53 すべての真相
賢者と聖女が死闘の後に抱きしめ合い、そのまま気絶した。
その衝撃的な事件の概要はバレンティア中を駆け巡った。
誰も彼もが、その激闘の様子を語り、二人の愛についての妄想を繰り広げる。
肥大する二人の妄想恋愛ストーリーに酔いしれる学生たちで溢れるバレンティアでは、リオンとバニラは外も自由に出歩けない状況にあった。
「せ、先輩。私たち、愛の巣へ帰れるでしょうか?」
「どうだろうな……」
「愛の巣」という表現は、あの決戦の前であれば直ちにリオンによって訂正されたものだろう。
リオンはただ窓の下に広がる光景に圧倒されて、訂正し忘れただけなのかもしれないが、それでもキュンとしてしまった。
バニラは三つの試練を乗り越え、リオンと晴れて恋人になった。
賢明な女子が裸足で逃げ出す試練に真っ向から取り組み、最強魔術師であるリオンをくだして恋人の座を勝ち取ったバニラは、その事実に大満足であったが、あれから二人はしばしの入院生活を送っていたのだ。
魔力切れにより、学内にある医療施設のベッドで眠ること数日。
リオンと顔を合わせることはあったが、周囲にはあの決戦の噂を聞いた医療スタッフも多くおり、表だってイチャイチャすることは叶わなかった。
だが、愛の巣に帰ればハグくらいしてもらえるかもしれない。
早く帰りたい気持ちは山々なのだが、窓の外に見えるのは人だかりだ。
噂好きな医療スタッフが、バニラたちの退院日の情報は漏洩してしまっていたのだろう。
今、話題の中心にいるふたりを一目見ようと玄関前には人だかりができている。
その集団をカーテンの隙間から覗いたリオンはため息を吐いた。
「これではまっすぐは帰れんな。スタッフに人払いを頼むか……」
「やってくれますかね? なんだか今日も忙しそうですけど」
バレンティアの医療施設は、簡素なものだ。
スタッフも最小限しかいない。
今日は朝に退院許可を出して以来、スタッフが誰一人この病室に顔を出していないほどだ。
「夜まで粘って、人が減るのを待つか……?」
「早く帰ってゆっくりしたいですよねぇ」
鬱陶しそうに頬を掻いたリオンに、バニラはしょんぼりとうつむく。
恋人になったばかりなのだ。
早く帰ってふたりっきりになりたい気持ちでいっぱいだ。
そんなふたりの気持ちを察したのか、鞄の中に隠れていたシャルルがひょこりと顔を出した。
「よお。新婚さん。お困りだなぁ」
「シャルっ。ま、まだ結婚してないよ。ねえ、先輩?」
新婚という響きに照れまくったバニラは両手をぶんぶん振ってリオンを見上げる。
腕を組んで壁にしなだれかかっていたリオンは「うん?」とからかうように口角をあげた。
「そうだな、『まだ』な」
「うっ、うううう」
恋人になってからというもの、リオンの色気が増している気がして仕方がない。
しかも、想像以上に彼はバニラを甘やかしてくる。
こんなにこの人は自分のことが好きだったのかと衝撃を受けると共に、よくこんな感情を隠してきたなと驚くほどだ。
バニラが真っ赤になってうつむいていると、シャルルが居心地悪そうに身をよじった。
「うああ、付き合え付き合えとは思ってたけど、いざラブラブなおまえら見てると、むずむずするぜ。末永く幸せであれよ、この野郎」
このむずむずとしている相手を見るのは、シャルルが初めてではない。
見舞いに来てくれたクーリアとエドガーも同じような反応を見せていた。
「リオン・フラメル様はこんなにバニラのことが好きだったんですのね……。想像以上ですわ」とリオンのバニラ好き好きオーラに、クーリアは頭を抱えていた程だ。
リオンは「そんなにオーラは出していない」と言っていたが、バニラを見る目がいちいち甘いのだから、周囲がむずむずするのは当然だろう。
「シャ、シャルは何か解決策があるの?」
このタイミングでむずむずしながらも顔を出したのだ。
きっと何か考えがあるのだろう。
バニラが話を戻すと、シャルルは「おう」と頷いた。
「正面玄関は人だかりだが、この建物にだって他に出口はあるはずだろ? 人の少なそうな出口をオレ様が探してきてやるよ」
「そっか。私たちがうろうろするよりいいよね。でも、見つかっちゃダメよ」
「おうよ。任せとけ」
バレンティアは古い学園である。
増築を繰り返した結果、訳のわからない造りになっている建物も多い。
この医療施設にも隠された出入り口がある可能性は高いだろう。
「行ってくるぜ」と小さな手をひらひら振ってシャルルが病室をこそこそと出て行くと、狭い病室にはふたりきりだ。
今までだって、リオンとふたりきりになったことは数え切れないというのに、恋人になったというだけで目を合わせるのも照れくさかった。
