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40 灰銀の竜


「絶対に見られたくなかったのに……。バニラの愛くるしいドラゴンでいたかったのに……」

「え、えー、あの人ってシャルだったの? 全然印象違うからわかんなかったよ」


 恐らくシャルルだろう青年は、膝を抱えてうずくまったまま呻くように何か言っている。

 あまりに哀れなその姿に、思わず背中をさすりながらバニラはあのときのことを思い出す。


 クーリアに殺人犯に間違われて糾弾されていたバニラをさらりと擁護して、バニラを突き刺すような空気を変えてくれたのは、確かにこの灰銀色の髪の青年だったはずだ。

 人の姿になったらイケメンだと言っていたシャルルの話をいつもの冗談として受け取っていたのだが、想像以上に整った顔立ちをしていたことに驚いてしまった。


「どうして私にあのとき『シャルル様だぁ』って言ってくれなかったの? 口調もなんだか素敵な感じだったし」

「……バニラは、ああいう男が好きかなぁと思って」


 ぼそりと言われた言葉は拗ねたような口調で投げられた。

 バニラはきょとんとしてから、竜だったときと同じようにシャルルの頭をぽんぽんと撫でる。

 おそるおそる顔をあげたシャルルと目が合うとバニラはとびっきりの笑顔を見せた。


「やっぱり、シャルはかわいいね。大丈夫。シャルがイケメンのお兄さんでも、私は気にしないよ」

「バ、バニラァ。さすがはオレ様のかわいこちゃんだぜ」


 涙目で感動しているシャルルは、ゆっくり立ち上がる。

 復活したらしいシャルルを満足げに見ながら、バニラは抱いた疑問を投げかけた。


「シャルってば、その姿だとびっくりするほど魔力を持ってるんだね。おじいちゃんが邪竜だって聞いても納得だわ」

「ああ、普段は目立たないように隠してるってのもあるな。あのかわいい姿になっておしゃべりすることだけにも相当な魔力使ってるしよぉ」

「シャルの本当の姿は大きな竜なの?」

「おう。じいさんくらいはある。あんまでかくても邪魔だかんな。バニラに愛されるために小さくなってたってわけよ」


 ウインクをするシャルルにバニラは「なるほど」と頷く。

 確かにグイードほどの大きさがあるシャルルを連れて歩くのは難しそうだ。


「で? バニラはなんでこんなとこいんだ? 薬つくってるって聞いたから、安心してイケメンになってうろついちまってたじゃねぇのよ」

「そうだ! 薬草がほしいの。先輩のためにお薬を作ってるんだけど、足りなくて」

「ああ、それなら屋敷に薬草園があったから取りに行こうぜ。デートがてらさ」


 瞳を細めて艶っぽく言うシャルルは、色気のあるイケメンなのだろう。

 だが、バニラにとってシャルルは愛らしいドラゴンである。

 バニラは「うんっ」と色気のかけらもない元気な返事をして、がくりと肩を落としたシャルルと共に薬草園に向かった。


 たどり着いた薬草園はこぢんまりとはしているが、よく管理されている様子だ。

 シャルルが声をかけると薬草園の管理者は、「どうぞどうぞ」と快く招き入れてくれる。

 「シャルル様、うまくやるんですよ」と耳打ちした管理者をシャルルは追い払っていたが、その耳は赤くなっていた。


「シャルは愛されてる王子様なんだね」

「小さい里だからな。あんまり上下関係もないんだよ。親父とお袋が早死にして、しかもじいさんが世界を滅ぼしかねない邪竜だろ? 拗ねたガキだったから、里の連中もオレを気にかけて育ててくれたんだ」


 シャルルはいつもバニラの鞄の中で、薬草を管理してくれている。

 「ほしいのはこれだろ?」とシャルルが摘んだ薬草は、バニラが探していた薬草そのものだった。


「そうそう。それが一籠分欲しいんだけど、いいかな?」

「おうおう、持ってけ。むっつり先輩が死んじまったら困るからな」


 手元にあった薬草採取用の籠にぽいぽいと薬草を入れ始めたシャルルの隣にしゃがみこみ、バニラも一緒に薬草を摘みはじめる。

 あのかわいいドラゴンであるシャルルとこうして薬草を摘んでいるというのは不思議な感じがした。


「シャルはさ」

「うん?」

「人との間に子どもが欲しかったんだよね。私はシャルの求婚をすぐに断ったのに、どうして私についてきてくれたの?」


 シャルルが人との間に子をもうけることを使命としていたのは、グイードの態度からしてもよくわかった。

 そして、人の姿になったシャルルを見て、シャルルに人と子を成せる体があることも知った。

 だからこそ、求婚を断ったバニラについてきてくれたことが不思議だったのだ。


 薬草を摘みながら、シャルルは「う~ん」と唸る。


「一言で言や、バニラに惚れたからだよ」


 シャルルはバニラを見ていた視線を手元に落とす。

 照れくさそうにしているシャルルの顔は赤い。


「正直、竜の里に人の女さらってきては『子をつくれ』って言ってくる里の連中にはうんざりしてた。毎回街まで人の女を帰すのも一苦労だったしな。誰でもいいから、オレはこの子に決めたからちょっと待ってろって言える言い訳になる女を探してたんだ」

