47 ダンスのパートナー
「いやいや、オレ様は無理だろ」
まず始めにパートナーになってほしいと頼んだ相手は、シャルルだ。
シャルルは人間の姿になれば、やんちゃそうな雰囲気があるにも関わらず、高貴な顔立ちをしたイケメンだ。
ベストパートナーはその日最も輝いたふたりに贈られる賞ということもあり、目立つ美男美女に贈られる傾向が強い。
バニラは自分の容姿に自信がない分、イケメンのシャルルを頼ったのだが、小さなドラゴンはバニラの願いに首を横に振った。
「シャルは無理かぁ。やっぱり踊れない?」
「いや、それ以前にオレ様はバレンティアの学生じゃねぇだろ? その場はごまかせるかもしれねぇが、うまくいってベストパートナー賞なんて大層な賞をもらう段階になって、『あれ? こいつ誰だ?』ってことになったら、オレ様もバニラも困ることになんだろ」
テーブルの上の朝食であるりんごをかじっているシャルルにバニラは「そっかぁ」と突っ伏す。
リオンが既にいないのは、彼は近くに迫ったダンスパーティーのためにクーリアとダンスの練習をしに行ったからだ。
大好きな彼が、彼を好きな友人と体を密着させるダンスの練習に行っている現状で元気いっぱいではいられなかった。
「あ~、元気出せよ、かわいいバニラ。オレ様はこないだもらった魔石で絶対に『虹の絆』に協力してやっから、ダンスパーティーがダメでもむっつり先輩には勝てるって」
「ありがとう。でも、勝てないと思うんだよね」
バニラの気持ちを察して励ましてくれるシャルルが首をかしげる。
魔力測定会では、ふたりが向き合ってお互いに魔力を放出する。
魔力のぶつかり合いで押し巻けた方が敗北者となるルールだ。
リオンの魔力は人並み。
邪竜の孫にふさわしいシャルルの膨大な魔力を借りれば、魔力量では勝てる計算になる。
そう考えるのは当然である。
だが、バニラは違うことがわかっていた。
「先輩の魔力量、この一年の間にじわじわ増えてる感じがするんだよね」
「魔力量が? いや、それはないだろ。魔力の器は生まれ持ってきた段階から変わらねぇんだしよ」
魔力量は生まれ持ってきた時点から変わらない。
それが世間の常識だ。
だが、バニラは邪竜を退治するリオンを見たときに感じたのだ。
春の合同討伐クエストのときより、リオンの魔力量は確実に増えている。
薬を大量に服用していたとはいえ、春のときのリオンの魔力量はあの難解な封印術式に耐えられる量ではなかった。
『犠牲者の足掻き』を使っていたことを考えても、リオンの魔力量は増えていると考えるのが妥当だ。
「先輩は賢者の家系なんだよ。イレギュラーがあってもおかしくないよ」
「まあ、むっつり先輩にゃ『犠牲者の足掻き』もあるしな。実際のところはわからねぇが、じいさんの封印を成功させたって考えると、オレ様と親父殿の魔力だけじゃ不安か……」
納得した様子で短い腕を組んだシャルルは、低く唸る。
やはりダンスパーティーで勝つしかない。
それは確かなのに、パートナーがそもそも見つからない。
深く落ち込んだバニラに、シャルルは「そうだ!」と手を打った。
「エドガーに頼んでみようぜ!」
*
「ごめんな。クーリア様を裏切る形になるから協力はできないんだ」
「だよね……」
シャルルもダメ元で突っ込めと言っていたが、本当にダメだった。
バニラに告白をしてきたエドガーに、パートナーを頼むことは図々しい気がして気乗りはしなかった。
だが、背に腹をかえるわけにもいかずに頼んだ願いは、当然却下されてしまい、バニラはへこたれる結果となった。
エドガーはクーリアの忠実な執事だ。
彼がクーリアを裏切るはずがないことはわかっていたが、バニラには他に頼める友人なんて存在しない。
「クーリアと先輩はどう? 仲良くダンスしてる?」
「クーリア様の鬼気迫る様子にフラメル様は驚かれていたな。でも、『はじめてのダンスパーティーに張り切っている』っていう設定だから、微笑ましく見てくださっている印象かな」
「うううう、私も先輩とダンスの練習したかったよう」
クーリアは思い込みの激しいところがあるが、美人で聡明な少女だ。
貴族としての地位も確立している彼女は、フラメル家の次男であるリオンにふさわしい女性といえる。