「おい。ちょっと、こっちに座れるか?」
うつむいてしまっていたバニラは、リオンに声をかけられてそちらを見やる。
さっきまで窓際に立っていたリオンは、整えられたベッドに腰掛けた自身の隣をぽんぽんとたたいていた。
「ベ、ベッド、ですか」
「勘違いするな。白昼堂々、病院で何かするわけないだろう。獣じゃないのだぞ」
「は、はいっ」
バニラはこんなにも余裕がないというのに、リオンは余裕たっぷりだ。
その姿にまた「かっこいいなあ」と胸をキュンキュンさせながら、バニラはリオンの隣に腰掛けた。
「おまえには話しておかなければならならいことがある。いろいろあるんだが……。そうだな。まずは三つの試練なんて馬鹿げた無茶ぶりをおまえにしてしまった理由からだ」
「先輩の理想の女の子を探すための試練だったんじゃないんですか? 聡明で最強の理想の女の子」
バニラはリオンが三つの試練を出しているのは、てっきりそのためだと思っていた。
モテモテのリオンが女の子をふるいにかけているのだと。
きょとんとしたバニラに、リオンは呆れたような顔をむけてきた。
その表情は付き合う前と変わらないのに、どこか以前より優しげに見えるから不思議だ。
「そんな傲慢なことするか。そもそも、俺はおまえのために三つの試練を考えたのだからな」
「私の?」
きょとんとしたバニラに、リオンは頷いて衝撃の言葉を発した。
「俺は殺される運命にあった。だから、おまえと交際するわけにはいかなかったんだ」
「こ、ろされる?」
「すぐに死ぬ恋人と付き合って、おまえにメリットはない。だから、振り切るつもりでいた。三つの試練を通して、おまえが冒険者として強くなってくれればいいとも思っていた。そうすれば、俺が守らなくても、おまえは一人で生きていけるだろうとな。 ……だが、おまえは古代魔術が使えただろう? 俺の大事な女は、命の危機にさらされることが人一倍多いんだって知って、シャルルに死後のことを頼んだりもしたんだ」
「シャルルは、先輩の気持ちを知ってたんですか!?」
「ああ。あいつは、俺にバニラの気持ちに応えてやれといつも怒っていたな」
ふっと自嘲するリオンにバニラは目を白黒させる。
殺されるだとか、死ぬだとか。
突然言われて、真っ白になりかける頭を回転させて、バニラはリオンを見つめた。
「あの、どうして、先輩は殺されるんですか? そもそも誰に……」
声が震える。
リオンが抱えていた闇が覗いた気がして怖かった。
彼は、バニラを見つめたままに眉を寄せて、決意したような口調で言った。
「俺を殺すのは、ドウェイン・フラメル。兄様だ」
驚愕するバニラを前に、リオンはゆっくりと語りだした。
「フラメル家は狂った魔術師の家系だ。賢者がフラメル家の者だということが、アレイアード領に伝わっていないのも納得だ。先祖にとっては、邪竜封印もただの実験のひとつ。だから、賢者という名はどうでもよかったんだろう。そんな頭のおかしい、研究にしか興味のない魔術師に必要なのは被検体だ。人間のな」
「……人体実験をしてるということですか?」
「魔術は人間が使うもの。だから人間の被検体がいる。それがフラメル家の考えだ。余所から被検体を手に入れるためには、人体売買やら人さらいやらをする必要がある。研究に没頭したいフラメル家は、その手間を惜しんだ。だから、絶対に兄弟を産むことにした」
「まさか……」
明かされる事実の数々に困惑するバニラが、嫌な予感に掠れた声をあげる。
リオンはその予感を肯定するため、深く頷いた。
「遺伝子を操作して、下の兄弟の魔力量を少なく生むのは、抵抗されては困るからだ。下の兄弟は表に出ることは許されず、二十歳を超えて体が実験に耐えられるようになれば、上の兄弟のための被検体として生きることになる」
リオンが目を閉じて深く息を吸う。
そして、吐き捨てるように呟いた。
「俺は、兄様の被検体だ」
バニラは呆けてしまう。
頭では理解できる。
リオンが獲得した『犠牲者の足掻き』を書いたメリーベア・フラメルは手記に「双子の妹」と記していた。
彼女も被検体だったならば、犠牲者である彼女が足掻きとして『犠牲者の足掻き』を考案したことは充分に考えられる。
リオンが嘘を言うわけもなく、ドウェインがリオンを被検体にしようとしていることは確かなのだろう。
だが、それでもあの優しくて、つかみ所がなく、毎朝薬草園に行く度にへらりとした笑顔で迎え入れてくれていたドウェインが、リオンを実験台にしていたということが信じられなかった。
「でも、先輩は表に出てますよ。こうやって、今バレンティアに在籍してます」
