夢日記
小学生の頃、夢日記というものを書いていた。
夢に出てきた物、内容、感想なんかを書き記すのだ。
それを始めたきっかけは、なんてことない。
父と母が毎晩怒鳴り合いの喧嘩をするものだから、眠りが浅くていろんな夢を見るようになったからだ。
現実に友達はいなかったけれど、夢の中でならたくさんいた。
マキちゃんにカナちゃんにショウヘイくん。
この三人は毎晩のように夢に出てきた。
マキちゃんは三人の中で一番お姉さんだった。
生まれつき盲目で、いつも目を瞑っている。
なのに、白杖もなしにまるで全てが見えているかのように振る舞っていた。
不思議に思った私は、一度だけ本当に見えていないのか聞いたことがある。
「みんなが見えてるものは見えないけど、みんなが見えないものが私には見えるの」
と、まるで謎々みたいな答えが返ってきた。
カナちゃんは小さくて小動物みたいな子だった。
白くてふわふわした、可愛いうさぎのぬいぐるみをいつも持っていた。
お誕生日プレゼントに両親から貰ったらしい。
両親は夜遅くまで帰ってこないから、この子と二人でお留守番をしているのだと言っていた。
人形を本当の妹のように可愛がっているようだった。
ショウヘイくんはとても頭のいい子だった。
宿題でわからないところがあると、決まってショウヘイくんを頼った。
どうしてそんなに勉強ができるのか聞くと、将来はお医者さんにならなきゃいけないから、と言っていた。
彼の首にはいつも、亡くなったお母さんの形見の懐中時計がぶら下がっていた。
そんな三人と遊ぶ場所は、決まって家の近くの寂れた神社だった。
一番最初に彼らと会った時、夕焼け空が綺麗だった。
赤や青や紫の色が混じった空の下、境内にはいろんな格好をした子どもたちが遊んでいた。
ある子は夏物のワンピース、ある子は泥まみれの半袖短パン、浴衣を着てる子もいた。
彼らはぽつんと立っている私を見つけると、嬉しそうに近寄ってきて直ぐ仲間に入れてくれた。
現実では独りぼっちの私が、夢の中ではこうしてたくさんの友達に囲まれている。
当時の私は、その状況を不思議に感じつつも嬉しく思っていた。
ただ、その嬉しさのあまり夢の内容を母に話したのはまずかった。
最初のうちは架空の友だちをつくって想像で遊んでいるとでも思っていたのか、微笑ましそうに聞いていた。
が、三人の話をすると途端に顔色を変えた。
「二度とその子たちの話はしないで!!」
母は震える声で叫んだ。
夢の中の時間は、次第に夕暮れ時ではなく夜になっていた。
気づけば私の周りにいた大勢の子たちは居なくなって、マキちゃんたち三人だけになった。
「どうしてみんないなくなっちゃったの?」
私が聞くと、三人は真剣な顔をして言った。
「刀を持った鬼がいるからだよ」
「きっと、鬼がみんなのことを食べちゃったんだよ」
「僕たちは逃げられたけど、他のみんなは捕まっちゃった」
刀を振り回す鬼。
見つかってしまえば消されてしまう。
三人は心底怯えていた。
もちろん私も怖かった。
けれど、得体の知れないものに自分が消されてしまうかもしれないという恐怖よりも、この三人すらも失ってしまうかもしれないということの恐怖の方が優っていた。
それからは隠れるように、境内の中にある森で過ごすようになった。
ある時、かくれんぼの途中で一緒に隠れていたマキちゃんが、ふいにこんなことを言った。
「ひよりちゃんは、ずっと私たちのそばにいてくれるよね?」
震える手で私の右手を掴むマキちゃん。
やっとできた私の友達。
だから、私が守ろうと思った。
ーーコロコロン。
肯定をしようと頷きかけたその時、何かが転がるような軽い音が辺りに響いた。
それを聞いたマキちゃんは、「鬼がくる!」と私の腕を掴んだまま走り出した。
あまりに突然走り出すものだから、私は途中で転んでしまった。
その間にも、音は近くなり足音も聞こえるようになる。
「行って!」
マキちゃんの手を振り払ってこう叫んだ。
消えるのは私でいい。
だって、ここで消えてしまえば、もう独りぼっちじゃないのだから。
マキちゃんは戸惑いながらも、
「待ってるから」
そう言って走り去って行った。
姿が見えなくなった頃、軽やかな音と足音は私の真後ろで止まった。
覚悟を決めて、振り返る。
そこには、煤竹色の着流しを着た男が立っていた。
木々の葉の隙間から差し込む月明かりに照らされた、端正な顔立ち。
どこか憂いを帯びていて、思わず胸を締め付けられるような思いがした。
この人が鬼、なのだろうか。
ツノは生えてないし、牙もない。
ただ、腰には打刀が帯刀されていた。
男は無言で屈み、私と目線を合わせる。
そして、私の頬にそっと触れた。
ふわりと白檀の香りがした。
誰かの葬式で嗅いだ香りだ。
「目覚めなさい」
儚げな見た目に反して、心地の良い低くて重い声だった。