リムジン
「私と一緒に恋人を装う配信をして……世間を騙す人気者になりませんか?」
ほとんど花も散りかけた桜の木の下、俺を呼び出した花峰は堂々とそう言った。
状況の歪さにたじろいでしまう。
まるで道端で困り果てている老人に手を貸すような優しい表情。
それに全く似つかわしくない発言内容と来たもんだ。
俺は呆気に取られながらも何とか会話のキャッチボールを試みる。
「……何のためにだ?」
とにかく理由を聞いてみた。少しでも混乱を抑えたかったからだ。
花峰は間を開けずに質問に答える。
シンプルかつ分かりやすい回答だった。
理解力のない俺でも一言で納得させられてしまう程。
「お金の為です」
突然俺の視界には白い天井のみが映りこむ。
ついさっきまで高峰が目の前にいたはずなのに。
だが、数秒で状況は理解できた。
「……夢か」
重い体を強引に起こし、腕を伸ばして背伸びをする。
当然こうやって夢から現実へと帰ることは何度も体験してることだ。。
重い瞼を擦りながら俺は洗面所へ向かってのそのそと歩いていく。
まだ頭はどこかもやがかかった様な感覚だが、習慣という物は体に沁み込まれているようだ。
洗顔や歯磨き、着替えを行いながら先ほどまで見ていた夢の内容について考える。
俺が見る夢と言うのは大体2パターン。
①おおよそ現実的ではない奇想天外な物語
②かつて現実で体験した過去の想起
今回は②の方だ。
かつて……と言ってもそう昔の事でも無い。
つい数週間前の出来事だ。
「金の為……ねぇ」
改めて直球過ぎる発言を思い返して肩をすくめる。
あの発言を聞くまでは……花峰には聖人君子の様な人間だと言うイメージを勝手に抱いていた。
別にその行動原理が汚いとは思わない。
普段皆は取り繕うこともあるが……大概何かを行う理由はそんなものだ
利益を求めることが悪と言うのなら人類は等しく悪人になってしまう。
だから金を求めて配信をしようと言うのも分かる。
……にしてももう少し綺麗な言い方をしてもいいとは思うんだが。
しかし包み隠さず本音をぶつけて来てくれたからこそ俺も承諾したというフシがあるのも事実。
中途半端に無欲を振舞われる位なら、最初からはっきりしてくれた方が大分清々しさを感じる。
「行ってきます」
ぼそりと呟いて家の扉を閉める。
そのまま駅へと向かおうとしていた俺の目の前にはとんでもないものがあった。
「……何だこれ、リムジン?」
朝日に照らされ爛々と輝く黒色の車体。
まず目を奪うのはその圧倒的サイズだ。
近所に停めてある一般の乗用車と見比べてみても正にスケールが違うと言える。
幼稚園の頃、動物園でキリンの首を間近で見た時を思い出す。
長い。ありきたりかつ陳腐極まりない感想だがそうとしか言えない。
俺は息を飲みながらもゆっくりと視線を向けたまま足を進めようとする。
出来るのならもう少しばかり観察していたいが……電車の時間があるんでな。
ふと疑問に思う。
こんだけの高級車を利用出来る人間が、この近くに居たか?
当然だがこのリムジンを日頃から見慣れてるわけじゃない。
ていうか普通に人生で初めて見た。
偶然通りかかったと言えばそれまでだが……
俺の頭にとある人物がよぎる。
丁度身近にリムジンとかですら所有してそうな奴が居た気がするな。
多数のテーマパークを運営している超有名会社、花峰財閥の一人娘。
彼女が通学する際は、そりゃ車で送迎なんて言うのも充分あり得る話だろう。
フィクションのお嬢様の話でしか見ないような光景だがな。
「……いや、そんなことある訳な」
言いかけた所で、リムジンの扉がタクシーのように突如として開く。
「おはようございます」
車内からは、最近特に聞き覚えのある優しい声が響いてきた。
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