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45 英雄の賢者と聖女


「すまんかった」


 旅立ちの日はすぐに決めた。

 リオンが目覚めて、祝いの宴を行ったその翌日。

 「早すぎるよ」と惜しまれながらもバレンティアに早急に帰ることを決めたのは、ペーパーテストがあるからだ。

 バニラは、また学年一位をとるための勉強に勤しまねばならないため、あまりここでのんびりしているわけにもいかない。

 リオンに旅立ちの日を提案すると、考えを察したのか「おまえの好きにしろ」と応えられた。


 そして、今日がその旅立ちの日だ。

 祝いの宴ではリオンは引っ張りだこで、ヘリオスはゆっくり話すこともできなかったのだろう。

 いざ旅立ちという今日、やっと正面から会えたリオンにヘリオスはすぐに頭を下げた。


「星空先輩の実力を最初から信じてやれなかったことを謝らせてくれ」


 頭を下げる父は、リオンが封印に失敗したら勇者としてグイードを悪の心ごとたたき斬るつもりだったのだろう。

 封印の最中も大剣を取り出した父にリオンは気づいていたはずだ。


 リオンと結婚を考えているバニラとしては、リオンとヘリオスの仲が悪いという事態は避けたい。

 そろりと見やったリオンは、ヘリオスの謝罪に驚いている様子で目を瞠っていたが、すぐに「頭をあげてください」と柔らかい声で語りかけた。


「気にしてません。あなたは勇者として世界を優先させたただけのことです。冷静に最善を考えられるヘリオス様は、やはりすばらしい方だと感じたほどです。だから、気になさらないでください」

