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願いの軌跡


「じゃあ、行ってきます……お父さん……」


 ラースタチカが停留するドックからほど近い海岸沿い。

 小高い丘の麓に、人知れず作られた小さなオブジェがあった。


 それは透明な立方体を成しており、中には『()()()()()()の思いをここに』と記された一枚の金属製のプレートが埋め込まれていた。


 今、そのオブジェの前には()()()()()が立ち、まるで別れを告げるようにそのオブジェにそっと手を添えている。


『ありがとう、二人とも。ヴェロボーグだけじゃなくて、()()()()()()()()()()こうして残してくれて』


「良いのだ、スヴァローグ殿。ティオも俺も……決して彼を忘れることはない」


「チェルノボグさんがしたことは、今でも酷いことだったと思います。けど……やっぱり僕は、()()()()()()()()()()()()()()()んだと思うんです。お父さんやスヴァローグさん、それにストリボグさんと同じくらい……チェルノボグさんも、立派に僕たちの生みの親だったって……そう思えるんです」


 過ぎ去っていく海風になびく草原の上。

 

 かけられた声に振り返ったティオは、そこに立つ精悍な金髪碧眼の美丈夫――ボタンゼルドと、その隣に立つ光の影――スヴァローグに笑みを浮かべた。


「それに……なんとなくわかるんです。お父さんとチェルノボグさんは、きっと今も二人で、僕たちのことを見守ってくれているって。もしかしたら、見守るっていうか、()()()()()()()()()()かもしれないんですけど……」


「はっはっは! 確かに、あの二人ならばそうかもな!」


『うん……そうだね。ボクもそう思うよ』


 かつての幼い容貌の中に、どこか大人びた思いを乗せてそう語るティオ。

 スヴァローグは彼女のその言葉に頷き、笑みを浮かべた。


『――――あの二人は、()()()()()()()()()よ。滅亡が迫っていたボクたちの世界で、もう見捨てられた星に生まれた最後の生き残り――――』


 スヴァローグは感慨深げに青空を見つめる。


『とても正反対なように見えて、きっとお互いのことを一番理解していたんだと思う。完成された種や脱出ボタン。全てのシミュレーション宇宙を救うことが出来た奇跡も…………()()()()()()()()()()が生み出した流れだったのかもしれないね』


「スヴァローグさん……」


『でもね……ボクはそれでもこう思うんだ! たとえ流れを作ったのがあの二人だったとしても、その流れの中で自分たちの世界を救ったのは他でもない君たちみんなさ! これからはボクたちも、ボクたちの新しい宇宙を守るために一生懸命頑張るよ!』


 そう語るスヴァローグの言葉は、今はもういない二人の仲間への思いと決意に溢れていた。


 ティオがそう感じたように、スヴァローグにとっても、チェルノボグが今も仲間であることに変わりはないようだった。


「うむ! ラエルのお陰で別宇宙との行き来も手軽になりそうだしな! 俺も暫くして落ち着いたら、ノルスイッチの様子を見に行ってみるとしよう! あの男に任せれば、俺の世界もとっくに平和になっているだろうからな!」


「わぁ……! 僕も! 僕もボタンさんの生まれた世界、見てみたいですっ!」


『じゃあ、ボクもまた来るよ! 今度はすっかり冒険者魂に火がついちゃったストリボグと一緒にね!』


 仲良く手を繋ぎ、身を寄せ合って笑みを浮かべるティオとボタンゼルド。

 スヴァローグは最後にもう一度そんな二人に笑みを向けると、ふわりと風に乗って青空の向こうへと飛び立っていく。 


『ああ、そうだ! ティオが持っていた創造主権限は、弱まってはいるけど()()使()()()()! ボクがこの宇宙の中ならこうやって今でも自由が利くみたいにね! だから、もしまた何かあったらこの世界のこと、よろしくね!』


「はいっ! ありがとうございます! スヴァローグさん!」


「また会おう! スヴァローグ殿!」


 どこまでも広がる蒼穹。


 二人は鮮やかな青の中に消えるスヴァローグに手を振って見送る。

 そして二人はどちらともなく手を繋ぎ、改めて広がる美しい光景に目を細めると、そっと互いの唇を重ねた――――。



 ――――――

 ――――

 ――



「さあ――――! 私たちの新しい船出だ。みんな、よろしく頼んだよ」


「はいっ! ラエル艦長!」


「うむ! あの伸び縮みする手足がなくなってしまったのは寂しいが、これからは生身のボタンゼルドとして、皆のために全力を尽くすぞっ!」


「フフフ……! この私としたことが、柄にもなくドキドキしてきましたよ! 木星帝国の新しい植民地も見つけなくてはいけませんからねぇ! アーハッハッハ!」


 改修されたラースタチカのブリッジ。


 自らの指揮席に優雅に腰掛けたラエルノアが、その二つの瞳を新たな旅立ちへの期待に輝かせて号令を発する。


 ラエルノアの周囲にはティオやボタンゼルド、クラリカといったメインクルーが囲むように自らの席に座り、やはりまだ見ぬ出会いや、旧知との再会に胸を躍らせて笑みを浮かべていた。


「まずはストリボグから連絡のあったミナトたちがいる世界に向かう。そうしたら次、またその次の世界だ! 私たちの願いは、まだまだこれからさ――――!」


 ラエルノアの号令を受けたラースタチカがその純白の両翼を広げ、巨大な宇宙船ドックから発進する。


 燦々と輝く日の光を浴びた白い船体が美しく輝き、青い波間をかき分け、徐々に速度を上げて横切っていく。


 やがてその巨大な船首を上げ、はるか頭上の蒼穹へと飛翔するラースタチカ。

 それはまるで飛び立つ鳥の様に、青白い閃光の尾を引いて遠ざかっていく。


 その船はやがて漆黒の宇宙へ。灼熱の太陽へ。

 まだ見ぬ物理法則が支配する、数え切れない異世界にすら至るだろう。


 どこまでも果てしなく続くラースタチカの光の軌跡。

 その軌跡は、尽きることのない生命の欲と願いの輝きのように見えた。


 かつて、四人の創造主が自らの願いと欲を託して生み出した世界。

 やがてそれはその世界を埋め尽くし、全ての宇宙を包む救済の脱出ボタンとなって結実する。



 生命が願うことを止めない限り。

 欲望の先に手を伸ばす限り。


 その道は終わることなく続いていく。



 欲と願いの輝きに満ちた星の海へと飛び立ったラースタチカの軌跡。


 それは遙か彼方。

 世の終わりすら超えた先にまで届き、決して消えることはなかった――――。






 脱出ボタン転生 完 




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