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姫の帰還


『――――我らはグノーシス。我らの波長を受ける全ての者に告げる。我らはグノーシス。偉大なる創造主によって生み出された結末の文明』


 果てなく広がる宇宙の闇の中。

 太陽系全土に響き渡る不気味な声。


『哀れにも宇宙の真理から外れ、不完全なまま生み出された旧世代たちよ。我らグノーシスに頭を垂れ、臣従の意を示せ。さすれば我らグノーシスが真の導きを授けん』


 それはグノーシスが十二時間ごとに発信する、太陽系統合軍に対しての降伏勧告のような物だった。


『我らの波長を受ける全ての者に告げる。()()()()()()()()()()()。この波長に応じぬ場合は、我らの歩みはいよいよもって救済ではなく浄化を目的とした物になる。哀れな旧世代に告げる――――――慈悲を受け入れ、頭を垂れよ』


 無慈悲にして冷淡。それでいてすでに太陽系連合が扱う語彙を完全に解析済みと思われるその降伏勧告。しかしそれは明らかに今までの内容とは異なっていた。


 おそらく、これは最後通告。


 その波長が響き渡る宙域の一角。

 数隻の傷ついた戦艦と共に佇む、太陽系統合軍旗艦、インドラ。


 その船体に無数の傷跡を残し、まさしく満身創痍という有様で待機するインドラ。何度か亜空間ドックでの修理は行われたものの、もはやそれすら間に合わずにこうして最後の刻を迎えようとしていた。


「来やがったな……ついに。姫様との通信回線はどうなってる?」


「ラースタチカとの連絡は12時間前の応答が最後です。内容は相変わらずただ一言『ガンバレ』のみです……」


「だろうねぇ……残り丸一日耐えるってのは、さすがに厳しいか……」


 インドラのブリッジで忌々しげに呟くルシャナ。

 ブリッジの透過ガラスから見える広々とした周囲の景色の中には、すでに()()()()()()()が見えている。


 木星帝国は今も独自にグノーシスと交戦を続けているらしいが、すでに木星帝国司令部との通信は数時間前に途絶していた。


 そして火星とは反対方向。深く暗い宇宙空間の先に目をこらせば、グノーシスの超巨大戦艦の船影がその輪郭通りに星の輝きを遮っていることがわかる。


 全長500mほどのグノーシス機には傷を与えられた統合軍だが、その奥に鎮座するあの全長数万メートルにも及ぶ巨大戦艦には一切の対抗策を持ち合わせていない。


 この時点で太陽系統合軍は全戦力の60%を喪失。


 ルシャナは半ばから時間稼ぎのみに徹した消極的な戦法に切り替えたにも関わらず、それでもここまでの損害を出していた。


 対して、グノーシス側の戦力はほとんど無傷。

 撃破を確認したグノーシスの人型機動兵器は14機。


 それはつまり、グノーシスのあの悪魔のようなロボットを一機倒すために、太陽系連合は千を超えるTW(タイタンズ・ウェポン)を破壊されているというこだ。


 一見すると大規模な互角の戦いが行われているかに見えた太陽系の攻防。

 だがその内情は、あまりにも一方的なものだった――――。 


「いいだろう。オクタビオ、回線を私に回してくれ。こうなりゃ、一秒でも時間を稼いでやろうじゃないか」


「はっ!」


 ルシャナはぱしぱしとその皺を刻んだ頬を両手で叩くと、今も響き続けるグノーシスの降伏勧告の波長に自身の声を乗せる。


『こちら、太陽系統合軍旗艦――USS.インドラの艦長、ルシャナ・バラクリシュナン中将だ。そちらの申し出を受けるにあたり、一つ確認させて頂きたいことがある』


『――――――――――――良いだろう。述べよ』


 意を決して口を開いたルシャナの言葉。

 その言葉にグノーシスが返答するまでには、たっぷり数分は要した。


 ルシャナが異星文明との交渉を行ったのはこれが初めてではない。

 しかしルシャナから見ても、先ほどまで流暢に降伏勧告を垂れ流していたグノーシスが返答を遅らせたことには若干の違和感を感じた。


『感謝する。こちらからの質問はただ一つ。此度の()()()()()()()()()()()()()。我々の活動に咎があれば調査もしよう。太陽系内にそちらの望む戦略資源があるならば交渉も可能だ。しかしそちらは現在まで一度も我々の交渉要求を受け入れてはくれなかった。君たちの望みはなんだ?』


