちがこの二人を嫌煙しているのは、言うまでもない。


「ひよりちゃん、親父に利用されてかわいそー。目ぇ覚したら慰めてやるか」


ベッドに近寄ってひよりの寝顔を覗き見ると、横からクッションが飛んできた。

旭はそれをひょい、と軽く躱す。


「手……出したら殺すよ……華ちゃんが」


「姉貴にミンチにされるリスク負ってまで手出すほど、女に困ってねぇよ」


旭はベッドからすっと身を引いた。


「……一応……確認で聞くけど……今の僕になら勝てると思ってる?」


三年会わなかっただけで随分とナメられたものだ。

相手が葵でなければ、杖で手の骨を粉砕してやっていたかもしれない。


「本気で殺るとしたら、不意打ちでワンチャンあるか良くて相打ち。遠隔で呪殺できるような呪物があれば話は別だけどー」


葵は息も絶え絶えで額には脂汗が滲んでいる。

旭はその姿を見ても彼に勝てる気がしなかった。

この部屋は異界と同じ臭いがする。

異界の中で、華や葵という化け物に勝てると思うほど馬鹿ではないのだ。


榊家の資料の管理者後継人である旭は、父親程ではないが術に関しての知識はそれなりに身についていた。

加えて、可視能力はないがそれを補えるだけ勘が鋭く頭の回転も早い。

現状を把握するのにさほど時間はかからなかった。


葵はひよりの身体を隠すため、この部屋ごと異界に転換しているのだ。

現世の異常を隠すのであれば、異界の中に異常を隠す。

それは黒の紙に漆黒のインクを垂らしたようなもので、違いに気づくモノは少ない。

現代でこれができる人間は葵しかいないだろう。


にも関わらず、家の周りにはどんどん気が集まっている。

ひよりの空っぽの身体は、よほど引き寄せる力が強いらしい。


「で……何しにきたの」


「遊びに来た」


「帰れ」


「やーだー。こんな面白いことになってんのに、親父も葵くんも俺のこと仲間外れにするとか酷くね。えりりんに言いつけてやっかんな」


「……何が目的なわけ」


会話をするのも億劫というような口ぶりだった。


「一階の結界、三分間全部解いて」


「……死にたいの?」


蠱毒(こどく)作んの」


葵は深く息を吐いて旭に背を向けた。

これ以上会話をしたくない、という意思表示らしい。


旭は術の知識も勘も頭の回転も人より秀でているが、それ以上に人としての倫理観がぶっ壊れていた。


「ねーねー、どうせあのフランス人形いらないんでしょー? ただの依代にすんのつまんねぇじゃん。バトロワさせようよ、バトロワー」


旭は背を向けた葵の肩を杖で突いて揺さぶる。


蠱毒とは壺の中に毒を持つ動物を閉じ込め、戦い合わせて最後に生き残ったモノを媒体に人を呪殺させる呪術だ。

旭はそれを、この家の一階で再現しようとしているのである。


手順は葵の余力があるうちに一階の部屋に外のモノを招き入れ、その後一階の空間を再び封鎖し、依代を巡ってモノ同士で戦い合わせる、というものだ。

つまり一階の空間は壺で、モノは閉じ込められた動物ということになる。


旭は家に入ってフランス人形を見た瞬間、あれを依代にして時間稼ぎするつもりだと察した。

その瞬間にはもう、この蠱毒の再現を思いついていたのである。


「俺は家の外でこの札持って残党狩りしてっから、葵くんの力も温存できんじゃん。飽きたら破り捨てるけど」


そう言って、柳原から奪った札を葵に見せびらかす。

それを持って外に出れば、三分間で一階に入りきらなかったモノは旭へと気を逸らすことができるだろう。

確かにこの方法であれば、葵の余力があるうちにモノの数を減らせるため生存確率は上がるかもしれない。


ーーただ。


「最後に残った……呪物……どうすんの」


もし本当に蠱毒が成立した場合、旭が言っていた遠隔で人を呪殺できる呪物が完成することになる。


