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37 父の勇者


「おおっ、バニラか? 元気だったか、俺の娘よ!」

「元気だったよ、お父さん! でも、何事? どうしたの? 喧嘩してるの?」


 久々の再会を笑顔で喜んでいるバニラの養父である勇者ヘリオス・ラッカウスは、現在もめ事の中心にいることは間違いない。

 受付係の青年がじとりとヘリオスを睨んでいる様子に慌てて駆け寄ると、ヘリオスは「いや? 喧嘩してねぇよ?」ときょとんと首を傾げた。


「俺は竜の里に行きたいんだが、この兄さんがダメだーって言うんだよ」

「勇者様であろうと、アレイアード伯からのご依頼であろうと規則は規則。討伐クエストは、ひとりでは受注はできませんっ」


 生真面目そうな受付の青年が腕を組んで答える。

 「な?」と精悍な顔に情けない表情を浮かべる父は相変わらず勇者と呼ばれるには威厳が足りない。

 「も~」とバニラが呆れていると、背後からリオンが歩み寄ってきた。


「ん? おまえは、星空の魔術師じゃねぇか! バニラから手紙で話は聞いてるぞ。相変わらずの色男だ」

「星空の魔術師?」

「お父さんがつけた先輩の二つ名です。先輩がきれいな顔してるからですよ」


 夜を思わせる漆黒の髪と赤い星のような瞳。

 きらめく容姿を持つリオンのことをヘリオスは星空にたとえたのだ。

 血はつながっていなくとも親子。

 美的感覚はぴったりだ。


「久しぶりだなぁ。大きくなっちまって。すっかり大人の顔してんじゃねぇか」

「お会いできて光栄です」


 バニラくらいの年齢の娘がいても違和感のない年齢であるはずのヘリオスは、魔術を使っているのではないかと噂がたつほどに見た目が若い頃から変わらない。

 にっと少年のような笑みを浮かべたヘリオスに、リオンが穏やかに笑む。

 その光景を見ていたバニラは、興奮気味に「ほら!」と声をあげた。


「私はず~っと言ってきましたよねっ。先輩と私は森で運命の出会いをしてるんだって! お父さんと合流できたときなんて、『本当の勇者さまだぁ』って目をキラキラさせてたじゃないですか」

「たとえそうであったとしても、そこまで阿呆な声はだしていないだろう」

「そういや、星空先輩はあの森でのことは忘れちまってるんだったか? 手紙で聞いたよ。残念だなぁ、せっかく出会ったってのに忘れられてるのは」


 素直に感情を吐露して、寂しさを表情に乗せるヘリオスに、リオンは「申し訳ございません」と眉を下げて謝罪する。

 リオンはやっぱり変わらず、勇者ヘリオスのファンだ。

 ずっとリオンを見てきたバニラには、リオンが心から申し訳なく思っていることが理解できた。


「それで、ヘリオス様は竜の里に行くと聞こえたのですが」

「ああ、そうだ。アレイアード伯から依頼を受けてな」

「クーリアのご両親からの依頼ってことだよね」

「おっ。お嬢さんがバレンティアに通ってるとは聞いてたが知り合いだったか」

「アレイアード伯からはどういったご依頼を受けたのですか?」


 慎重に訊ねるリオンの言いたいことをヘリオスは察した様子だ。

 バニラとリオンをじっくりと値踏みするように眺めてから、「まあいいか」と呟いてふたりの肩にいきなり手を回してきた。

 驚いているバニラとリオンの体をぐっと寄せて、ヘリオスはふたりに同時に耳打ちする。


「おまえら邪竜を知ってるな? 大きな声では言えないんだが、そいつの動きが最近怪しいらしい。ひと思いにやれそうなら、やっちまってほしいっていう直々のご依頼だ」


 バニラは目を見開いてリオンを見やる。

 リオンもバニラの方を向いていて、目が合うと彼は頷いた。


「お父さん。私たちも、それを倒しにきたところなの。邪竜退治のクエストなんて出てないかもと思ってたけど、ちょうどよかった」

「どこでそんな話に……。あ、シャルが何か言ったか」

「うん。シャルは竜の里の王子様なんだって」

「あいつがぁ? そんな柄じゃないだろ」


 くっくと笑って、バニラの鞄を軽く小突いてからヘリオスはふたりから身を離す。

 それから、バニラとリオンを見据えて真剣な目をした。


「まあ、俺から言えるのはやめとけってことだけだな。課外学習かなにかで来てるんだろう? 学生が命を賭ける必要はない」


 ヘリオスの意見はもっともだ。

 勇者が邪竜を倒しに行くというのなら、任せてしまった方がいい。

 それでも、バニラは邪竜退治に行く父をひとりで行かせたくはなかった。


「お父さんだって命を賭けるんでしょ。ひとりでなんて行かせられない。私たちも行く!」

「大丈夫だってぇの。バディなら、その辺で見繕ってくる。おまえたちは安心してここで……」

「ヘリオス様。失礼ですが、先ほど『この辺で一番できる魔術師』を探していませんでしたか?」


 親子の攻防に割って入るように、リオンが珍しくとぼけた口調で訊ねる。

 詰め寄ってくるバニラを体を軽く反らしてかわしていたヘリオスが「おう」と頷いた。


「今回の討伐対象には物理攻撃が通用しないらしくてな。俺で倒せる相手かはわからんから、魔術の専門家を連れて行きたいと思ってたところだ。……そういや、星空先輩はフラメル家の息子だったか?」

