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55 不屈の心


「あれ?」


 目覚めた時、バニラの隣にはリオンはいなかった。

 居なくなってしまったのかと不安に思って体を起こしたところで異変に気が付く。


 ベッドが大きい。

 それにふかふかしている。


 学生寮のシンプルなベッドではなく天蓋付きの豪奢なベッドは高級品だ。

 どうしたのだろうと戸惑いながらも、視線を走らせる。


 まず、ここはリオンの私室ではない。

 ベッド以外は何もない部屋は寝室であることは間違いないのだろうが、窓がないのが不思議だ。

 明かりはあるが仄暗い部屋では、昼か夜かもわからない。

 戸惑いながらもベッドの端に寄って、そこでバニラはリオンを見つけた。


「せ、先輩!?」


 ベッドに寄りかかるようにして床に寝ているリオンは、ぐったりしている。

 見たところ外傷はないが、顔色は悪い。

 驚いてベッドを降りたバニラは、リオンの前に回り込んだ。


「先輩っ。先輩! どうしたんですか。ここどこなんですか?」

「っ……バニラ。起きたか。よかった」


 リオンが睫を震わせて目を開けてくれたことに安堵する。

 苦しげに息を吐いたリオンは額に滲んでいた汗を拭った。


「落ち着け。まずは状況を説明する」


 体調が悪そうにしながらも、リオンはバニラが眠っている間に起きたことを語った。


 ドウェインが訪ねてきたこと。

 『束縛』の呪いのこと。

 そして、ここがフラメル家の屋敷であること。


 驚愕し、困惑するには充分な情報だった。


「部屋は鍵がかかっている上に魔力を最小限にする術式が部屋全体にかけられている。まともに魔術も使えんはずだ。……こんなことに巻き込んで、すまない」

「ドウェイン先生はダンスパーティーの時から私と先輩をここに閉じ込める気でいたんでしょうか?」

「そうだろうな。最高におもしろいタイミングで、ここに連れてきたかったんだろう」


 吐き捨てるように言って、リオンがぐったりと体を揺らす。

 倒れかけるその体を支えて、バニラは泣きそうな声をあげた。


「先輩。先輩、もしかして、もう実験を……?」

「ああ、おまえが眠らされている間にな。呪術の実験だそうだ。『自縛』を改造したいらしくてな。息をするだけで毒が回るものをつくりたいらしい」

「そ、そんな……。毒消しは?」

「もう飲まされた。被検体がすぐに死んでは、困るのは兄様だからな」


 毒が消えるまでに時間がかかるのだろう。

 だが、毒消しを飲んでいる以上、バニラにできることは何もない。

 無力なことが辛くて、バニラはリオンを抱きしめた。


「先輩。ベッドにあがりましょう。こんなところで寝てたら、余計に具合が悪くなっちゃいます」

「っ、ああ」


 頷いたリオンを支えてベッドに運ぶ。

 汗に濡れたリオンの額をそっと撫でてから上掛けをあげ、バニラは改めて部屋を見回した。

 天蓋付きのベッド以外に、この部屋には何もない。

 大きな両開きのドアしか、外に通じる出口はない様子だ。

 ドアに手をかけ、押して引いてと力任せにやってみたが、ドアはびくともしなかった。


 完全に閉じ込められている。

 重厚なドアをバニラが小さな拳でたたいても、軽い音しかしなかった。


「諦めないんだから……」

「バニラ?」


 低く唸ったバニラにリオンが上体を起こす。

 リオンはバニラが絶望して泣いてしまうと思っていたのだ。

 どうやって彼女を慰めようと考えていたリオンは、振り返ったバニラの表情を見て息を飲む。