勇者の娘で聖女の肩書きを持つバニラは、貴族の嫁になるには少々いかつい印象な気はした。
どんどんへこんでいくバニラに、エドガーは「ごめんな」と本当に申し訳なさそうに眉を下げる。
本当に彼は優しさの塊のような男だ。
「クーリア様を恨まないでやってほしい。あの方はフラメル様も大好きで、バニラのことも大好きだから、こういう勝負の方法を選んだんだと思う。けじめが欲しかったんだよ」
仕方のない子供の話をするように、エドガーは言う。
クーリアはリオンを好きだというのに、ペーパーテストの勉強を一緒にがんばってくれて、更に『虹の絆』の開発にも力を貸してくれた。
クーリアからの愛はバニラには充分に伝わっている。
そして、クーリアがリオンを好きだということも。
クーリアはいつも、リオンへの想いを「負け戦」だと言っていた。
なぜ彼女がそう思うのか、バニラにはわからなかったのだが、一歩引いてきた彼女がぐっと距離を詰めてきたのは、この勝負で今後の気持ちを決めるためだったのだろう。
バニラはそれを知っていたこともあって、この勝負に受けて立ったのだ。
「わかってるよ。こういう色恋沙汰は後腐れないように一回喧嘩しておかなくちゃだもんね。でも、ちょ~っとクーリアに有利な戦いすぎるけどね」
「そういう我が儘なところが、クーリア様の愛すべきところなんだ」
おどけるバニラに、エドガーがくすくす笑う。
そう。クーリアは我が儘でかわいらしいバニラの大事な友人だ。
だからこそ、きちんとぶつからなければならない。
「エドガーがダメなら仕方ない……。最終手段をとるしかないね」
*
「リオン・フラメル様とこうしてダンスができる日が来るなんて夢にも思っていませんでしたわ」
昼下がりの中庭で、リオンはクーリアとお茶を飲んでいた。
端から見れば優雅なティータイムなんだろうが、これは運動後の水分補給タイムである。
朝からひたすらダンスの練習を積んだリオンは、普段の運動不足を呪っていた。
「さすがに疲れたな。クーリア嬢も足が痛んだりはしていないか?」
「ええ。大丈夫ですわ。でも、今日はここまでにしておきましょう」
ふわりと微笑むクーリアは、昔より随分明るく微笑むようになった。
静かな離れで大量の本と共に隠れ潜んで生活をしていたクーリアに出会ったときは、衝撃を受けた。
人におびえて、離れの隅で膝を抱えていた頃とは大違いだ。
「クーリア嬢は随分変わったな。ダンスパーティーに出るだなんて驚いた」
「あなたが私に話しかけてくださったから、私は外の世界に出たいと望むようになったんですわよ。覚えていますこと? 外を怖がる私に『外に出てよかった』と教えてくださったこと」
「ああ」と頷いたリオンは当時のことに思いを馳せる。
あの頃のリオンは、自由に外に出ることを許されていなかった。
いつも見えない首輪をつけられて、まるで犬を散歩させるかのようにアレイアード家への使いを任されていたのだ。
その犬の散歩すらも、手に入れることが困難な自由だった。
努力し、抵抗し、ようやく掴んだ外の世界は活気に満ちていて、リオンは幼心に歓喜した。
そこで出会った外の世界を知らない少女に、リオンは外の世界の素晴らしさを不器用な言葉で伝えたのだ。
「まったくうまく伝えられていなかったがな。『みんな声が大きい』だとか『海はキラキラ』とか語彙の欠片もなかった」
「『空は思っていたより高い』『雨は当たると意外と痛い』とかもおっしゃっていましたわよ。あなたがしてくださる外の世界のお話は、新鮮で楽しかったですわ」
くすくす笑うクーリアに、リオンも静かに笑む。
この少女が外の世界に出られてよかったと心から感じた。
「私とパートナーを組んだこと。後悔してなくって?」
「何故だ?」
澄ました顔をして訊ねてくるクーリアに聞き返しながら、リオンは紅茶を口に含む。
昔、アレイアード伯の家に行くたびに出してもらっていた、すっきりとしたいい香りの懐かしい紅茶だ。
「あなたは、バニラが好きなのでしょう?」
「……心の声が聞こえたか?」
「『青い結晶』を手に入れるまでは、強い思いは時々聞こえていましたわ。守護の呪いをかけていることからも確信いたしました。あなたがバニラを大事にしているのだということを」