旭はハイライトの入っていない、死んだような目で葵を真っ直ぐ見つめた。


「俺がめっちゃ幸せにする」


「却下」


即答だった。


「葵くんのことは呪わないって約束するからー」


「信用……できるわけ、なくない?」


「つまんねー。じゃあ俺、外練り歩いて百鬼夜行でもして来よっかな。因みに終着地この家な」


旭は昔から、呪物関連でしか興味を見出すことができない性格だった。

そこは好きなことしか仕事にしたくない、と豪語したあの父親に似てしまったのかもしれない。

だが旭の場合、更に厄介なことにその興味があることはなにがなんでもーーそれこそ命を賭けてでも全力で遂行する。

それを知っていた葵は、旭との関わり合いは極力避けてきた。


しかし、こうなってしまった以上仕方がない。

旭の身動きを封じてこの部屋に閉じ込め続けたところで、この家の中の全員の生存確率が低くなるだけだ。

だからと言って、今ここで旭を殺すのは論外。


「……わかった……呪物の処理は……後で考える」


「やったー。じゃあ、今から三分間な」


葵は床に散らばった札の一枚に手を伸ばして、それを破った。

その瞬間、一階から振動が伝わってくる。


「すげー、家ごと洪水に呑まれてるみてぇ。隣の部屋の窓から外出るか」


旭はそのまま葵に目もくれず部屋を出た。


階段下から漂う一階の空気感が明らかに先程とは違う。

ホラー映画によくある、画質が荒く色調も加工されているような空間に見えていた。

時折、何かが倒れるような音や家鳴りのような音も聞こえてきている。


「やってるやってるー」


旭は階段上から楽しげに見下ろしていた。

視えてたらもっと楽しかっただろうに。

気が押し寄せる圧迫感やぶつかり合って霧散するような感覚、そして合体して更に強大になっていく感覚が直に伝わってくる。

二階で様子を伺っているだけなのに、鳥肌が止まらなかった。


三分が経った頃、洪水のような押し寄せる感覚は途絶えた。

それを機に左隣の部屋に入る。


ベッドに見慣れない男が眠っていた。

ひよりと同じように、目覚める気配がない。

しかし、この部屋には何の細工もされていなかった。


眠っているのは事前に伝達されていた、葵の友人の凡人警察官だと直ぐに分かった。

華が葵からの依頼で、この男について色々調べていたのだ。

机の上には、手帳とパソコンと高級そうな煎餅が入った菓子箱が置かれている。

旭は煎餅に手を出して、バリバリと食べながら手帳に手を伸ばした。

捲っていると、気になるメモが目に入る。



大橋(おおはし)和樹(かずき)

ひよりが六歳の頃失踪。

失踪届受理済み。

榊家関与の可能性有。

妻、榊明日香。

三年前に行方不明。

捜索願提出履歴無し。

娘、榊ひより。

記憶が曖昧。

陽春が関係している?



「あーらら」


手帳を戻して、眠っている警察官の方を振り返った。

近づいて、首元にゆっくり手を伸ばす。

が、


ーーバシッ!


拒絶するかのような音と共に手は後方へ弾かれた。

よく見ると、警察官の手には古い土鈴が握られている。


「へー……今はいっか」


途端に興味が失せたかのように離れて、窓の方に向かった。


窓を開け放ち、身を乗り出して躊躇することなく二階から飛び降りる。

庭に降り立って直ぐ、旭の身体に惹かれて不穏な気が漂い始めていた。


「そんなに欲しがんなよ。抑えられなくなんじゃん」


杖の持ち手を引き抜くと、日光に照らされて輝く刀身が現れた。


仕込み刀を構え、目を閉じ感覚を研ぎ澄ませて気の形をイメージする。


ーー視えた。


旭は猟奇的な笑みを浮かべながら間合いを詰めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