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06 初陣のはじまり


 バニラに難癖をつけてきた三人組の中でも一番権力のありそうだった彼女は、しおれたように眉をさげたまま、バニラの手を握ってきた。


「図書館でのことは、ごめんなさい。怪我はなかったかしら?」

「ああ、全然」


 勇者の娘にふさわしい器の大きな笑顔はとっさに浮かべたものの、握られた手を思わず振り払ってしまう。

 嫌な態度をとりたかったわけではなく、彼女が表情や態度とは裏腹に、まだなにかどろどろとしたものを抱えていることを感じたからだ。

 申し訳なさそうにしているその瞳の奥には、まだ黒い炎が見える。


「あなたは、ドウェイン先生とも懇意にされているの?」

「懇意というか、担任の先生です」

「そう。この間はカッカしてしまったけれど、私はもうあなたがフラメル家の方々に近づくことに関しては、なんとも思っていないわ。でも、優秀なあの方々に近しい以上、もっとあなたは身の回りに気をつけた方がいいわね」

「そうですね」


 この集合場所は魔物除けの結界で覆われている。

 そのために少し油断してしまっていたことは確かだ。事実として、唐突に現れたこの女生徒に手を握られてしまったのだから。


「では、お互い初の討伐クエストを無事生き延びましょうね」


 笑顔を見せて去っていった女生徒を見送ってから、バニラは握られた手を開いたり閉じたりして無事を確認する。


「大丈夫か? なんもされてねぇだろうな……。痛かったりはしねぇの?」

「うん。なんにも」


 なにか仕込まれていないだろうかと警戒したが、手には小さな傷ひとつない。

 鞄の中から声をかけてくれたシャルルに「心配ありがと」とこたえてから、バニラはリオンの元へと戻る。


 大勢に声をかけられながらも一定の距離をおいて返事をしている様子のリオンの元にバニラが戻ると、彼を囲んでいた人の輪はじわじわと散っていく。

 「失礼な」とバニラが大袈裟に拗ねた様子を見せると、リオンは鼻を鳴らして笑った。


「ちょうど鬱陶しかったところだ。おまえもたまには役に立つ」

「先輩が一番失礼です!」


 握られた感触が残る手を背中に隠したまま、リオンに文句を言っていると、「みなさん」とドウェインの声がする。

 声を拡散させる魔術を使って話すドウェインの声にざわついていた周りも静まった。


「全員そろったみたいだし、今日の技術テストについて話すよ。とは言っても、この間渡した依頼書の通り。クエストポイントをそのままテストの点数として加算します。だから、どれだけ多く討伐できるかってことだね」


 話しながら、ドウェインは着ているローブのポケットから何か取り出す。

 それは銀色の鋭利な爪だった。


「ウルフには前足に銀色の爪が一本だけある。これの回収を忘れずに。どんな討伐クエストでも、討伐した証拠を忘れちゃったらクエストポイントは与えられないから注意してね」

「ってこたぁ、その爪を奪われちまったらそいつの手柄になるってこった」


 鞄の中からしたシャルルの声は、暗に魔物だけでなく人間にも気をつけろと訴えている。

 バニラはその言葉に反省を込めてうなずいた。


「クエストポイントはバディ共有だよ。片方だけが大活躍しちゃったとしても、ふたりに平等にポイントが入るから喧嘩しないように協力しあうこと。仲良くしないと、先生が怒る上に死への一歩を踏み出すことになります」


 「さて」とドウェインはゆるく笑みを浮かべていた表情を真面目なものにする。


「初陣の子たちもいるよね。魔物にとって俺たち人間はただの食べ物。増えすぎたウルフは飢えてるのも多い。弱い魔物とはいえ、命の危機があることは間違いないからね。実際にこの伝統ある合同討伐クエストでは、死者が出ることもあった。教師として、君たちの無事を祈るよ」