「リオン……」


 初めてリオンの名を呼んだヘリオスが、安堵したような表情で顔をあげる。

 これからグイードのところに挨拶に行くことになっていたリオンは、シャルルに呼ばれて一足先に穴の底へと歩いて行く。

 リオンの背中を見ていたヘリオスをバニラは肘で小突いた。


「もう、お父さんったら。先輩はすごいって私ずっと言ってきたのに。私のことも信じてなかったってことになるんだからね」

「ああ。おまえの男を見る目は確かだったな」


 くっくと笑ってヘリオスは「すまんかった」とバニラを見て眉を下げる。


 バニラは、その言葉を待っていた。

 ふふんと顎をあげて、ポケットから取り出した石をずいっとヘリオスの前に掲げる。

 光の反射を受けると虹色に輝くその石は世界中のどこにもないオリジナル製品だ。


「先輩を認めたね! お父さん、そんなお父さんには、これを持っててもらいます!」

「んぁ? なんだこりゃ」


 訝しげに石とバニラを交互に見るヘリオスの手にその石を握らせる。

 顎に手を当てて、まじまじとその石を見てヘリオスは首をかしげた。


「魔石か? 入ってる魔力は空っぽみたいだが……」

「そう。これは魔力を入れられる魔石だよ。私がつくったの」

「バニラが!? はあ、賢いとは思ってたが魔導具までつくれるようになるとはな……」


 「さすが俺の娘」と感慨深げにしているヘリオスに、バニラは胸を張って得意げにする。

 相当努力して、この魔石は作り出したのだ。

 父にくらい褒められて当然である。


「これは肌身離さず持っててね。時が来たら、虹色に輝くはずだから、その時はこの石に魔力を注いでほしいの」

「なんのためにだ?」


 娘の頼みであろうと意味不明なお願いにヘリオスは不審そうな顔をして、バニラを見やる。

 バニラは、悪巧みをするような顔でにんまりと笑って答えた。


「これはね……」


 *


 ヘリオスに事情を説明し、虹色の魔石を預けたバニラは穴の底へと降りた。

 既にグイードと対峙していたリオンは散々宴の席でも言われた感謝の言葉をまたもらっていた。


 グイードは、もう巨大な竜の姿はしていない。

 シャルルに似た灰銀色の髪を長く伸ばした青年の姿になったグイードは、その顔に賢さを滲ませた聡明そうな男だ。

 竜は長い時を生きると聞くが、シャルルの祖父であるグイードの人間になった姿が、ここまで若いことには驚いた。

 悪の心を抑えることに注いでいた魔力を変身に使うことができるようになり、グイードも里の竜族と同じように自由に動き回れるようになったのだ。


「おお、バニラも来たか。相変わらず愛くるしいのう」

「じいさん。人間になってそれ言うとマジっぽいからやめとけって」


 グイードの隣であきれたような顔をしているシャルルも、バニラと目が合うと嬉しそうに笑む。

 祖父が無傷のままに、その内に秘めた世界を滅ぼしかねない存在を封印することができたのだ。

 シャルルも昨日の祝いの宴では、祈りの宴以上に酒を飲んで喜んでいた。


「本当に戻ってしまうのか? あと一月ほどはここにいてくれてもよかったんじゃぞ?」

「私と先輩はまだ学生だからお勉強が待ってるんだよ」

「いや~偉いのう。賢者と聖女になってもお勉強か。おまえも見習うべきじゃな、シャル」

「オレ様はいいんだよ。バニラと一緒にいられりゃ、なんでも」


 グイードにからかわれて苦い顔をしたシャルルがバニラに視線を向ける。

 小首をかしげたバニラに、シャルルは「その」と言いにくそうに口を開いた。


「オレもまた、かわいい竜になって、バニラと一緒に行っていいか? その鞄、オレ様の家なんだよ」


 ためらいがちにシャルルが指をさしたのは、バニラが腰に下げた薬草が入った大きめの鞄だ。

 恐る恐ると言ったシャルルの声にバニラは「え?」と目を見開いた。


「シャルがここに残るだなんて、ひとつも考えたことなかった……。シャルが居てくれないと、さみしくって困るよ。一緒に行こう」


 口元を押さえて驚いたバニラに、シャルルは面食らった顔をする。

 しかし、その表情はすぐに緩み、整った顔をくしゃりと笑みでいっぱいにしてシャルルは小さな竜へと変身した。

 嬉しそうにバニラの鞄に飛び込むと、顔だけ出してグイードに、ぴっとその小さな手をあげる。


「っつーわけで、じいさん。オレ様、里には残らねぇからあとはよろしく頼んだぜ」

「まあ、わしもあと三百年は余裕じゃろうから好きにせぇ。かわいいバニラを襲ってはならんぞ」

「おう。そうだな、まったくだ」


 同意するヘリオスから視線をそらしつつ、シャルルは「襲わねぇわ」と力ない声で言う。

 後ろめたそうなシャルルに首をかしげていると、グイードは愉快そうに笑ってからリオンを呼んだ。


 やりとりを黙って見ていたリオンはグイードの前に歩み寄る。

 グイードがリオンに渡してきたのは平たい大きな袋だった。


「これは……?」

「邪竜の逆鱗じゃ」

「邪竜のってことは、これはグイードの逆鱗ではないのか?」


 ドラゴンはその体の一部を持ち帰れば、討伐証明となる。

 グイードが討伐証明になるように逆鱗を渡してくれたのはわかったが、邪竜はグイード自身だ。

 まさか自分で剥がしたのかと全員が驚愕する中、グイードはあっさりと頷いた。


「まあ、かなーり痛いんじゃが、引きちぎれんことはない。なに、鱗くらい一枚とれたところで問題はないわい。酒をふるまうことと言葉を尽くすことくらいしか礼ができんからの。せめて、討伐証明くらい渡したいと思うたんじゃ。遠慮せず受け取ってくれ。返されても、貼り付けられんしの」


