04 勇者の出来損ない娘
突然現れた女生徒三人組はバニラを強く睨みつけている。
机をたたいたのは、どうやらこの一番性格がキツそうな美人のようだ。
「はい? なにか?」
「なにかじゃないわ。ここは、公共の場所よ。我が物顔で毎度毎度ここを占拠するのはやめてくださる? あなたみたいな出来損ないにいつもいつも同じ席に座られて迷惑しているの」
「そうよ。しかも草ばっかり食べて、気持ち悪い」
怒りと嫌悪がこめられた視線で貫かれて、バニラは「ごめんなさい」と慌てて立ち上がる。
明らかに因縁をつけられているのはわかっている。
バニラは入学してからずっと、この人目に隠れた席で勉強をし続けてきたのだ。文句を言うには今更すぎる。
それに今日は長時間この席を占拠はしていなかったはずだ。
文句を言われるだなんておかしい。
頭ではわかっていたが、ここで反論をしても仕方がない。
彼女たちは機嫌でも悪かったのだろう。
こういうときは、とっとと立ち去ることが一番だ。
バニラが本を手に立ち去ろうとすると、三人組のうちのひとりが「あら」とねっとりとした声をあげた。
「それ、攻撃魔術についての本じゃない?」
「あっ、ちょっと」
立ち去ることに意識がいってしまっていたことがいけなかった。
バニラから奪った本を見て「うわぁ」と三人組は顔をしかめる。
「なにこれ。こんな古代語マニアックすぎじゃない?」
「いくら攻撃魔術が使いたいからって、こんなわけわかんない古代語を勉強したところで、技術がなくちゃできないのよ?」
「リオン様のバディになって、張り切ってるのはわかるけど……ねえ?」
「ほんとにそうよねえ」と同意しながら、こちらをバカにした目で見ている彼女たちを見て、バニラは「ああ」と小さく納得した。
すぐには思い出せなかったが、バニラが入学した当初からリオンについて回っていた彼のファンクラブの中に彼女たちの姿を見たことがある。
嫉妬かぁ。先輩、モテるからな。
内心ため息を吐きながらも、バニラは自分の胸に「私は勇者の娘」と言い聞かせる。
背筋をまっすぐに伸ばして、バニラは毅然とした態度で彼女たちを見つめた。
「返してください。まだその本は解読が終わっていないんです」
ふわふわとした見た目のバニラが見せた凛とした表情に、彼女たちは驚いた表情を見せたが、それも一瞬だった。
「はっ」と嘲笑したひとりが、バニラの肩を押す。
少しだけよろめいてしまった体幹のなさに自分自身呆れた。
「馬鹿ねぇ。初歩の初歩の攻撃魔術も使えないあなたに、こんな高度な魔術使えるわけないじゃない。解読しても無駄よ、無駄」
「大体あなた。賢こぶってるけど、ほんとは成績優秀なリオン様とバディを組むためにわざと成績さげてたんじゃないでしょうね?」
「そうよね。こんなに勉強してて、学年最下位なんてありえないじゃない。いくらリオン様がすてきだからって、そんな不正許されないんじゃないの?」
「ねえ!」と嫉妬にまみれた汚い声で言いながら、女生徒のうちのひとりがバニラを再び突き飛ばす。
一度やられていたため、しっかり身構えていたはずだが、彼女は今度はわざとバニラを突いた手に魔力を込めていた様子だった。
まさか魔術を使ってまで、攻撃されると思っていなかったバニラはバランスを崩す。
ぐらっと倒れる体はこのままでは背後の書棚にツッコんでしまう。
怪我をしたら、支援クエストに行けなくなってクエストポイントが稼げなくなるかもしれないと思うと、バニラは一瞬体が動かなかった。
意地悪な女生徒は手を伸ばしても助けてくれるはずもない。
彼女たちのにやにやとした笑顔を懐かしく思いながら、来るべき衝撃に身構えたバニラの背中に当たったのは堅い書棚ではなく、暖かいものだった。
肩を包む温もり。大好きな香り。
そろりと目を開いたバニラの視界に青ざめた三人組の顔が映る。
見上げると、こちらを見下ろすリオンが不愉快そうに眉をひそめていた。
「先輩!?」
ぎくりと表情を固めたバニラの体をしっかりと起こしてから、リオンは「助けてやったのにその表情はなんだ」と腕を組んだ。
「リオン様! この子はあなたとバディを組むために、わざと成績を下げていたんです! それを指摘すると暴れ始めたので止めたところ、彼女が勝手に倒れたんです!」
もごもごと口を動かしていたバニラは、机をたたいた美人の言葉に驚いて動きを止めた。
「そうだそうだ」とばかりに同意して頷いているふたりを見てから、恐る恐るリオンを見やると彼は見たことがないほどに表情を歪めていた。
「愚か者が」
「そうなんです! この子本当に愚かで……」