「そこにたまたま私とお父さんが通りすがった?」

「そう。本当にたまたまな。人の姿で出てって『結婚してくれ』って言ってもビビられんだろうなと思って、かわいいドラゴンになって声をかけた。誰でもよかったっていうのは、悪いけどマジだ」


 シャルルは反応を窺うように、ちらりとこちらを見る。

 バニラが「気にしてないから大丈夫だよ」と声をかけると、シャルルは少し残念そうに「そっかぁ」と呟いた。


「求婚断られたんだから、オレは他の女の子を探してもよかったんだ。けど、バニラはあのときオレにむっつり先輩のこと語ったろ? すてきな人がいて、その人と結婚したいんだってキラキラしながら」

「うん。あの頃はもう、バレンティアに入学するための準備中だったもんね」

「悔しいけど、バニラはむっつり先輩の話をしてるときの顔が最高にかわいい。キラキラしてて、まぶしくって、オレはこの子と結婚したいって思った。だから、バニラの傍にずっと居たんだ。好きだったから」

「……うん」


 愛らしいドラゴンに言われる「好き」と真っ赤になった美青年から言われる「好き」はまったくもって響きが違った。

 バニラも恥ずかしくなって、ぎこちなく頷くとシャルルはふっと笑んだ。


「大丈夫だって。バニラがむっつり先輩のこと大好きなのは、オレが一番よく知ってるってぇの。でも、好きでいるのはオレ様の勝手だろ?」


 「ほら、集まったぜ」と薬草でいっぱいになった籠をシャルルはバニラに手渡してくれる。

 受け取った籠を抱えたバニラは、眉をさげた。


「シャルは強いなぁ。私は先輩に好きな人がいたら、きっと泣いちゃうよ」

「オレ様は好きな人がいるバニラに惚れてんだから、その辺に関しちゃ、もう免疫あんだよ」


 ふふんと得意げにするシャルルにバニラはくすくす笑って頭をさげる。


「薬草ありがとう、シャル。お父さんに釜を任せてるから、もういくね」

「おうよ。オレ様もそろそろじいさんに魔力送りに行かねぇとな」


 ぐっと伸びをするシャルルに背を向けて薬草園を出ようとしたバニラは、ドアに手をかけたところで振り返る。

 気だるそうにあくびをしていたシャルルに、バニラは「シャル!」と声をかけた。


「んぁ?」

「今夜も私と一緒にちゃんと寝てね。いつも通り」


 シャルルが美青年だと知っても、自分のことを本当に女として愛しているのだと知っても、バニラはシャルルとの今までの関係を壊したくはなかった。

 かわいらしいドラゴンが枕元で寝ている生活を手放したくはなかったのだ。

 バニラの懇願するような目に、シャルルはにっと笑う。

 その瞳に安堵の色が浮かんだのは、きっと気のせいではないだろう。


「ああ。ありがとな、バニラ」


 笑ってくれたシャルルに、バニラも安堵の笑みを返して薬草園を出る。

 「よかったぁ……」と呟いて再びシャルルがうずくまったことには、バニラは気がつかなかった。


 *


 邪竜退治は二日後にまで迫っている。

 難解すぎる封印術式を予定通りのペースで読み進めることができていたリオンは息抜きに外へと出た。


 集中していて気がつかなかったが、外はもうすっかり夜だ。

 昨夜はバニラが寝るように言いに来てくれたため、寝ることができたが、今夜も睡眠はとっておかなければいけないだろう。

 少し休憩してから仮眠をとり、もう一度書類に向き合おうと考えていたリオンは、夜にしては騒がしいことに気がつく。


 騒がしさの出所が穴の底だと気がついて覗きこんでみると、グイードの周りに机や椅子を並べているようだ。

 楽しげな里の連中に混ざって、バニラと人の姿をしたシャルルも見える。

 あのちび竜はバニラに人の姿を見せたのかと驚くと共に、これが宴会の準備だとも気がついた。


「明日の夜にやるんだとよ。宴会」


 穴を見下ろしていたリオンの隣に突然現れたのはヘリオスだ。

 さすがは勇者というところだろう。

 声を出されるまで、まったくその存在に気がつかなかった。


「邪竜退治前夜に宴会ですか」

「竜の里では、なにか祈るときはみんなで酒飲んで騒いで願うんだとよ。邪竜の悪の心が無事封印できますようにってみんなで祈るんだ。俺も酒は飲みたいところだが、今回は飲めねぇな」

「参加されないんですか?」


 リオンはヘリオスをよく知らない。

 だが、少し話しただけでも彼の人当たりの良さはすぐにわかった。

 豪気で明るい印象のあったヘリオスが祈りの宴に参加しないというのは、不思議な気がした。


「ああ。皆殺しにしなきゃいけないかもしれない連中と仲良くしたくはねぇんだ」


 苦い笑みを浮かべたヘリオスは、じっと穴の底を見下ろしていた。

 

 

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