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41 宴の準備


「皆殺し……ですか?


 勇者から発された言葉とは思えない物騒な響きにリオンは、眉を寄せる。

 一瞬笑えない冗談かとも思ったが、ヘリオスの目には感情が浮かんでいなかった。

 意図的に感情を殺しているようなその目は、ぞくりとするほどに冷たい。


「竜族になにか恨みが?」


 ヘリオスは本気だ。

 そう察したリオンは恐怖と困惑を抱えたままに訊ねる。

 穴の底で楽しげにしている竜の里の民たちを見下ろしたまま、ヘリオスは「いや」と首を横に振った。


「シャルのことも俺はかわいがってきた。里の連中は愛想なく振る舞う俺にも良くしてくれてる。恨みなんかねぇよ」

「なら、なぜ……?」

「邪竜は世界を滅ぼす可能性があるからだ」


 ヘリオスの目がようやくこちらを見る。

 こちらを見る目には昏い覚悟が燃えていた。


「星空先輩。おまえが優秀な魔術師だってことは認めてる。だが、世界を救えるって手放しで信じてやれるほどじゃねぇ。おまえが失敗したら、その時点で、俺はなんとしてもグイードを殺す。里の連中も抵抗するようなら、殺すしかない。グイードを殺した後、人間全体に俺への恨みを向けるようなら、皆殺しだ」


 里の者たちはグイードを慕っている。

 悪の心を封じるだけでよかったところを、善の心であるグイードごとたたき斬ってしまえば、里の者が黙ってはいないだろう。

 そうなれば、皆殺しという未来が訪れることも十分に想定される。

 だから、彼は里の者たちからは距離をとっていたのだろう。


 そこまで考えて、リオンはヘリオスは真の勇者なのだと感じた。

 世界のためなら、悪役になる覚悟がある者を勇者と呼ばずしてなんと呼ぶのか。


「どうして、その話を俺に?」


 ヘリオスの覚悟は充分にわかった。

 だが、その覚悟をリオンに話す必要はないように感じられる。


 ヘリオスが動くとしたら、リオンが失敗したあと。

 つまり、リオンが悪の心に支配されたグイードに殺された後だ。

 ヘリオスが勇者として恨まれ役を買っているときには、リオンは既にこの世にはいない。

 リオンがシャルルやグイードにヘリオスの覚悟を話してしまう可能性もゼロではないというのに、リオンに話した理由がわからなかった。


 リオンの問いにヘリオスは笑む。

 さっきまで冷たい目をしていた男とは思えないほどに優しい目でヘリオスが見下ろした先。

 そこには、シャルルと何やら楽しげに話しているバニラがいた。


「シャルは里長の跡継ぎだろ? 俺が里の連中を殺せば、シャルはきっとバニラの傍にはいられなくなる。領地を守る竜族を滅ぼしたとなれば、アレイアード伯が俺をどう思うかもわからねぇ。バニラの立場も悪くなるだろう。そのとき、星空先輩には変わらず、あいつのバディであってほしいと思ったからだ」