「おまえ達だ、馬鹿者。恥を知れ」
「え」と小さく呟いた女生徒の隣でもうふたりが息をひゅっと吸い込む音が聞こえる。
おびえる気持ちはわからなくもない。
リオンは殺気を放つほどに怒っていた。
学内最強。勇者に並ぶとも言われる実力を持つリオンが放つ殺気は、わずかなものでも腹の底が冷えるほどに恐ろしい。
バニラもごくりと唾を飲むほどの迫力で、リオンはバニラを背にかばうようにして彼女たちに歩み寄った。
「こいつはな」
言いながら、リオンは背後のバニラを指さす。
「おまえたちが思う以上に阿呆でどうしようもない女だ」
「え、ちょ、先輩?」
何か愛にあふれた一言でも言ってもらえるんじゃないかと期待したバニラは、拍子抜けして裏返った声をあげる。
しかし、リオンはお構いなしだ。
「二週間ほど共に生活をしていて、こいつの阿呆具合はよくわかった。何もないのに喜んで踊り出す。気づけば寝食を怠る。洗濯、掃除、料理が壊滅的。そして、今日はオリエンテーションをすっぽかしてここに居たらしい」
「オリエンテーション……? あ」
そうだ。
今日は四年生が含まれるバディに向けたオリエンテーションがあったのだった。
そのオリエンテーション後に入れていた支援クエスト四つの予定はしっかりと覚えていたが、オリエンテーションについてはうっかりしていた。
じとりとこちらを睨んだリオンに「ごめんなさいぃ」と消え入りそうな声で謝ったバニラにふんと鼻を鳴らしてから、リオンは目の前の三人組へと向き直った。
「おまえたちもオリエンテーションに出ていた四年生だろう。同学年で足を引っ張り合っていないで、勉学と修行に励め。馬鹿な奴は実戦に赴けば死ぬぞ」
「はい……」
「行こう」と声をかけあって、去っていく三人組は意気消沈した様子だった。
愛するリオンに思わぬ現場を見られ、更に殺気を放たれながら怒られたのだ。意気消沈もするだろう。
そして、バニラも同じく意気消沈していた。
しょんぼりとうなだれるバニラを振り返ったリオンは、一瞬声をかけるのにためらった様子だった。
当然だ。いじめられていた少女が落ち込んでいるところに、かけられる言葉なんて瞬時に思いつくものではない。
はあ、とため息をこぼしたバニラはぽつりと言った。
「せっかく先輩とオリエンテーション受けられるチャンスだったのになぁ」
「やはり阿呆だったか、おまえは」
バニラより深々と息を吐いたリオンに、バニラは顔を上げる。
どこか安堵した様子のリオンにバニラは精一杯の元気な笑顔を見せた。
「でもでも、先輩にぎゅっと後ろから支えてもらえちゃったのはラッキーでしたね!」
「支えてはいない。勝手に倒れてきたんだ、おまえが」
「またまたぁ」
ふふふ、と声を出して笑うとリオンが「やかましい」と眉を寄せる。
リオンは機嫌が悪かったんだと思い出して、「オリエンテーション忘れちゃってごめんなさい」と再度きちんと謝罪をすると、リオンは不機嫌な表情をひっこめて組んでいた腕をほどいた。
「ああいうことは日常か」
「ええ、勇者の娘だけど、その血も流れてないし、出来損ないなもので。先輩には見られたくなったなぁ」
笑顔で、極力なんでもないような調子で言ってみせる。
リオンはバニラの表情をじっと見てから、何かを飲み込んだ様子で「そうか」と静かに目を閉じた。
バニラは何か言わなければと頭の中を検索したが、うまい冗談は見当たらなかった。
やはり出来損ないだ。
静かに落ちる気まずい沈黙を破ったのは、懐から書類を取り出したリオンだった。
「オリエンテーションでもらった依頼書だ。クエストの練習として受けろとのことだ」
「討伐クエストですか」
「近辺に住む弱い魔物の討伐だが数が多い。四年生が含まれるバディが総出で狩ることは伝統になっている。初陣のための合同討伐クエストだな」
「わっ、依頼詳細にバディの懇親を兼ねるって書いてありますよ! 先輩と私、ますます仲良くなっちゃいますね、きゃっ」
「一切仲良くないものが、仲良くなるわけがあるか。阿呆が。ちなみに、これは実技テストを兼ねるらしい。討伐数に応じて点数がつくそうだ」
「わっかりました! 総合成績一位への第一歩ですね」
「おまえの自信はどこからくるんだ」と肩を竦めるリオンに笑いながら、バニラはクエスト日程を見やる。
出発は三日後。それまでにクエスト準備を整えつつ、日課の支援ポイント集めと一週間後に迫るペーパーテストの対策を進めるとなると、時間がいくらあっても足りない。
となると、打てる手はひとつだ。
『アレ』使う機会増えるな。体もつかなぁ。
心の中で呟いたバニラは、薬草の在庫を頭の中で数え始めた。