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44 邪竜の封印


「気圧されるな! あいつの動きをよく見ておけ!」


 リオンの声で、バニラは我に返る。


 大きな頭を振り回して、周囲の岩壁を削るように暴れ始めたグイードの足下に魔力の鎖が出現して足を絡め取る。

 リオンがまずはグイードの動きを封じ込めたのだ。


 リオンは、すっと背筋を伸ばすと両手をグイードへと向ける。

 その周りには魔法陣がいくつも展開され、完成しては鎖をグイードへと飛ばしていく。

 膨大な量の封印術式をリオンがすべて完成させるまでグイードが大人しくしてくれていそうにもなかった。


「ちっ。想像以上に大暴れじゃねぇかァ!」


 舌を打ったシャルルがバニラの隣で地に両手をつく。

 邪竜の孫として授かった膨大な魔力量を活かした魔術だ。

 地面に巨大なひび割れを発生させ、グイードの足をそこに落として、シャルルはリオンと同じような鎖を魔力を練って作り上げて、グイードの翼に絡めた。


「邪竜が飛べば、追いかけようがない。翼を斬り落とすか?」

「ッやめろ、親父殿! ドラゴンは翼なんか斬り落とされたら死ぬ!」


 堅い鱗もものともしないだろう、魔王を斬った大剣に手をかけたヘリオスはシャルルの制止も聞かずに、剣を抜く。

 娘であるからこそ、バニラはわかった。

 父が本気であることが。


 ヘリオスは何よりも世界を優先する。

 それは勇者としては正しい姿であったが、今は歓迎できなかった。


「お父さん。大丈夫」


 歩みだそうとしたヘリオスの前に立ちふさがったのは、バニラだった。


 視界の端では、リオンが暴れ狂うグイードを封印術式で抑え付けている。

 『犠牲者の足掻き』を使っているため、体力を奪われ続けているリオンは傍らに用意した薬瓶から薬を飲み干しては瓶を捨てる。

 いくつも足下に転がる瓶が、リオンの静かな戦いの過酷さを表している。


「先輩は全然負けてない。グイードが翼を広げたり、口を開けたりしたら、私が時を止める。その間に先輩が絶対に邪竜を封印するから。だから、信じて」


 バニラの必死な思いに、ヘリオスは鋭い視線のままに担いでいた大剣を下ろす。

 様子を見てくれることにしたらしいヘリオスを警戒したまま、邪竜を見つめる。


 その翼が羽ばたこうとしたら、その口が黒い炎を吐き出そうとしたら、バニラはその一瞬を見逃さずに確実に時を止めなければならない。


 グイードは叫び声をあげながら、暴れている。

 絡みついた魔力の鎖を引きちぎり、首を振ってのたうちまわる姿は下手をすれば動けなくなってしまうほどに恐ろしい。


 だが、バニラは目をそらさない。

 リオンが戦っているというのに、バニラが恐れて目をそらすなんてことができるはずがなかった。

 瞬きも自分に許さず、バニラがじっと見つめていたグイードの口が大きく開く。

 その膨大な魔力が練られ、まがまがしいエネルギーを一瞬にして形作る。

 黒い炎がまさに吐き出されようとするその一瞬をバニラは見逃さなかった。


 突然、世界から音が消える。

 踏み出そうとしたヘリオスの足が止まり、地面に手をついたまま必死で祖父を抑え付けるシャルルも苦しげな表情のままに固まる。

 動いているのは、バニラと魔法陣を展開させ続けているリオンだけだ。


「どれくらい持続できる!?」

「もって五分です」


 発動させた『氷結する世界』の中で、無事リオンは封印術式を展開させ続けている。

 リオンが放つ魔力の鎖は次々にグイードを捉えていき、リオンの足下に転がる瓶も数を増していく。


 『氷結する世界』を長時間使用する際には、こまめに術を解除して、かけ直すことで魔力切れを防いでいた。

 単純な効果時間の持続は五分しか保たない。


 鞄に突っ込んだ薬草をかじりながら答えたバニラに、リオンは口角をあげた。


「充分だ」


 リオンの体の周りに浮かび上がる魔法陣が数増やす。

 カランカランと足下に落ちていく薬瓶は、まるで昔旅の途中で見た銃という武器が落とす薬莢だ。

 連射される鎖は容赦なくグイードを捉え、リオンは次の段階に移行する。


 束ねた魔力の鎖をリオンが引くと、グイードの体からまがまがしい魔力が引きずり出された。

 『氷結する世界』で時が止まった世界の中、その魔力は異様な存在感を放つ。


 残り時間も少ない中、リオンは足下に真っ黒な穴を出現させた。

 その穴は地下迷宮でバニラを引きずり込んだものとよく似た闇を伸ばして、魔力の塊を取り込んでいく。

 リオンが苦しげに顔を歪めるのを見て、バニラは何もできない自分を呪った。


「地下迷宮などには送ってやらん。送り先は禁断書庫だ。あそこに行くための鍵であるおまえはもう俺たちが倒した。二度と開くことのない異世界で、ゆっくり眠れ!」


 リオンが喉が裂けるような叫びをあげると同時に、穴から伸びた闇は魔力の塊を飲み込んで消える。

 直後、リオンが力を失い膝から崩れ落ちたのをバニラは悲鳴をあげながら支えに走った。


「先輩!」


 集中力が散って、『氷結する世界』が解除される。

 悪の心を封じられたグイードが倒れ、ヘリオスとシャルルが呆然とする中、バニラはリオンを抱き起こす。