「封印に失敗したら、俺はグイードに殺されているのではないのですか?」

「そんなもん、星空先輩が殺される前に、俺がグイードを殺すに決まってんだろ」

「物理攻撃は効かないという話でしたが・・・・・・」

「俺の大剣は聖剣だぞ? 魔王を斬った剣だ。物理攻撃が効かないってのは、あのでかくて堅い鱗のせいなんだろうが、何度も叩いて斬れないもんはねぇ」


 グイードには触れることができる。

 里の者たちが実際にグイードに触れている場面も見た。

 触れられるということは物理接触が可能であることは確かだ。

 ヘリオスの言うように物理攻撃が効かないというのは、並の物理攻撃は効かないという意味なのだろう。

 勇者の前では、その鉄壁の防御は意味を成さない。


 だが、ヘリオスがリオンを守ったとしても無意味だ。

 リオンは、邪竜でなくともある者に殺されて死ぬ。

 その変えられない運命を前に、リオンはバニラの傍にずっといることはできない。


「俺は、あいつの傍にずっといることはできません」

「星空先輩はバニラが好きじゃないのか?」


 好きどころではない、愛している。

 結婚してくれと言うのなら、今すぐにしたいほどだ。

 だが、それをヘリオスに言うのも憚られる。

 バニラにバレても困るのだ。


「あいつにはシャルルの方がお似合いです。俺は死んでも封印は成功させます。あいつとシャルルが今後も一緒にいられるようにも」


 そう。リオンは自分の死後にバニラをシャルルに託した。

 運んできた長椅子にふたりで腰掛けてバニラとシャルルは笑い合っている。

 里の者たちも微笑ましく見守るその光景は、まさにリオンの理想だ。


 胸がどんなに痛んでも、バニラに手を伸ばしてはならない。

 嫉妬心なんて抱いてはいけない。

 ふたりが仲睦まじくしている光景を見て、リオンが抱く思いは「計画通り進んでいてよかった」という安堵だけだ。


「そんな物欲しそうな顔しといて、いっつもおまえは本気で欲しがらないよなぁ」


 あきれたような声音でヘリオスが言う。

 人をよく見る彼には、どこまでわかっているのだろう。


 リオンはバニラを見ていた視線をそらす。

 自分が今どんな顔をしているのか、よくはわからなかったが望ましくない表情をしていることだけは確かだった。


「星空先輩がなんでバニラを本気で欲しがらないのかなんて、俺にはわからねぇ。だが、俺は勇者でバニラの父親だ。世界は勇者である俺に邪竜を倒すことを望むし、バニラは星空先輩が傍にいれば、俺がどれだけ多くを殺してもあの子のまま生きられるだろう。だから、俺は覚悟を曲げる気はねぇ」

「俺も勇者であるあなたを血に染めるつもりはありません。ありがとうございます。邪竜を封じる理由がまたひとつ増えました。絶対に邪竜は封印する。なので、ヘリオス様。あなたの出る幕は今回はありません」


 「失礼します」と告げて、リオンは部屋へと戻っていく。

 その背を見つめてヘリオスは深く息を吐いた。


「フラメル家。『呪われた兄弟の一族』か」


 ヘリオスが魔王を倒す旅をしていたときのバディは、凄腕の魔術師であった。

 フラメル家の魔術に憧れて、徹底的に調べていた彼は魔王討伐の際に亡くなったが、フラメル家のことをそう呼んでいた。

 必ず兄弟を産むにもかかわらず、下の兄弟は屋敷の外に出ることは決してない一族なのだと。


 そんな屋敷の外に出るはずのない弟であるリオンは何故か外の世界にいて、欠片も死を恐れていない。

 何が彼をそうさせるのか想像したところで、気持ちのいい結論には至らなかった。

 