 冗談めかして肩をすくめるグイードに、これ以上「もらえない」と言って押し問答をするわけにもいかない。

 こちらを見てきたリオンにバニラがこくこくと頷くと、リオンはグイードに頭を下げた。


「ありがたく受け取ろう」


 滞在中よくしてくれた里の者たち。そして、笑顔で手を振るグイードに見送られながらバニラたちは里を出た。

 何度も大きく手を振って、バニラ達は里を出ると、そのまま山を下る。

 少しさみしい気もしたが、リオンと結婚したら、冒険者としてふたりでまた遊びに行こうと考えれば、明るい気持ちになれた。


 アレイアードの街には日が落ちる前にたどり着いた。

 活気のあふれる街並みは変わらないが、どこか落ち着かない雰囲気が漂っている。

 戸惑いと喜びが入り交じった空気にバニラが首をかしげていると、ヘリオスは慣れた調子で露店の男に声をかけた。


「おう、兄ちゃん。なんかあったのか? 街の様子が違う気がするんだが」

「いや、俺たちもよくわからないんだが、一昨日すごい声が竜の山から響いてな。伯爵様が言うには、勇者様が邪竜を倒したって連絡がきたって話だから、ざわついてるんだよ」


 暴れたグイードの声はその巨体に似合う大きなものだった。

 岩山に響いたその声が街にまで響いていたとは考えてもいなかった。


「え、大丈夫でしょうか? アレイアード領が混乱に陥ったなんてことになったら、クーリアとエドガーにも迷惑かかりますよね」

「あの男は、勇者様が倒したという連絡が入ったと言っていたろう。みんな安全なんだろうとは思っているはずだ。その朗報が確かである証拠が早く見たいと浮き足だっているというところだろう」


 不安を吐露するバニラに、リオンは朗報の証拠である邪竜の逆鱗が入った袋を見せる。

 バニラが納得していると、ヘリオスが露店から戻ってきた。


「アレイアード伯には、封印が完了してすぐに連絡を入れておいたから大丈夫だ。アレイアード領から人が逃げちまったら大変だからな」

「さすがお父さん! 伊達に長年冒険者やってないね」


 ぐっと拳をあげて賞賛すると、ヘリオスは「まあなあ」と嬉しそうに表情を緩める。

 そして、バニラの頭にぽんぽんと手を置いた。


「俺はこのままアレイアード伯に報告に言ってくる。封印できたとだけ連絡して、詳細は話してないから勇者が倒したなんてことになってんだろ。賢者と聖女が封印したんだって、きちんと話してくるから、バニラと星空先輩はギルドに報告に行ってこい。そしたら、そのまんま馬車に飛び乗れ」

「馬車にですか?」


 不思議そうにするヘリオスにバニラは「行きゃわかる」とカラカラ笑った。


「ここでお別れだ。バニラ、手紙また待ってるからな。星空先輩を困らせんじゃねぇぞ」

「う~ん、できる限り」

「星空先輩。うちの娘は賢いがアホだ。任せたぞ」

「生きている限りは」


 頷いたリオンにヘリオスは、ふっと笑む。


「大丈夫だ、リオン。バニラは聖女だ。運命くらい簡単に変える」


 ヘリオスの言葉の意味がわからない。

 バニラがリオンを窺うとリオンは困ったように眉を下げただけだった。


「じゃあ、元気でな」


 後ろ手を振って去って行くヘリオスが人混みに消える。

 父との別れを少し寂しく思っていると、リオンがバニラの肩をぽんと励ますようにたたいた。


「行くぞ」

「先輩、ギルドは反対です」


 方向音痴のリオンを連れて、街を行く。

 露店の人々に宣伝の声をかけられながらたどり着いたギルドの受付に、邪竜の逆鱗を出すのは緊張した。

 「自分たちが邪竜を倒しました!」と声高に宣言することになるのだと思うと、信じてもらえるか不安でもあったのだ。


 リオンも同じ思いだったのだろう。

 バニラに「いいか?」と訊ねる目は、迷っているような目だった。

 だが、これを提出しないわけにもいかない。

 あの日ヘリオスと揉めていた真面目そうな受付の青年に、討伐証明の提出を宣言して袋を差し出すと、青年は袋から出てきた邪竜の鱗に目を丸くした。


「こ、れは……? え? 模造品ではないですよね?」

「っ、おい! その銀と黒の輝きは伝説の邪竜の鱗じゃねぇのか!?」


 隣の窓口でクエスト受注の手続きをしていた冒険者が身を乗り出してくる。

 ギルドにいた全員の視線がこちらに集まったのを感じる。


「あ、あなた方はたしかヘリオス様といらっしゃったバレンティアの学生さんでしたね。では現金ではなくクエストポイントでの支給になります。え~と、……、アレイアード伯爵様からの依頼では五万ポイントになっています」

