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51 決戦の火蓋


 決戦の日。

 魔力測定会当日はすぐに訪れた。


 魔力測定会はバレンティアにある円形闘技場で行われる。

 クエストを受注できるようになる四年生から八年生のランダムで組まれるトーナメント戦だ。


 試合中には薬草や薬の持ち込みは不可。

 試合の合間に魔力回復をすることは可能であるため、順調に勝ち進んでいるバニラはいつものように薬草を丸かじりしながら、他の生徒の試合を観戦していた。


 今朝は、リオンに会っていない。

 今日だけはいつもの部屋ではなく、闘技場で顔を合わせたくて、バニラはリオンより先に家を出たのだ。


 鞄の中からこっそりと試合を見ているシャルルも周囲に人がいる状況では声を出さない。

 熱狂的に応援している生徒がいる中、バニラは凪いだ気持ちで試合を見つめていた。


「おや、バニラ君。決勝進出おめでとう。ひとりかい?」

「ドウェイン先生」


 たまたま通りすがった様子のドウェインが声をかけてきて、バニラは顔をあげる。

 目が合うと、彼は眉を下げた。


「びっくりするくらい思い詰めた顔をしてるね。緊張してるのかい? 今のところ話題の聖女様は難なく勝ち進んでてみんなびっくりしてるよ」


 魔力測定会のルールとして、指定位置から動くことは許されない。

 指定位置には結界が張られており、生徒が怪我をしないように配慮がされている。

 その結界内から魔力を相手に発射。

 先に魔力が相手の結界にたどり着いた方が勝利という極めて簡単なルールだ。


 このルールでは、バニラの『氷結する世界』を使用して、時の止まった世界で相手に近付いて攻撃をするという戦闘スタイルは意味を成さない。

 魔力量の少ないバニラが素直に戦って勝てるわけもなく、バニラは最初から『虹の絆』を使わなければ、勝ち進むことすら不可能だった。


「バニラ君は魔力量は少ない方だったろう? どうやって、勝ち進んでいるんだろうって興味津々だ。もちろん俺もね」


 座って観戦しているバニラの隣に遠慮なく腰掛けたドウェインが探るようにこちらを見てくる。


 『虹の絆』の協力者に、バニラはドウェインを選ばなかった。

 深い理由は未だにわからないが、リオンは彼を嫌っている。

 そんな彼の力を借りて、リオンに勝利するというのは憚られたのだ。

 だから、バニラは今までの予選はすべて邪竜の孫であるシャルルの魔力を借りながらの戦いであることは話せなかった。


「秘策は、秘密にしてるから秘策なんですよ、先生。私は絶対に先輩に勝たなきゃいけないので、誰にも秘策がバレるわけにはいかないんです。先生が、先輩と仲良くなれたら教えてあげます」