『――――あ――――――さまが――――? しか――――』


『ん――――どうしたね?』


 不意に通信の波長が乱れる。

 グノーシスの波長にノイズが混ざり、()()()()()()()()()が僅かに聞こえた。そして――――


『聞こえますか、この地に住む者たちよ――――我らはグノーシス。我らの神によって生み出されし、完成された最後の種』


 そして次の瞬間。


 先ほどまでの力強い無機質な声ではない、冷たさの中にもどこか生の感情を帯びた幼い女性の声が響いた、


『ああ、聞こえている。そちらで何か問題があったようだが?』


『あなた方がこちらの事情を気にする必要はありません――――私の名はキア。我らの神によって生み出された、()()()()()()


 キアと名乗ったその少女の言葉は、明らかに今までのグノーシスの物とは異なっていた。キアは自らの波長が問題なく届いていることを確認したのか、そのまま淡々とした口調で言葉を続けた。


『我らが望むのは、我らの神の旧知の解放です。あなた方がその方を捕らえ、()()()()()()()()()()()()ことはすでにわかっています。そして――――あなた方自身にはその自覚も、それを止める力がないことも』


『そちらが神と崇める存在の旧知が、我々の領土内に今もいるというのか? しかも、我々がその存在を利用していると――――?』


 唐突に突きつけられたキアのその言葉に、ルシャナは自らの額から冷や汗が流れ落ちるのを感じた。


 完全に予想外の返答。


 ルシャナは内心、これならばむしろ『ただ気に入らないから』とか『主義主張が違うから』などと言ってくれた方がまだましだと思っていた。


 ルシャナは外見こそ初老の女性に見えるが、その実年齢は200歳を超えている。

 ラエルノアほどではないにせよ、長い人生の中で様々な物を見聞きしてきた。


 そう――――この通信を聞く太陽系統合軍の中でただ一人、ルシャナだけがキアの言っている()()()()()()()()()に思い当たる節があったのだ。


『――――すまないが少し時間をくれないか? 上層部に確認し、すぐに太陽系全域での調査を約束――――』


『いいえ……その必要はありません。私は言いました。あなた方にはそのお方を利用している自覚も、自由にする力もないと』


 ルシャナの視線の先。数万キロ以上離れた位置にあるグノーシスの超巨大戦艦の姿がぼんやりと目視圏内に入ってくる。


 遠い太陽の光に照らされた鈍色の船体が、最後の審判を統合軍に突きつける。


『選びなさい――――服従か、絶滅か』


『もしくは――――()()()()()()()、だね』

 

 その瞬間だった。

 

 満身創痍の太陽系統合軍に迫るグノーシスの本隊めがけ、直列した時空間断層が生成される。


真空崩壊砲ヴィス・カタストロフィ――――発射』


 完全に通常空間から切り離され、時空の牢獄へと隔離された無数のグノーシス機と超巨大戦艦。彼らの対応が開始されるよりも早く、その破滅の一撃は宇宙の闇を切り裂いて撃ち放たれる。


 湾曲した空間の内部に存在するあらゆる物質が消滅し、亜空間に逃げることも不可能な極大の破滅がグノーシスの艦隊を大きく削り取る。


 そしてその破滅の光が放たれた先。羽ばたく鳥の姿を模した一隻の船――――ラースタチカが、まるでグノーシスの艦隊を見下ろすようにして飛翔していた。


『さすがにそのデカブツは一撃では消し飛ばせなかったか。ま、()()()()()()()()()()かな?』


『交渉中の奇襲ですか――――きっと貴方には神の怒りが下るでしょう』


『クククッ――――いいねぇ!? 怒りでも何でも、私の前にその神とやらが出てきてくれるなら大歓迎さ――――ッ! アーハハハハハハッ!』


 ラエルノアの悪魔的な高笑いがラースタチカから響く。

 

 そしてラースタチカから放たれた先制の一撃を合図として、ラースタチカ周辺の空間に()()()()()()()()()が次々とワープアウトして出現した――――。



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