クーリアはどこか寂しそうに語る。
一瞬目を閉じてから、クーリアは空を思わせる青い瞳でリオンを捉えた。
「本当は、バニラと組みたかったのではなくて?」
青い目が揺れている。
申し訳ないという気持ちが滲んでいるクーリアの目に、リオンは首を横に振った。
「あいつと組む気はなかった。それは事実だ」
リオンは、バニラと組む気はなかった。
最初から適当な誰かとパートナーを組んで、パーティーはサボってしまうつもりでいたのだ。
リオンはバニラを愛している。
その気持ちは日に日に大きくなるばかりだ。
だが、リオンはバニラの気持ちに応えるわけにもいかない。
相反する気持ちを抱えることは非常に苦しく、これ以上バニラと接触の機会が増えれば、リオンはいろいろなことを我慢しきれなくなる予感がしていた。
そのため、リオンはバニラと組む気はなかった。
クーリアから誘いの手紙が来たときには「ちょうどよかった」とすら感じたほどだ。
ダンスパーティーの出席経験がないクーリアの手助けになるのであれば、一石二鳥だ。
「俺のことは気にせず、クーリア嬢はダンスパーティーを楽しめばいい。おまえは負けず嫌いだからな。さしずめ、初めてのダンスパーティーでのベストパートナー賞がほしくて張り切っているといったところだろう? 俺たちが踊ればとれるはずだ。ゆったりとした気持ちで挑め。不安なら練習くらい毎日付き合ってやる」
「ええ。ぜひ、つかの間の夢を楽しませてくださいまし」
微笑んだクーリアの言葉にリオンは頷く。
つかの間の夢はダンスパーティーのことなのだろう。
彼女が堂々と楽しむことができるよう、明日もダンスの練習を約束したリオンは、クーリアが抱いている想いに終ぞ気づくことはなかった。
*
「先輩! 練習はいかがでしたか!? クーリアとハグハグぎゅっぎゅしたんですか!?」
「なんだそれは。ダンスの練習なのだから、ある程度は密着するがそんな阿呆みたいなことはしていない」
今日も今日とて帰ってきたリオンに突進をかましたバニラは、簡単に受け流されてしまう。
一瞬近づいたリオンの体から、クーリアがいつもつけている清涼感のある香水の香りがしたことに胸が痛む。
魔力測定会以前にリオンの心はクーリアに捕まれてしまうのではないかとドキドキしていると、いつも通りソファーに腰掛けたリオンがバニラを見上げてきた。
「おまえはパートナーは決まったのか? サボってしまえばいいんだぞ。むしろ出るな」
「なんでですかっ」
「聖女になり、ペーパーテストの記録を毎回塗り替え、最近のおまえは目立ちすぎている。おまえが男子に追い回されていると話題になっているぞ。面倒ごとになるくらいなら、誰とも組まずに部屋で寝ていた方がましだ」
「まあ、確かに追い回されたりしてますけど一部の人にだけですよ。急に態度変えちゃって、もうびっくりですよ」
じとりとした目でバニラが思い出すのは、昼間に出会った男子生徒だ。
「本当はずっとかわいいなと思って見ていたんだ。ダンスパーティーだけでなく、末永くパートナーとして付き合ってほしい」とキラキラした目で語りかけてきた彼のことは、バニラの今までの記憶の隅にも存在していなかった。
有名になったからといって、急に迫ってくる者たちには鬱陶しさしか感じない。
「ごめんなさい」と謝ってから、その場からは逃げ出してしまった。
「あ、パートナーは決まりましたよ。絶対に参加します」
「っ、なに?」
いつもどおり魔術書を開こうとしたリオンが、ひっくり返った声をあげる。
なんだかリオンはバニラにダンスパーティーに出席してほしくないように見える。
そんなにバニラは表に出して恥ずかしいバディなのだろうか。
むっとしながらも頷くと、リオンは身を乗り出してくる。
「誰なんだ」
「なんで先輩は私に参加してほしくなさそうなんですか」
「だから、目立つと今以上に男に……。いや、それはどうでもいい。誰とパートナー組んだ?」
なにやらバニラのパートナーが気になりまくっている様子のリオンに、バニラは胸を張って腰に手を当てる。
バニラのパートナーはリオンが驚くこと間違いなしのお相手なのだ。
「はい。例年通り、ドウェイン先生にお願いしました!」




