52 三つの試練の結末
「試合、開始!」
審判のフラッグが勢いよく下ろされると共に、バニラは『虹の絆』を発動させる。
「お父さん」
まず借りるのはヘリオスの魔力だ。
遠い地にいるヘリオスは、約束通りきちんと魔力を送ってくれた。
バニラはその魔力で自分を覆う結界を更に覆う防御壁を練り上げる。
その間にもリオンの攻撃ははじまっていた。
矢のような魔力の光線が何本も目にもとまらぬ速さで迫ってくる。
そのすべてがヘリオスの魔力防壁で弾き落とされていった。
リオンの攻撃はやまない。
彼が手を横に凪ぐだけで、場には魔力によって形作られた無数の槍が現れて、まっすぐに飛んでくる。
「シャル……!」
高速で飛んでくる槍を前に、バニラも魔力を練る。
全方位に打ち出した屈折する魔力光線で槍を射止めてたたき落とし、そのままリオンの結界を目指す。
歯を食いしばってのその攻撃は、リオンが指を鳴らすと共に発射された魔力にかき消されてしまった。
リオンの魔力量はぐんぐんとあがる一方だ。
『犠牲者の足掻き』を何度自分にかけているのだろうか。
三回使えば意識が飛びそうになると言っていたそれを、リオンは何度も何度も自分にかけている。
血走った目をしてこちらを見るリオンの赤い瞳が爛々と輝いていて、バニラはぞくりとしてしまった。
「こんなことで俺に勝てるのか!? 学園最強魔術師をナメるなよ!」
叫んだリオンがさっきクーリアが作り出していた魔弾を空中に無数に作り出す。
大群のようになった魔弾に、バニラは唇を噛んで、クーリアの魔力を呼び出した。
リオンの体を吹き飛ばす勢いの暴風を発生させながら、魔弾がこちらに飛んでくる。
バニラはクーリアの魔力を借りた防壁でどうにか攻撃を防いだ。
「さっすが、先輩です……。強すぎますよ」
額から吹き出した汗が、顎を伝っていく。
戦って確信した。
彼の魔力は絶対にこの一年で底上げされている。
『犠牲者の足掻き』により、二倍、四倍と魔力量があがっているのもあるが、あの魔力の弾丸の量はおかしい。
横殴りの雨のように降り注いだ弾丸をなんとか防いだバニラは肩で息をしながら、リオンを睨んだ。
「おまえにそんな目で見られるのは初めてだな」
リオンは唸るような声を出して、目を眇めながら唇を舐める。
汗だくなその姿は扇情的に映った。
こんな瞬間にも新しい魅力を魅せてくれるリオンが、狂いそうな程に好きだ。
絶対に、絶対にリオンに勝つ。
リオンに勝って結婚するのだ。
いつも隣には呆れたような顔をして、「俺を頼れ」と言ってくるリオンにいて欲しい。
冒険者として、ふたりでいろいろな場所を旅したい。
綺麗なものを見て、おいしいものを食べて、同じ布団でぐっすり眠って。
リオンに毎日「大好き」と伝えて生きていきたい。
「負けません。私は、先輩を倒します」
持てる魔力すべてをこの体に宿す。
膨大な量の魔力を練り上げる風が吹き上がり、バニラの金の髪が舞い上がった。
バニラは魔力を込めて両手を突き出す。
バニラの両手から魔力光線が放たれると共に、踏ん張った両足が反動で地面を割る轟音が円形闘技場に響いた。
「俺も負けるわけにはいかない!!」
叫んだリオンの髪が逆立ち、彼が突きした両手から爆音と共に魔力光線が発射される。
大量の魔力放出による白い光に闘技場全体が包まれる。
バニラとリオンが発射した魔力同士がぶつかると、バニラはぐっと歯を食いしばった。
割れた地面にめりこんだ両足が更に沈み込んでいく。
じりじりと押されていく感覚に、バニラは叫んだ。
「先輩!! 大好きです!! 絶対に結婚してもらいますからああああ!!」
全身の魔力回路が開いているのがわかる。
魔力切れ寸前の溺れそうな苦しみで喉がひくつく。
こんな苦しみを経験したことは初めてではあったが、バニラはそれでも魔力の放出をやめなかった。
バニラの魔力が徐々にリオンの魔力を退けていく。
リオンは歯を食いしばって耐えたが、地面を抉っていた彼の踏みしめた両足は、地割れを広げながら後退していった。
リオンの魔力がはじけ飛んだのは、その次の瞬間だった。
バニラの魔力による圧に負けて、彼の魔力はバラバラに飛び散ってしまう。
見開いた赤い瞳には、迫り来る魔力のまばゆい光しか映らない。
ふっと目を細めたリオンは諦めたように目を閉じた。
「やった……」
爆発音と共に、バニラの魔力はリオンの立っている結界へと到達した。
規格外の戦いに、結界は砕け散り、攻撃を受けたリオンが仰向けに倒れ伏している。
あまりにも人間離れした戦いを前に、観客は静まっていた。
呆然としていた審判は、ハッとした様子でバニラ側の旗を振り上げた。
「勝者! バニラ・ラッカウス!」
わっと歓声が爆発する。
轟く興奮の声を聞きながら、バニラはよろよろとリオンに歩み寄った。
地面に倒れたリオンはボロボロだ。
大の字になって空を見上げているリオンは苦しげに咳をしていたが、歩み寄ってきたバニラを見やる。
「先輩……」
砂埃と汗にまみれたバニラが、そっとリオンに伸ばした手は、彼に取られて一気に引き寄せられる。
観衆の前だというにも関わらず、バニラはリオンの腕に閉じ込められた。
力強く抱きしめてくるリオンが体を丸めて、より一層バニラと近づこうとしているのがわかる。
苦しいほどに抱きしめられたバニラが戸惑っていると、リオンがバニラの耳に唇を近づけた。
「好きだ」
「へ?」
熱を帯びた声に、バニラは目を見開く。
そっと体を離したリオンがバニラの顔を覗き込んでくる。
近すぎるその顔に浮かぶ表情は凜々しく、なにかの覚悟が滲んでいた。
「おまえのことがずっと好きだった。言えなかったのも、三つの試練を与えたのも訳がある。でも、おまえを試すような真似をしたのは確かだ。こんな俺でもおまえが好きだと言ってくれるなら、俺と付き合って欲しい」
頭がじんとする。
視界が滲んで、初めて自分が泣いていると知った。
頬をぽろぽろと伝う涙を拭いもせず、バニラはこの世で最も幸せな女の子の笑顔で答えた。
「はい。喜んで」
凜々しかったリオンの表情が喜びに染まる。
ああ、彼は私のことが好きだったんだと、一目でわかるその表情に胸が詰まった。
再び抱きしめられた苦しさの中、バニラはリオンを抱きしめ返す。
一生こうしていたいと願っていたとき、バニラの肩口に顔を寄せていたリオンが言った。
「俺と駆け落ちしてくれ」
「それはどういう……?」
ぼそりと言われた声にバニラが首を傾げるのと、リオンが魔力切れで意識を失うのは一緒だった。
救護班が駆けつける中、バニラもぼんやりとしてきた意識を手放した。