 緑の瞳が爛々と輝いていて眩しい。

 強さしか感じない凜としたたたずまいのまま、バニラはリオンに告げた。


「時間はかかるかもしれません。でも、私にいい考えがあります」

「まず逃げられんぞ。屋敷の場所は国家機密になっている。さっきも言ったが、この部屋では魔力を最小限にされるんだ。助けもなければ、ここから抜け出す手段もない」

「私は悔しいんですよ!」


 思わずリオンの肩が跳ねるほどの激しい怒りを含んだ声音であった。

 普段のバニラは圧倒的に笑っていることの方が多い。

 そんな彼女が全身を怒りで震わせている姿は、見る者を恐怖させた。


「私がいっちばん悔しいのは、せっかく先輩と恋人になったばっかりのこの大事な期間にこんなハードなイベントを挟まれたことです!」

「そこ……なのか?」

「そこですよ! 私は先輩が大大大好きなんですよ! 先輩が自由であれないことも腹が立ちますし、ボロボロにされててすっごくむかつきます! なんなんですか。私と先輩のイチャラブ生活に水を差さないで欲しいです!」


 言っていることは無茶苦茶ではあるが、いつものバニラだ。

 自分勝手なくらいに、リオンのことが好きな気持ちで一直線。

 そんな彼女がやっとリオンと付き合えたというのに、こんな状況に追いやられて怒らないはずがない。


「ドウェイン先生は私をナメてますね。魔力が最小限になる術式なんて、なんのそのですよ。こちとら、生まれつき馬鹿みたいに少ない魔力で戦ってきたんですから!」


 バニラがぺろりと唇を舐める。

 思い浮かべたドウェインを睨みつけながら、バニラは握った手に力を込めた。


「どうとでもしてやりますよ!」


 *


「フラメル家の屋敷は王国の魔術研究施設として扱われていますの。アレイアード領にあることは確かですけれど、場所は領主であるお父様も知らないはずですわ」

「くそっ。オレ様がもっと早く戻ってりゃぁな。実家になんか寄ってくるんじゃなかったぜ」


 薬草園を出てすぐの中庭で、細い顎に手を当てたクーリアは考え込む。

 

 一週間前。バニラとリオンが失踪した。

 バレンティア学園では、クーリアとエドガー、そしてシャルルだけが深刻な状況を悟っていた。

 学園の他の生徒や教師たちは、二人が話題の中心になりすぎているため身を隠しているのだろうと思っている。

 クーリアとエドガーもそのように考えていたのだが、そこにシャルルが飛び込んできたのだ。


 小さな銀竜は、フラメル家の闇を語り、部屋に帰るとバニラ達が何も言わずに突然いなくなっていたことを告げた。

 『呪われた兄弟の一族』の噂を知っていたクーリアとエドガーは、狼狽えているシャルルの話をすぐに信じ、捜索をはじめたのだ。


 探し始めて、すぐにバニラ達の居場所は判明した。

 エドガーの提案で始めに向かった薬草園で、ドウェインではなく他の教師が水やりをしているところを確認したからだ。

 事情を聞けば、ドウェインは実家の都合で急遽退職したというのだから、バニラとリオンの行方はわかったも同然。

 だが、その位置がわからない。

 フラメル家の屋敷は国家機密として管理され、誰にもその位置がわからないようになっているのだ。


「ドウェイン先生が誘拐したということに間違いはないでしょうね。俺に殺意増幅の呪いをかけたのがドウェイン先生だというのも事実でしょう。あのとき、ドウェイン先生はバニラと薬草園の手伝いに行った俺の額に触ったんですよ。教師ですし、疑いもしなかったのですが、あのときに呪いをかけたんでしょうね」

