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05 犬猿の兄弟


「お~い、バニラ! がんばって起きてろよ。ほれ、草食っとけ、草を」


 心配している様子のその声に、ハッとバニラは意識を取り戻す。

 一瞬立ったまま眠っていたのは、バニラが『秘密の奥の手』を使いすぎた影響からだった。


 全身の倦怠感を振り払うように頭を振ってから、バニラはいつも腰に下げている鞄に手を突っ込む。

 大きめの鞄の中から、いつも小さな体を更に小さくしたシャルルが大量のポパイ草とリンベルの花に囲まれて、こちらを見上げている。

 まん丸な瞳をしゅんとしょげさせて、シャルルは「おいおい」と心配の色を濃くした。


「大丈夫かぁ? 世界一かわいいお顔が台無しだぜ」

「うん。さすがにがんばりすぎちゃったなぁ」


 シャルルの額をなでながら、バニラは取り出した草をもしゃもしゃと頬張る。


 冒険者育成学園バレンティアは、その周囲を森に囲まれている。

 かつて、リオンと出会った場所でもあるこの森をバニラが歩いているのは、今日が討伐クエストの日だからだ。


「おまえ……ちゃんと緊張しているか? 魔物は甘くないぞ。初めての討伐クエストでくらい緊張した様子を見せろ」


 前を歩くリオンがこちらを振り返る。

 もうバニラが草をむしゃむしゃと頬張る姿にも慣れた様子で、そのことについてはノーリアクションの彼がこちらを気遣ってくれていることが嬉しくて仕方がなかった。


「緊張してますけど、先輩と一緒にこの思い出の森を歩けることの喜びの方が大きいので大丈夫です! あの日の先輩ってば、迷子だったんですよね」

「おまえとこの森を歩くのは初めてのはずだが?」


 やっぱり覚えてないんだ。

 私が大きくなっても好きだったら、結婚してくれるって言ったくせに。


 むすっと少しだけ拗ねたバニラは迷いなく違う道に行こうとするリオンに「あ」と声をかける。


「先輩。そこ左です」

「わ、わかっている」


 左右にわかれた道を思い切り右に行こうとしていたリオンは、少し頬を赤くして左へと足を向ける。


 今日は四年生が含まれるバディを対象とした合同討伐クエストの日だ。

 先日のオリエンテーションは参加し忘れてしまったため、リオンから聞いた話だが、今回の依頼はウルフという魔物を討伐することだ。


 冒険者は基本的には二人組のバディで動くことになっているが、大量の魔物を倒す際などには複数のバディが取り組む合同討伐クエストというものが行われる。

 今回の合同討伐クエストは、大量の魔物を倒すということもあるが、初めて討伐クエストを受注する四年生の初陣を兼ねた訓練の意味合いが強い。


 普段のクエストとは違い、森の中の集合場所に集まり、そこからクエストを開始することになっているのもそのためだ。

 集合場所で教員による点呼をとってから、クエストに出陣することで今回は生徒の身を極力守ることになっている。


「緊張しろとは言ったが、ウルフは群れをつくる魔物で動きは速いが力は弱い。一撃くらい食らっても死にはしないから安心しろ」

「はい! 素早いので、しびれ薬が有効なんですよね。ちゃーんと用意してきたんですよ。お薬!」

「しっかりオレ様が塗り込んどいたから安心だぜ」


 草を食べながら、バニラは胸を張る。

 鞄から顔を出したシャルルが、自慢げに見せているのは短剣だ。

 薬草を煎じて作ったしびれ薬をシャルルがこの短剣にたっぷりと塗り込んでくれた。


 攻撃魔術が使えないバニラなりに工夫した戦いの手段を見て、リオンは「そうか」と頷いてから、バニラの持つ草をじとりとした目で睨んだ。


「おまえが努力したのはよくわかったが、さっきから草を食い過ぎだろう、おまえ」

「だって、疲れちゃうんですもん! 討伐クエストの経験を早めにっていう学園側の方針はわかんないでもないですけど、なにもペーパーテスト前にやらなくてもいいじゃないですかぁ!」 

