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09 思い出の森


 倒れ込んできたバニラを受け止めたリオンは飛びかかってきたウルフの顎を蹴り上げて、腰にさげた魔力回復薬をもう一本飲み干す。


「鬱陶しい……」


 苛立った様子で、口元を拭ったリオンはバニラの体を支えたままに手のひらを前へと突きだした。


「散れ」


 ドン!!


 響きわたったのは爆音にも似た雷鳴。

 視界を真っ白に染め上げる光と地面を揺さぶる衝撃がリオンを中心とした円形に広がり、周囲にいたウルフを一掃した。


「シャルル。口寄せのにおいはまだするか?」

「いんや、もう口寄せのにおいはしねぇよ。だが、バニラから嫌な毒のにおいがしやがる」


 リオンの腕の中、気を失っているバニラは呼吸が浅い。

 汗まみれの額にはりついた金の髪をそっとどかしてリオンはバニラの顔を覗きこむ。

 紫になった小さな唇がわずかに震えていた。


「いつもは魔力切れなんてへまはそうそうしねぇんだぜ、バニラは。賢い子なんだ、この子は」

「いつから毒のにおいがしている? ウルフに攻撃されたりはしていないだろう?」


 ぐったりとしてはいるが、バニラの体には傷ひとつない。

 攻撃魔術も使えないこの少女が、よくここまで器用に戦うものだと感心するほどだ。


 リオンの質問に「そうだなぁ」と思案顔をしていたシャルルは何か気づいた様子でその小さな手をぽんと打った。


「バニラは魔術を使ってるタイミングがいまいちわかんねぇんだが、たぶん魔術使うごとににおいがきつくなってる感じだったぜ。リンベルの花がなくなってくのと毒のにおいが濃くなってくのは同じ頃合いだった」

「では、自縛か……」

「じばく?」

「呪術のひとつだ。対象が魔力を使用すればするほど毒が体に回る上に魔力消費も激しくなっていく。効果時間もそれなりだ」

「口寄せにその自縛の呪術をかけあわせてたってことか? どんだけバニラを殺したかったんだよ、あの呪術師はよぉ」


 忌々しげに言うシャルルにリオンは小さくうなずくが疑問を抱えていた。


 図書館での様子を思い出すにあの呪術師はおそらくバニラに嫉妬をしていた。

 だが、嫉妬ごときでここまでの殺意を覚えるだろうか。

 ぞわりと嫌な予感がしたが、今ここで考えていても仕方がない。 


「なぁ、バニラは助かるのか?」


 鞄から出てきてリオンを見上げるシャルルの目は、とても不安げだ。

 揺れているその大きな青い目をリオンは力強く見つめ返した。


「絶対に守る。命に代えても」


 *


「父君の特徴を教えてもらわねば、会わせてやることもできんだろう」

「うう、でもですね……」


 夢を見ている。

 バニラがそうわかったのは、今より少し子どもらしい顔をしたリオンがひざまずいている姿と一緒に、まだ幼い自分の姿も見えたからだ。


 今にも泣き出しそうなバニラと困った表情を見せながらもどうにか父の特徴を聞き出そうとしているリオン。

 「バニラが大きくなってもリオンを好きだったら結婚する」という約束をしたばかりのふたりが、バニラには見えていた。


「なぜ言いたくないんだ? 父君にいじめられているのか?」

「そんなことしません! お父さんは勇者なんですから! ……あ」


 言ってしまってから慌てて口を覆ったところで、言ってしまった言葉は戻ってこない。

 あわあわと慌てる自分は端から見ると間抜けでしかない。

 リオンによく「阿呆」と言われることにも納得してしまった。


「なっ、バニラの父君はあのヘリオス・ラッカウス殿なのか!? なにを隠す必要がある。あの方はすばらしいお方だ。自慢こそすれ、隠す必要など欠片もないだろう」


 リオンはヘリオスの話を聞くなり、瞳を輝かせてバニラの手をとる。

 しかし、バニラは浮かない表情のままだ。


「でも、血はつながってないの。私は拾ってもらった子だし、弱くて勇者の娘らしくないから……。お父さんの恥になっちゃう」


 勇者の娘という立場は当時のバニラにとって、誇りであり重圧だった。

 いつも笑っていなくちゃ。明るくしていなくちゃ。元気にしていなくちゃ。

 そうやって振る舞っても、攻撃魔術も使えず、生まれ持った魔力量も人より少ないバニラは、周囲から後ろ指をさされてきた。


 父はそんな噂を気にする様子は一切なく実の娘としてバニラを扱ったが、バニラはずっと気にしてきたことだ。

 リオンもヘリオスの娘がこんな使えない奴だと知ったら、幻滅する。

 そう思っていた。それなのに、リオンはそっとバニラの頭をなでてくれた。


「親の名は重圧だな。よくわかる」


 一瞬うつむいたリオンの表情はあのときと同様、夢の中でもわからない。

 しかし、顔をあげたときのリオンの表情は今でもずっと覚えている。

 優しさに満ちた薄いほほえみ。

 月光に照らされたその美しさは絵画のようだった。


「だが、おまえは勇者の娘になり、そうでありたいと思うのだろう。ならば堂々とあれ。バニラはかわいらしい。バニラのような娘がいるから、父君は勇者として魔王を倒した今もなお輝いておられるんだ」


 リオンは折っていた膝を伸ばしてゆっくりと立ち上がる。

 それから、「行こう」と言ってバニラの手を握って歩き出した。


「どんなに強い者も守るべき者がいるから、更に更に強くなれるんだろう。バニラは父君を強くしている。自信を持て」

「お兄さんもとっても強いですよね。お兄さんにも守るべき人がいるの?」


 とっても強いリオンにはもう守るべき相手がいるのだろうか。

 ドキドキしながら聞いた質問にリオンは「いや」と首を振った。

 その横顔は少し寂しげだった。


「だから、俺は弱いのかもしれんな」

「お兄さんが弱いんですか!?」

「ああ。俺はとても弱い。弱くてうんざりするくらいだ」

「じゃあ、お兄さんも守るべき者を探さなくちゃですね!」


 生意気にもリオンの言葉を鵜呑みにしたバニラが「う〜ん」と悩みだしたのに、リオンはくっくと笑う。


「では、バニラ。おまえにしておこうか」

「え!? 私? いいんです?」

「ああ。おまえは俺と結婚してくれるんだろう?」

「はい! 絶対絶対です!」


 戯れ言のように言うリオンに対し、幼いバニラは食い気味だ。

 必死なその様子を見て、またおかしそうに、嬉しそうに笑ったリオンはうなずく。


「それなら、俺はおまえを守るよ。命に代えてもだ。約束しよう」


 嬉しかったふたつめの約束。

 にっと笑うバニラの幼い笑顔にリオンも笑顔を返してくれた。


 これ、全部忘れちゃったのかな。先輩。


 ぼんやりと漂う意識の中で切なさを感じる。

 ぎゅっと誰かが手を握っている感覚にバニラは「あれ?」と少しだけ意識を浮上させる。


「……こい」


 声がする。

 悲痛なほどに祈るような声。

 この声をほかの誰かと聞き間違えるはずがない。


「戻ってこい……!」


 手のひらから暖かい力が流れ込んでくる。

 それが魔力だと理解するのに時間はかからなかった。

 冷え切った体が少しずつ暖まっていく感覚がする。


 凍ったように動かなかった長いまつげを揺らしてバニラがその大きな緑の瞳を覗かせると、そこには夜空を背景にしたリオンがいた。


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