「そうです。私を探しているのだろうと思ったので、娘さんとの会話中に無礼でしたがお聞きしたのです。間違いなく、今動けるこの辺で一番できる魔術師であることは確かでしょう。連れて行っていただきたい」

「しかしな……。おまえたちはバディなんだろ? 星空先輩だけ連れて行くわけにもいかない」


 ヘリオスがリオンの提案に眉根を寄せて見た先はバニラだ。

 娘であるバニラの身を案じてくれているのはよくわかるが、バニラも冒険者見習い。

 いつまでも子ども扱いされていることに、バニラが抗議しようと口を開くと、リオンがそれよりも先に言葉を発した。


「娘さんは、ヘリオス様が思っているほど弱くありませんよ」


 はっきりと言われた言葉に、バニラはドキリとする。

 バニラを守ってくれているばかりのリオンが、そう思ってくれていたことが嬉しかった。


「俺にとっては、いつまでも非力でかわいい娘なんだよ。どんなすごい魔術が使えようともな」

「彼女は危機的場面で頭も回るし、何より賢い。普通の魔物相手なら、その辺の冒険者よりも活躍するでしょう」

「今回はふつうの魔物相手じゃないだろ」

「このクエストを受けたいと言い出したのは、そもそも娘さんです。この頑固者はやると決めたら譲りませんよ。ここで追い払ってもこっそり里に向かいます。それなら、目の届く場所に居させた方がいいのではないですか?」


 リオンに褒められたことが嬉しくて、表情がとろけそうになるのを我慢する。

 心配そうにこちらを見ているヘリオスを見つめ返して、バニラは頷いた。


「そう。私はお父さんが反対したって、先輩と一緒に竜の里に行くよ」


 力強くそう言うと、ヘリオスは脱力したように笑う。

 「そうだなぁ」と肩をすくめて、ヘリオスはバニラの頭をもふもふと撫でた。


「おまえはそういう子だわな。仕方がないわがまま娘だ」


 諦めた様子でそう言って、ヘリオスは頑なに腕を組みっぱなしにしてこちらの様子を窺っていた受付の青年の元へ歩み寄る。

 「騒いですまんかった」と軽く手をあげてから、ヘリオスはその手でそのままバニラとリオンを指さした。


「さっきのアレイアード伯からのクエストな。受注者を俺とあの二人に変更してくれ。ひとりで行くのが問題なんだろ? 三人なら問題なしだ」

「パーティで行かれるというのなら問題はありません」


 ようやく首を縦に振った青年が受注の手続きを開始する。

 表情を華やがせたバニラに、ヘリオスは得意げに親指を立てた。


 *


「ほ~ん。シャルはバニラと子を成せって、せっつかれてると」

「こえぇよ、親父殿」


 竜の里に向かう許可がようやく降りた一行は、旅支度を整えて早速山を登っていた。


 アレイアード伯爵から話を聞いただけのヘリオスは人間側が知り得ている情報しか持っていない状態だった。

 竜族側であるシャルルの持っている情報を伝えると、ヘリオスはバニラの頭に乗るシャルルを射殺すような目で見始めた。


「シャルと出会ったのも、ちょうどこの山だったよね。シャルは里を出たばっかりだったの?」

「そ。毎日毎日人の子さらってきて子をつくれとか言われて、マジでオレ様参っちゃってたのよ。そこにたまたま通りすがったのがバニラだったんだよな」


 うんうんと頷いて懐かしい過去に思いを馳せるシャルルに、「ほう」とからかうようにリオンが瞳を眇める。


「それでは誰でもよかったという風に聞こえるな」

「え!? 誰でもよくて私に求婚したの!?」

「え~と、まあ当時はそうなるんだが、やめろ! 親父殿の前で!」

「今晩はドラゴンスープもいいかもしれねぇなぁ」

「ほら、怖いこと言ってんだろが!」


 絶対零度の視線にシャルルは震えてバニラの肩へと避難する。

 バニラが「こら、お父さん」とシャルルを敵視するヘリオスに注意をすると、ヘリオスは肩をすくめた。


「シャルはかわいい奴なんだが、どうにも軽いのがなぁ。バニラを女として見てるのも、距離が近すぎるのも気になって仕方がねぇ」

「バニラと距離がちけぇことに関しちゃ、むっつり先輩だって負けてねぇだろ! なんで、オレ様だけなんだよ」

「バディなのだから、俺がこいつと一緒にいるのは当然のことだろう。ヘリオス様が俺を牽制する理由はない」


 さらりと言うリオンに対して、ヘリオスは「いんや?」と首を傾げる。

 意外な反応にバニラがヘリオスへと視線を向けると、ヘリオスはすべてを見透かしたような目でリオンを見ていた。


「俺の宝を本気でほしがってない奴を牽制する必要はないってだけだ」

「ん? どういう意味?」


 よく意味がわからずに首を傾げたバニラとは反対に、リオンは一瞬表情を歪めた。

 リオンは言われた意味がわかったのだろうことは理解できたが、それ以上はわからない。

 バニラの頭が疑問符でいっぱいになっていると、シャルルが「お!」と言ってバニラの肩からふわりと飛び上がった。


「ここだぜ、竜の里」


 シャルルが小さな手で指し示した先を見る。

 じっくりと見る。

 しかし、バニラには何も見えなかった。


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