「あの人好きする笑顔の裏に、恐ろしい内面を抱えていたなんて驚きですわ……。私があのとき術者をたどれていればよかったものを……」


 いつも傍らにいるエドガーに呪術をかけられたあの事件は、凄腕呪術師として名を馳せているクーリアにとっては悔しい事件だった。

 あれからクーリアは、更に呪術。特に解呪について勉強を重ねてきたのだが、ドウェインにたどり着くまでに至らなかったことが、また口惜しい。

 唇を噛むクーリアを見上げていたシャルルは、少しでも目線を合わせるために乗っていた柵からぴょんと飛び降りた。


「ありがとよ、アレイアードのお嬢さんに爽やか兄貴。俺はバニラ達を探す。あんたらも見つけたら教えてくれ」

「待ちなさい。伝手はありますの?」

「竜の里の里長は、最長老だ。長くアレイアード領を見てきた邪竜でもある。じいさんなら、フラメル家の屋敷の場所がわかるかもしれねぇ」

「場所がわかったとして、シャルル様はお一人で向かわれるおつもりなのですか!? 危険すぎます」


 とてとてと歩いていたシャルルが立ち止まる。

 尻尾を振ってくるりと振り返ったシャルルは青い瞳を潤ませていた。


「俺はな、あいつらをいっちばん傍で見てきた。ずっとずっと、あの二人がくっつくことを望んできたんだ。それをこんな形で邪魔されて黙っておけるかよ。死んでもあいつらを救い出す。今度は俺が邪竜と呼ばれようともだ」


 シャルルの体は一瞬光ると、白銀の髪を立てた美しい顔の青年に姿を変える。

 バニラを犯人と勘違いして糾弾したときに割って入ってきた、あのときの青年の姿だということに驚くと共に、彼からあふれ出す大量の魔力にも驚いた。


「あなた……その魔力量は邪竜に匹敵する領ではありませんの……」

「オレ様って、実は邪竜のお孫様だからなぁ。このくらいは余裕なんだよ。場所がわかったら、オレに教えろ。あいつらの結末がこんなだなんて、オレ様がぜってぇに許さねぇ」


 ギラギラ輝くシャルルの目は殺意に満ちている。

 このまま行かせてはいけないという本能的な思いで、クーリアが口を開いたのと制服のポケットが輝いたのは一緒だった。


「なんだ!?」


 驚いているシャルルのポケットでも何かが輝いている。

 エドガーの懐もなにやら輝いており、彼はいち早くその輝きを取り出した。


「これは……。バニラの魔石です、クーリア様!」


 言われて、クーリアは慌ててポケットから魔石を取り出す。

 バニラの行方がわからなくなってすぐに、この魔石からバニラの行方をたどったのだが、途中で魔力回路がぶつりと切れてしまっていてわからなかった。

 魔力回路がバニラにつながっていなければ、この魔石が光るはずがない。

 バニラの無事を祈る思いで身につけていた虹色の魔石の輝きは、彼女の無事を知らせていた。


「バニラ! 生きてるのか!」


 シャルルが泣きそうなほどに安堵した声で叫ぶ。

 クーリアもほっとした思いで輝きを見つめていると、魔石から虹色の光が頭上に放たれた。

 まっすぐ空へと打ち上がった光は、アレイアード領へと線を描く。

 慌てて魔力回路をたどって、クーリアはその光が指し示す場所を割り出した。


「見つけましたわ。アレイアードの端。立ち入り禁止区域の一部である暗闇の森の奥。そこにフラメル家の屋敷があるはずですわ」

「暗闇の森って、馬鹿みてぇに強い魔物の巣窟だったよな!?」


 驚愕するシャルルの言うとおりだ。


 アレイアード領には竜の里があり、そのドラゴンを恐れて他の魔物はあまりいない。

 だが、存在しないわけではなく、ドラゴンたちから隠れるように身を潜めているのだ。

 立ち入り禁止区域となっている狭い土地で、魔物たちは互いに食い合う。

 そうして残るのは強い魔物たちばかりになるのだ。

 そんな危険すぎる立ち入り禁止区域の奥地にバニラ達がいる。

 普段だったら絶対に立ち入らない区域。

 だが、バニラとリオンが居るというのならば、クーリアとエドガーに行かない理由はなかった。


「シャルル様は行かれるのでしょう? お供いたします」

「ええ。私たちも当然同行しますわ。バニラとリオン・フラメル様がお待ちですもの。それに、あなたが暴れ回って邪竜として知られるようになったら、悲しむのはあの子ですわよ。そんなことにはさせません」


 勇ましく歩き出す二人に、シャルルはふっと頬を緩める。

 二人の後に続いて歩き出したシャルルもまた力強い足取りだった。


「行こうぜ。あいつらのハッピーエンドを見てやるんだ」



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