 口角をあげて得意げに言うと、ドウェインは「残念だな」と肩を竦める。

 場の空気が一層盛り上がったことに気がついて、バニラは試合が行われる階下へと目を向ける。

 円形闘技場の中心。

 競り上がっている客席に囲われているその場所に現れたのは、リオンだった。

 彼に対するのは、クーリアだ。

 先日のダンスパーティーでパートナーだった二人の戦いに場は大いに盛り上がっている。


「お、リオンとクーリア嬢か。魔力量なら圧倒的にクーリア嬢が上だね」

「先輩が勝ちますよ」


 ドウェインの言葉に、バニラはいつになく冷静な声で答えた。

 常であれば、「先輩だ!」とはしゃいでいてもおかしくはない。

 今だって上から見るリオンもかっこいいなという気持ちがないわけでもない。

 だが、リオンとの戦いを前にバニラの心は、凪いだような静けさを保っていた。


「試合、開始!」


 審判がフラッグを振り下ろすと、試合が開始される。


 クーリアはギリギリ人の心が聞こえない程度の魔力量を調整して『青い結晶』から吸収してきたようだ。

 常人が驚くほどの魔力量を有しているクーリアは、魔力で弾丸を作り出して発射した。

 空気を震わす速度の弾丸は爆風を起こす。

 クーリアの銀の髪を後ろに跳ね上げながら発射された弾丸は、リオンを貫くかと思われたが、空中で消えた。

 リオンの放った魔力の光線によって。


 彼が放った形を自在に変える魔力の光線は旋回している。

 ギュルルルと轟音を立ててリオンの手から放たれたその光線は、クーリアの魔弾をいともあっさり飲み込んでしまったのだ。

 クーリアが応戦しようと、魔力で壁を作って再び弾丸をつくっている最中、リオンは魔力の光線をいくつもの枝に分かれさせる。

 大樹の根のように広がった魔力の光線は、見る見る内に伸びていき、クーリアの結界にたどり着いた。


「勝者、リオン・フラメル!」


 リオン側のフラッグがあがると、闘技場はわっと歓声に包まれる。

 びりびりと震えるようなその歓声を聞きながら、バニラは立ち上がった。


「ほう。リオン、思っていたよりもやるじゃないか。あれに勝てる算段はあるのかい?」


 ドウェインが微笑みを浮かべて聞いてくる。

 会場内には司会の興奮した声が響き渡っていた。


「準決勝、勝者はリオン・フラメル! 決勝戦は、聖女バニラ・ラッカウスと賢者リオン・フラメルの戦いとなりました。これは熱い!!」


 盛り上がる会場の声が耳を貫く。

 バニラは見つめてくるドウェインに笑顔で返した。


「もちろん。私は絶対に、絶対に勝ちます」


 *


「シャル。魔力まだあるよね」

「おうよ。まだ半分も使ってねぇよ」

「決勝戦では、私の魔力は温存して協力者の魔力から優先して使わせてもらう。私の魔力が切れたらおしまいだからね。みんなが頼りだよ。もちろん、シャルも」


 リオンが待っている試合の場へと続く暗い通路を歩きながら、バニラは鞄の中のシャルルを撫でる。

 試合中は私物の持ち込みは禁止だ。

 通路途中にある籠に、鞄を入れる際に、バニラはシャルルの頭を撫でた。


「いってきます」

「ああ。いってこい、バニラ。絶対に勝てよ」


 この日のために生きてきた。

 リオンに想いを受け入れてもらうために、この日まで生きてきたのだ。


 歩いて行くと、先ほどの試合で負けたばかりのクーリアとその傍らに立つエドガーと出会う。

 エドガーは微笑みながら、クーリアは不機嫌そうにツンと顎をあげて虹色の魔石を見せた。


「バニラ。俺はおまえが幸せになることだけを願ってるよ」

「準決勝でくだしてやろうと思っていましたのに、想像以上にリオン・フラメル様は強いですわ。お二人のために、バニラが勝てることを祈っていますわ」

「うん。ありがとう。絶対に勝つよ」


 深く頷いたバニラは、暗い通路を抜けてリオンの待つ闘技場へと踏み出す。


 空を割る歓声の中、バニラはまっすぐに指定位置へと進む。

 準決勝を終えた位置のまま、渡された薬を飲んで魔力を回復していたリオンは、バニラを見ると挑戦的に口角をあげた。


「本当に、俺を倒しに来たんだな」

「はい。先輩と結婚することが私の夢なので。今日はその夢を叶えに来たんです」


 三つの試練、最後のひとつ。

 リオンと全力で戦って、勝つこと。


 今がその試練を乗り越える瞬間だ。


「俺にも意地がある。簡単に負けてやるわけにはいかんぞ」

「もちろんです。あっさり終わっちゃったら試練じゃないですもんね」


 目を眇めてからかうように言うバニラに、リオンも笑みを深める。

 学生同士の睨み合いとは思えない張り詰めた空気の中、試合開始のフラッグがあがった。


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