「ご、ごごご五万!?」


 バニラがひっくり返った声をあげると、リオンが「やかましい」と顔をしかめる。

 地下迷宮でドラゴンを倒した際にもらえたポイントは一万ポイントだった。

 その五倍を稼いだことになる。

 邪竜を封印したのだから、当然と言えば当然なのだが、これは快挙だ。

 なぜなら、この五万ポイントで、バニラは十万ポイントを達成したことになるのだから。


「せ、せ先輩! 試練! 試練ひとつ乗り越えましたよ!?」


 今までコツコツ稼いできた支援クエストで貯めたポイントと討伐クエストのポイントを合わせたら十万ポイントを超える。

 頭の中で瞬時に計算をしたバニラが、泣きそうになりながらもリオンの腕にすがりつくと、リオンは驚いた顔をしてバニラを見下ろしてくる。


「おまえ……、そんなに支援クエストを詰めてやっていたのか」

「がんばった甲斐がありました! やったー! ばんざーい!」


 大喜びするバニラをリオンは引き剥がすこともなく感慨深げに微笑んで見つめる。

 ふたりの世界が構築される中、「おい」と声をかけてきたのは鞄の中のシャルルだ。


「ベタベタしてる場合じゃねぇっての! 逃げろ!」

「え?」


 バニラはきょとんとして周囲を見渡す。

 そこでようやく気がついた。

 ギルドの外からも人々がやってきて、バニラとリオンを見に来ていることに。


「あ、あれが賢者様?」

「まだ若いじゃないか!」

「本当に邪竜を倒したのか? 勇者様じゃなくて?」


 じりじりと観衆が迫ってきている。

 このままではもみくちゃにされることは確実だ。


「走るぞ」

「っはい!」


 走り出したリオンに手を引かれて、バニラも駆け出す。

 観衆の波をかき分けて通りに出たリオンは、見つけた馬車に飛び乗る。

 「バレンティアまで!」と焦燥にまみれた声で叫んだリオンに御者は少し驚いた様子だったが、「あいよ」と言ってすぐに馬車を出してくれた。

 急すぎる旅立ちになってしまったが、ヘリオスが馬車に飛び乗れと言っていた意味がようやくわかった。


「ひえ~、びっくりしましたねぇ。そりゃ、街の人も興味津々ですよね」

「迂闊だったな」


 苦い顔をしたリオンは弾んだ息を整えて、馬車の外へと目を向ける。

 小さくなっていくバレンティアの街を見ながら、リオンは口を開いた。


「試練はひとつは乗り越えられた。もうひとつの試験で総合一位というのも、ほぼ間違いなく達成できるだろう」


 リオンの言うとおりだ。

 実技テストを兼ねた遠征クエストで邪竜を封印してきて、一位でないはずもない。

 ペーパーテストでひどいミスを犯さない限りは、ほぼ間違いなく達成できるだろう。

 秋までのテストで総合一位をキープできれば、冬でひっくり返されることはない。


「最後の試練は先輩と全力で戦って勝つことでしたね」

「ああ、だが賢者と聖女が戦えば殺し合いになりかねんだろう。冬の実技テストは今年もトーナメント形式の魔力測定会だそうだ」


 魔力測定会はクエストに参加できる四年生から始まる、恒例の冬の実技テストだ。

 二人の生徒が向き合って、持てる限りの魔力を工夫して打ち合うだけの単純なトーナメント戦。

 その順位によって点数が決まることになっている。

 リオンは前回優勝者だ。


「魔力測定会で勝ち上がり、決勝で俺と戦え。そこで決着をつけよう」


 こちらを見据えるリオンの瞳は赤く燃えている。

 バニラはその瞳を見つめて、口角をあげた。


「私は絶対に勝ちます」

4章これにて完結です。お読みいただきありがとうございます。

次章からは女の戦いをはじめます。

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