「弟であるおまえが、賢者になれることを俺は願ってるよ」



 邪竜退治は明日だ。


 バニラの薬は無事に完成。

 リオンに届けるとその量に驚いていたが、早速体力回復薬を飲みながら解読を進めていたので役に立ったことだろう。


 もうひとつの『氷結する世界』の術式改造についても、元から考案していたものを組み合わせてシャルルを相手に試し続けた結果、無事に成功。

 「時が止まった世界ってこういう世界なのか」と興奮しているシャルルと昨夜は軽くお祝いをして、からリオンに報告に行った。

 頭なでなでくらいは期待していたのだが、昨日よりも鬼気迫る勢いで集中しているリオンはバニラを見て「よくやった」と一言くれただけだ。

 希望は叶わなかったが言葉だけでも褒めてくれたことに感謝して、リオンにちゃんと寝るように言ってから部屋を出たのだ。


 その翌日が今日。

 今夜は祈りの宴が開かれる。

 竜族の習わしで、なにかの祈りを捧げる際には酒を飲んで騒ぐのだそうだ。


 グイードは悪の心を抑えている状況であるため、酒を飲めないことを憂いていたが、それも今晩までのこと。

 明日の夜はリオンが邪竜封印を果たした祝いの宴が開かれることは、バニラの中では決定事項だ。

 グイードもそのときにはたくさんお酒を飲めることだろう。


「バニラちゃん。ゆっくりしててもいいんだよ? 明日は賢者様の邪竜封印だろう?」

「大丈夫大丈夫! どうせすることないんだし、宴の準備くらいお手伝いするよ」


 里は今晩の宴の準備で大忙しだ。

 料理をつくり、酒を運びとバタバタとしている里の者たちの手伝いをバニラは買って出ていた。


 女はほとんど料理をつくっている様子ではあったが、バニラはあいにく家事はあまり得意ではない。

 手は出さずに、酒を宴会会場である穴の底に運ぶ手伝いをしていた。


「よいっしょ。わっ」


 軽めの酒樽を持たせてもらっているとはいえ、やはり液体は重い。

 ふらふらしながら歩いていると、バランスを崩す。

 転ばなくとも足をくじくかも、というところをトンと隣から伸ばされた腕に支えられた。


「大丈夫かぁ? 決戦前に怪我してたら笑えねぇよ」

「ありがと、シャル。大丈夫だよ。じっとしてても緊張しちゃうから、お手伝いさせてもらってるんだ」


 大きな酒樽を抱えたシャルルが「そうか?」と心配そうにこちらを見ている。

 バニラが小さな酒樽を抱え直して「いこっか」と声をかけていると、後ろから里の子供たちの声がした。


「ひゅーひゅー! シャル兄やったなぁ。かわいい彼女じゃんか!」

「だぁから、彼女じゃねぇの」

「バニラさんかわいいから羨ましいなぁ」

「おめぇにはやらねぇから」


 いーっと歯を見せて子供たちをからかうシャルルに、子供たちが「なんだよ!」と口々に声をあげる。

 バニラがくすくす笑っていると、シャルルは子供たちを追い払ってから眉を下げた。


「ごめんなぁ、バニラ。嫌だろ? オレ様とのこといじられまくって」

「里の人たちがシャルと人の間の子を望んでることは知ってるから大丈夫だよ。でも、シャルが嫌ならそういう思いをするのも今日までだね」

「んぁ? なんでだ?」

「だって、明日には先輩が邪竜を封印するでしょ。そしたら、シャルの人との間に子をもうけるっていう義務だってなくなるんだから」


 シャルルは人との間に子を成すことを期待されて生きてきた。

 それは賢者を生むためのものであるため、邪竜が封印されてしまえば必要がなくなる。

 バニラはポジティブな気持ちで言ったのだが、シャルルは渋い表情をしていた。


「なんでだよ。里の奴らはず~っと言うぜ。邪竜が封印されようがなんだろうがな」

「なんで?」

「なんでって……。そりゃオレ様がバニラのこと好きだからだろ。里の連中は、人との子も望んでくれてるが、オレの恋が叶うのだって応援してくれてんだよ。……って、うわ。言っててめちゃくちゃはずいじゃねぇか」

「そ、そっかそっか。そうだよねぇ。里の人たち優しいもんね」


 ふたりで真っ赤になっていると、周囲で見守っていた里の者たちがにまにまと笑みを浮かべる。

 「散れ!」とシャルルが裏返った声をあげると「はいはい」と生暖かい目でこちらを見てから、周囲は言われたとおりに解散した。


「ったく。今夜は気をつけろよ、バニラ。あいつら、気のいい奴らなんだか、善意でなにしてくるかわからねぇ」

「例えば?」

「そりゃぁ、オレ様とかわいいバニラを密室に閉じ込めたりだな……」

「え? それっていつものことだよね。 シャルと私は毎晩同じベッドで寝てるし」

「語弊あるなぁ、それ……」


 頭を抱えるシャルルが考える同衾の様子と、バニラが思い浮かべる同衾の様子はまったくもって異なる。

 バニラは枕元で眠るかわいらしい小さな竜の姿しか思い浮かべられていなかった。


 暢気なバニラの無防備っぷりはシャルルへの信頼の証であることはわかっている。

 だが、どうにもその無防備さに不安を拭えなかったシャルルは、その晩自身の不安が的中したことを知ることになった。

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