 ウルフは弱いとはいえ、その繁殖力の高さから各地で被害を出している魔物の一種だ。

 増えすぎて飢えた魔物が村を襲った例もある。


 殺されても、おかしくはない。


 父である勇者の旅に同行していたバニラは、この緊張感を懐かしく感じた。だが、実際に自分が戦うとなるとまた違った緊張感がある。

 ぴりっとした気持ちでいると、ドウェインが指を鳴らした。


 集合場所を覆っていた結界が静かに消えてなくなる。


「時間は明日の日没まで。またこの集合場所に五体満足戻ってくること。それでは、いってらっしゃい」


 優しいドウェインの声を聞き終わるやいなや、それぞれのバディが散っていく。

 その背中をドウェインが笑顔で見つめていた。



 *



 人が魔物を恐れるように、基本的には魔物も人を恐れている。

 ひとたび出会えば殺し合いがはじまることはお互いわかっているのだ。

 だから、魔物はひどく飢えない限りは森の奥地に身を潜めている。


 今回の討伐対象であるウルフは数が多いため、そう奥まで行かずとも出会える魔物ではあるが、やはり討伐する以上は森の奥へと進むことが定石だ。

 周囲への警戒は怠ることなく、バニラとリオンは森を歩き進んでいた。


「思ったよりも歩けているな。森は歩くにもコツがいるものだが」


 森の道は木の根が露出していたり、突然足場が下がっていたりと自然界ならではの歩きにくさだ。

 慣れていないとひょいひょいと歩けるものではないのだが、バニラはリオンと変わらない速度で歩くことができている。

 その理由は、四年前にもリオンに話したはずだ。


「私は勇者の娘ですよ。長らく旅にもついて行っていたので、足場の悪い道には慣れてます。っていうのを四年前にこの森で出会ったときにも、私はちゃ~んと先輩に説明しましたよ! しかも、先輩あの時も同じこと言ってましたからね!」

「だから、おまえとはこの間が初対面だと言っているだろう。妄言も大概にしておけよ」


 足下に張り出した木の根を長い足をあげて避けたリオンは呆れた調子だ。


 四年前にこの森で一緒に迷ったことを、リオンは本当に覚えていないのだろうか。

 あの夜に出会って、父・ヘリオスと合流できたのは次の日の夜だった。

 丸一日を共にこの森でさまよった思い出をまるごと忘れてしまえるものだろうか。

 疑いのまなざしをじとりと向けるバニラに、リオンは「なんだ」と不満げに眉を寄せる。


「ほんっとに忘れちゃったんですか?」

「存在しない記憶は忘れようがないだろう」

「勇者ヘリオス・ラッカウス様に出会えるなんて光栄です! って目をキラッキラさせてたことも?」

「あの勇者殿に出会えたのなら、それこそ忘れようがないだろう」

「私の唇を奪ったことも!?」

「それは間違いなくありえん」

「おいおいバニラ、いくらなんでも記憶の捏造はやめとけ。そりゃ詐欺の手法だぜ」 

「シャルはあのとき居なかったでしょ!」


 鞄の中のシャルルにまでクールな声をかけられて、バニラは「ううう」と唸ってから、小さくため息をこぼす。

 こちらをちらりと見やったリオンにバニラは伏し目がちに呟いた。


「私との約束も忘れちゃったんですね。ふたつも約束してくれたくせにぃ」

「してもいない約束は果たせんな」

「白状な奴だぜ、むっつり先輩殿は。バニラ、オレ様にしとけ。幸せにしてやるぜっ」

「シャルのこと大好きだけど、私って先輩ひとすじなの」


 鞄からひょこりと顔を出して親指を立てたシャルルが「そりゃ残念」と小さな手を広げて、また鞄の中へと戻っていく。

 平和きわまりないやりとり。

 魔物がうろつく森の中とは思えない穏やかな会話をかわしながらも、ふたりはしっかり周囲に警戒していた。


 だからこそ、気がついた。

 空気を切り裂く音に。


「伏せろ!」


 リオンの声がかかる前にバニラは姿勢を低くしていた。

 直後、頭上を風切り音の正体が飛んでいく。


 よだれを垂らして牙を剥いているその獣は、探していたウルフだ。

 バニラと同時に伏せたリオンが術を打つために手のひらを頭上のウルフに向けたのが見える。


 最強と称されるリオンに任せれば、この程度の魔物はすぐに倒せる。

 わかってはいたが、バニラはあえて『奥の手』を使った。


 胸に手を当て、魔力を体内の魔法陣に流し込む。

 一瞬で行われた魔術の使用。


 その瞬間、世界が止まった。


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