下の兄弟が表に出ることが許されないというのなら、リオンはどうしてここにいるのか。
冒険者なんて、表に出すぎるくらい出る職である。
そんな冒険者を目指す学院に、リオンがいることはおかしな話だ。
戸惑うバニラに、リオンは何でもないように言った。
「実験準備のためだ」
「バレンティアにいることが、ですか……?」
「フラメル家の下の兄弟は、普通はほぼ魔力を持たずに産まれてくる。俺もそうだった。だが、俺が他の犠牲者たちと違ったのは、魔術を使うごとに魔力が少しずつ上昇する特異体質だったということだ」
やはり、リオンの魔力量が上昇しているのは気のせいではなかった。
バニラが最近気が付いたのは、いつも傍にいたこともあるが、きっと邪竜と戦ったからだ。
彼はあの時大量の封印術式を展開していた。
あれだけの魔術を使えば、相当魔力量は上昇していたことだろう。
「フラメル家の実験には大人の体にならなければ耐えられず、すぐ死ぬ。入手が面倒な被検体を無駄にしないためにも、下の兄弟は表に出されず、飼い殺しだ。だが、俺はこの特異体質だろう? 兄様はより面白い実験をするために、俺をバレンティアに入学させることにした。魔物と戦う中で魔術を使い、更に魔力が向上するには、ここが一番の近道だからな。アレイアード家に使いに出されていたのも、俺という存在が突然世間に出てしまって目立たないようにするため。わざわざ教師になったのも、俺が逃げないよう監視することが目的だ」
つらつらと明かされる事実をバニラはどうにか飲み込む。
魔術の人体実験は禁じられている。
未完成の呪術をかけられれば気が狂う可能性もあるし、不安定な魔術を使用させれば暴発して死んでしまう可能性だってある。
それを魔術伯であるフラメル家が行っていることが衝撃的だった。
「王家は、それを知っているんですか?」
「知っている。戦争のためにも強い魔術は必要だ。フラメル家が魔術伯になったのは、この人体実験を国家ぐるみで隠すためでもある。だから、おまえは国家機密を知ってしまったことになるな」
ふっと見せたリオンの笑みが切ない。
バニラは、膝に乗せていた自身の手をぎゅっと握りしめた。
「私に三つの試練を課したのは、殺されるつもりだったからってことですよね」
「それもあるが、おまえを守る意味合いもあった。兄様は手段を選ばない。俺が逃げることを考えないよう、俺がおまえのことを愛していると知れば、おまえを人質に取る可能性もあったからだ。実際、兄様は俺の好意に気づいていたんだろうな。だから、ロイアの事件やエドガーがおまえに刃物を向けた時にも、殺意を増幅させる呪術を使って、俺を脅したんだ。『逃げれば、この大事な娘を殺す』と」
「先輩は、ずっとずっと、私のこと考えてくれてたんですね。それなのに、私は何にも知らなかったです。最強でかっこよくて、すんごい先輩が、死んじゃうかもしれないなんて、考えたこともなかった」
バニラはリオンをずっと見てきたつもりでいた。
だが、リオンが抱えていたこんなに大きな秘密も知らなかったのだ。
無知だった自分が悔しい。
殺されるために生きてきた人生の苦しみを思うと、胸が痛くて仕方がなかった。
「先輩は卒業後に、ドウェイン先生の被検体になるということですか?」
「そうだ。だから、駆け落ちしようと言った」
決戦の後。
リオンは意識を失いかけながら、確かにバニラに駆け落ちを持ちかけていた。
言葉の意味を聞こう聞こうと思っていたが、タイミングを逃していたのだ。
何か甘やかな理由があるのかとでも思っていたが、リオンの話を聞いてからではその響きは変わってくる。
リオンはドウェインから逃げるため、バニラに駆け落ちを提案しているのだ。
リオンの表情は堅い。
緊張しているのが伝わってきて、それがかわいらしく感じられる。
バニラは、柔く笑んで、リオンの頬に手をあてがった。
どうしても触れたくなったのだ。
「いや、か?」
「嫌なわけないじゃないですか。私の愛をナメないでください。先輩が行くのならば、地獄でも一緒に向かいます。駆け落ちなんて、ロマンチックで夢みたいです」
リオンの頬をそっと撫でて、バニラは彼の顔を覗き込むように小首を傾げた。
「行きましょう、どこまでも。先輩が幸せになれる場所へ」
「……、ああ。行こう。ありがとう」
リオンがバニラの肩に手を伸してくる。
抱きしめてもらえると、バニラがそっとリオンに身を預けようとしたところで「あー、ごほんごほん」という小さな声が聞こえて、慌てて身を離した。
「隠し通路、見つけてきたぜ。お二人さん」
そこには、シャルルがウインクをして羽ばたいていた。