 汗だくになったリオンは顔色も悪く、ぼろぼろだというのに笑っていた。

 震える手をバニラの頬に伸ばし、優しく触れてとんでもなく綺麗に目を細める。


 愛しげに見つめられていると自惚れてしまうほどに美しい瞳にバニラは、涙がこぼれた。


「先輩っ。私の先輩は、やっぱりすごすぎます」

「当然だ」


 ぐったりと力を抜いて眠ってしまったリオンは体力が限界だったのだろう。


「大好きです、先輩……!」


 駆け寄ってくるシャルルとヘリオスの足音を聞きながら、バニラはリオンを強く抱きしめた。


 *


  避難先から連れ戻した里の医者に診せたところ、リオンは魔力と体力を使いすぎたことによる過労状態で倒れているとのことだった。

 ぐったりとはしているが、休めば治るという診断結果にほっとしたものの、バニラはリオンの傍を離れずにいた。


 悪の心を封印されたグイードは、あれからすぐに目を覚ました。

 リオンが本当に封印をやってのけたことを心底嬉しそうにして、グイードは里長として里の医者を呼び寄せてくれたのだ。

 シャルルは膨大な魔力を一気に失ったグイードに魔力を送っているところであり、ヘリオスは壊れてしまった周囲の建物の修復作業に参加していた。

 里に来てからというもの、部屋からあまり出なかったヘリオスは、きっとリオンが失敗したときには自分が血をかぶってでも世界を救おうとしてくれていたのだろう。

 ここ最近の昏い目をしていたが、ヘリオスは償うかのように精力的に動いてくれている。


 里の民はリオン、そしてバニラに心から感謝をしていた。

 シャルルは古代魔術については明かさず、バニラも共に邪竜を封印したことを民に語ったのだ。

 気づけばリオンは賢者、そしてバニラは聖女と里の者たちからは呼ばれるようになっていた。


「私が聖女ですよ? 全然似合わなくないですか? 先輩」


 くすくす笑いながらバニラはリオンが眠るベッドに肘をつく。

 グイードを倒したバタバタとした一日が終わろうとしている。

 窓の外はもうすっかり夜になっており、見舞いに来たシャルルもヘリオスも部屋に戻ってしまった。


 残っているのはバニラだけ。

 リオンが目を覚ましたときに、ひとりにならないようにと今夜は離れないつもりでいた。


 眠るリオンは、ぞっとするほど美しい。

 影を落とす睫も、規則正しく上下する薄い胸もすべてがバニラの胸を締め付ける。

 命を落とすことなく、リオンが邪竜を封じてくれたということが嬉しくて仕方がなかった。


 ベッドの横に座っていたバニラは体を起こす。

 開けていた窓から吹く風が冷たく感じられたのだ。

 体力が落ちているリオンが風邪を引いては事だ。

 窓を閉めようとベッドの傍から離れたバニラの服の裾は、くんと引かれた。


「先輩?」


 振り返ると、ベッドから腕を伸ばしたリオンの目がわずかに開かれている。

 ぱちり、ぱちりとゆっくりと瞬きをしたリオンは、ようやく焦点の合った目でバニラを捉えた。


「……封じ、られたか?」


 まだ寝ぼけているかすれ声でリオンが訊ねてくる。

 リオンが目覚めたことに、バニラはこみあげてきた喜びを隠しもせずにベッドに横になっているリオンへと飛びついた。


「はいっ! 先輩のおかげでみんな救われました。先輩は賢者様。私もおまけで聖女なんて呼ばれてるんですよ」

「はっ……。それはお互い似合わん肩書きだな」


 小さく笑いながら、リオンはバニラを抱き込んでくる。

 いつもなら、身を寄せるとぐいぐい離されてしまうばかりであったため、こうして抱き寄せられると恥ずかしくてどう動いていいのかもわからなかった。


「先輩。体は大丈夫ですか?」

「ああ。……おまえは、大丈夫だったのか?」

「はい。先輩が迅速に封印を終えてくださったおかげで、魔力も余裕です」

「ん。そうか。なら、少しわけてもらおうか」


 寝ぼけた様子のリオンがバニラの頭に頬を寄せる。

 魔力を分けてもらうと言いながら、特に魔力供給もさせず、すりすりと頬を寄せてくるのがくすぐったかった。


「ふふ、先輩って意外に甘えんぼさんです?」

「甘やかしてやっているんだ。おまえががんばったから」

「私はがんばってませんよ。先輩ががんばったんです」

「おまえが『氷結する世界』を使っていなければ、邪竜を封印なんてできていなかった。おまえが居たから被害はでなかったんだ。卑下するな。おまえはがんばった」


 金の髪を愛でるようにリオンが撫でる。

 バニラも気が張っていただけで、今日は疲れた。

 魔力も使用したし、何よりリオンが心配で気疲れをしていた。

 とろんとした眠気が、意識を溶かしはじめる。


「おまえが居たから、俺は邪竜を封印できるほど強くなれた」

「先輩、昔出会った森の中で、守るべき者があると強くなるって話してたんですよ」

「そうだ。それがおまえだ」


 今、リオンは森で出会ったということを否定しなかった。

 もしかして、本当は覚えているんじゃないか。

 何か隠しているんじゃないか。

 バニラの中にあった小さな違和感が突然大きくなる。

 急に不安になってリオンの胸に顔を寄せると、そっと体に毛布をかけられた。


「きっと、俺を倒せ。待ってる」

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