「今回のクエストは試験の一環だと言っただろう。実技テストでもしっかり結果を出さなければ、総合一位など夢のまた夢だ」


 三つの試練のうちのひとつ。『試験で総合一位を獲得する』という、その試練は季節ごとに行われる四つの試験の合計点数で総合一位になるという意味だ。

 そして、試験は毎回二種類存在する。ペーパーテストと実技テストだ。


 ペーパーテストはガリ勉のバニラにとっては問題なかったが、攻撃魔術が使えないとなると実技テストは難関だ。

 座学期間の去年までは攻撃魔術を使う実技テストが行われ、バニラの結果は惨憺たるものであった。


「今回は、ウルフ討伐で獲得できるクエストポイントがそのまま実技テストの点数になるんですもんね。そんなの草もぐもぐ食べて、張り切ってやるしかないじゃないですか」

「もちろん副作用対策の薬草もばっちり持ってきてるぜ。オレ様的には薬草の副作用を薬草でおさえるなんて感心しねぇけどな」


 薬草は食べ過ぎると体を壊す。その対策用として痛み止め、吐き気止め、眩暈止めとさまざまな効能を持つ薬草を持ってきている。

何種類かの草を片手に大きな鞄からひょこりと顔を出したのは、薬草整理係を担当してくれているシャルルだ。

 説教じみた表情をしているシャルルに「今日だけだから!」と親に叱られた子のような返事をしていると、リオンが複雑そうな表情を見せた。


「おまえは俺とバディを組んでいるのに、自分で戦う気なのか?」

「え? そりゃ私も先輩を守りたいですから、戦いますよ」


 きょとんとするバニラに、リオンはおかしそうに笑う。


「最強のこの俺を、攻撃魔術も使えないおまえが守ってくれるのか?」

「あ! 今馬鹿にしましたね!?」

「ああ、馬鹿にしたな」


 くっくと喉を鳴らして笑うリオンは何やら嬉しそうだ。


「先輩ってば、あんまり性格よくないですよね」

「よく言われるな」


 軽口をたたくリオンにバニラが、むっと唇をとがらせていると開けた場所に出た。

 リオンが度々道を間違えていたせいもあり、定刻前ではあるが集合場所には大勢の生徒が既にそろっていた。


「あ、リオン様だ!」

「あの勇者の娘と組んだってマジだったんだな」

「相変わらず美しい……」


 ざわざわ聞こえる声を無視してリオンはバニラの前を突き進んでいたが、突然ぴたりと足を止める。

 いつもひそひそとした悪口に包まれていたバニラは、自身への悪口とリオンへの羨望の言葉が混ざる周囲のざわめきに気を取られていて、思わずリオンの背中へと顔を突っ込んだ。


「いたっ。もう、なんですか先輩。急に止まったりして。私のハグ待ちですか?」

「……到着したことを教師に伝えてこい。俺は、ここで待っている」

「先輩も一緒に行けばいいじゃないですか」

「俺は待っていると言った。行ってこい」

 

 いつにも増して、ぴしゃりとした声音で言われたバニラは「わかりましたよ」と言って、集合場所の奥にいる教師の元へと歩き出す。

 鞄の中でシャルルが「偉そうだなぁ、むっつり先輩は」と不満げに言ったが、人前だったので小さな声で「仕方ないよ」と返す。


「やあ、バニラ君。君たちが一番最後だよ」


 そう。仕方がない。

 今回このクエストを仕切ることになっているのは、リオンの兄であるドウェイン・フラメルなのだから。


 フラメル兄弟の仲の悪さと言ったら有名な話だ。

 兄のドウェインは笑顔でリオンに接するが、弟のリオンはドウェインを相手にするといつも表情が消える。

 高名な魔術師の一族として有名なフラメル家は秘伝の術で、その地位を確立してきたと言われている謎に包まれた一族だ。

 この兄弟の間に何があるのかはわからないが、リオンがドウェインと話すことが嫌なのであれば、バニラはその間に入ることくらい何でもない。


「遅くなっちゃってごめんなさい。一時間前に出発したんですけど、なんでなんでしょ?」

「ふふ、きっとリオンの悪い癖が出たんだろ? 間違った道ばかり選んでしまうという悪い癖。リオンは回り道が得意技だから」


 どうしてリオンがこの兄を嫌うのかはまったくもって謎としか言えない。

 整った顔を柔和にゆるめて微笑んだドウェインは持っていた書類のバニラとリオンの名前に出席のチェックをつけた。


「弟が迷惑をかけたね。ここまで正解の道で来れば学園からは十分くらいなんだけれど」

「私がぼんやりしてたのがいけないんですよ」

「君がリオンのバディになってくれて本当によかったよ。今までのバディの子たちは、リオンにふさわしいとは言えなかったからね」


 「教師がこんなことを言ってはいけないか」とすぐに苦笑したドウェインの言葉にバニラは「そうですか」と返事をしながら、内心疑問符を浮かべる。

 そういえば、去年までのリオンの歴代バディたちはどういう人たちだったのだろう。

 友人のいないバニラには、そういった情報は一切入ってきてはいなかった。


「リオンがついているからあまり心配はしていないけど、ウルフとはいえ魔物だ。バニラ君はかわいい教え子だからね。無事に帰ってくることを祈っているよ」

「とかいって、先生は薬草園のお手伝いがいなくなっちゃったら困るってだけじゃないですか?」

「おや、バレてしまったかい? サボれる毎日を手放したくないからね」


 くっくと喉を鳴らして笑ってから「では、気をつけてね」と声をかけてくれたドウェインに礼をしてバニラは踵を返す。

 リオンの元に戻ろうと歩き出してすぐ、何者かに「ねえ」と腕をとられた。


「わ、この間の……」


 バニラの腕を握っているのは、この間図書室でバニラを突き飛ばした少女だった。

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