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34 アレイアード家の使命


「かんぱ〜い!」


 バニラの突き抜けるほどに明るいかけ声と共にグラスがぶつかる。


 あの誘拐事件から時が経ち、夏も終わりを迎えた。

 涼しさが目立ち始めた頃に行われたペーパーテストの結果、バニラはクーリアを抜いて独走一位を奪還したのだ。

 クーリアがとった満点に更に十点加算された、前代未聞の成績をバニラが獲得することができたのは、問題に引用された術式の間違いを指摘したからであった。


 バニラを蔑んでいた周囲の中には、当然まだバディであるリオンの力だろうとバカにしている者も多かったが、この結果には、さすがに見る目を変えるものもいた。

 巨大掲示板に張り出された結果で、バニラの名がありえない点数と共に現れると「おお」と感嘆の声があがっていた。


 しかし、バニラにはそんなことを気にしている余裕は全くない。

 この喜びをクーリアと共有して抱きしめあって跳ね回ることに忙しかったし、リオンに褒められるために彼の周りをくるくる回って「先輩先輩見ました!?」とはしゃぎまわることに夢中だった。

 そうして狂喜乱舞をしたバニラは「おめでとう! こんな最高の日は記念日にして、ケーキを食べるしかないな!」というエドガーの言葉に賛同し、パーティーを開催することに決定したのだ。

 それもバニラとリオンの部屋にて。


「……ここは俺の部屋でもあるんだぞ。騒ぐな」

「なんですか、もう。先輩にパーティーしたいです! って言ったら、『フルーツケーキを用意するなら許可しよう』って言ったじゃないですか」


 ソファーに腰掛けてやかましそうにしているリオンは、ちゃっかりリクエストしたフルーツケーキを食べている。

 なんだかんだ、バニラが一位をとったことに「よくやった」と一言くれたリオンもこのパーティーを楽しんでくれていることがわかって、バニラはにまにましてしまった。


「それで、あなたがうちのエドガーとバニラを救ってくれたドラゴンというわけですわね?」

「おうよ、お嬢さん。シャルル様だぁ。よろしく頼むぜ」


 シャルルは、専用の小さなグラスに注がれたジュースを揺らしてウインクを決める。

 今日はバニラの満点越えの一位を祝うためのパーティーではあるが、シャルルをクーリアに紹介する会も兼ねていた。


 しゃべる竜は珍しい。

 実験対象として捕獲されてしまう可能性もあるため、シャルルの存在を公にするつもりはなかったのだが、エドガーと関わってしまった以上、クーリアと交流することも構わないだろうという決断をしたのだ。


「うちのがたいへんお世話になりましたわね。あなたがいなければ、私は大切な執事と友人を失っているところでしたわ。ありがとうございました」

「ふ〜ん。あの迷推理ぶちかましてたお嬢さんとは思えないほどおしとやかで驚いたぜ」


 首を傾げるシャルルの目は完全にクーリアをからかっている。

 「なっ」と言葉に詰まったクーリアは自身の口元を覆ってその真っ赤な顔を隠した。


「あ、あなたあのときいましたの!?」

「あれ? いたっけ? クーリアと初めて会ったときのことだよね?」


 あの時シャルルは鞄の中にいてくれたのだっただろうか。

 思い出せないでいると、シャルルはその小さな手を広げておどけてみせた。


「オレ様はバニラの使い魔だからなぁ。こっそりひっそり傍で見守ってるってわけよ」

「使い魔ということは、シャルル様とバニラは契約を結んだんだよな。契約魔術って難しいんだろう?」


 自作のフルーツケーキの味を確かめるように、真剣な表情で食べていたエドガーが顔をあげて疑問を投げかけてくる。

 バニラは「ううん」と首を横に振った。


「シャルとは何にも契約してないよ」

「うん? 使い魔って、契約していつでも呼び出せるようにして自分の代わりに戦ってもらったりする魔物だろ?」


 エドガーの言うとおり、使い魔は魔術師と契約する魔物だ。

 人に害を加えないよう調教して戦わせるための魔物が一般的な使い魔だ。


「魔術師と使い魔ってどうしても主従関係みたいになっちゃうでしょ? 私とシャルは友達だから契約で縛らないことにしてるんだ。シャルがいつでも自由にどこにだって行けるように」


 魔術師が使い魔と契約をするのは、使い魔である魔物が反旗を翻せないよう鎖をつけるためという意味もある。

 契約をされた魔物は主人である魔術師を攻撃しようとすると体に激痛が走る呪いをかけられるのだ。

 そういった鎖は、バニラとシャルルの間には不要だった。


「ま、オレ様はバニラに惚れてるから一生離れてやんないけどなぁ。そういう意味でオレはバニラの使い魔だな」

「あ、そうそう。シャルとはナンパで出会ったんだよ」

「「ナンパ!?」」


 エドガーとクーリアが声をそろえて驚愕したのと同時に紅茶を飲んでいたリオンが盛大にむせた。


「どういうことですの? ドラゴンにナンパされて、いいですわよー、で友達になったと?」

「そうだよ。お父さんとの旅の途中に、山を歩いてたらシャルがぴゅーって現れて『オレ様と結婚する気ねぇか?』って。ねえ?」

「あんときの親父殿のオレ様を見る目は、きっと魔王をにらんだときの目と同じだったぜ」


 大げさに震え上がるシャルルは、本当に突然現れて切羽詰まったようにバニラに求婚してきたのだ。

 なにか焦っているような様子だったシャルルの突然の求婚に怒る父をなだめて、バニラは「お友達なら!」と答えたのだ。

 そのときには、もうバニラはリオンに出会っていたので、シャルルにリオンのことを丁寧に説明して結婚は難しいという話もした。

 それでも、シャルルは未だ一緒にいてくれている。


「結婚は先輩とするから無理だけど、シャルとはずっと一緒に居たいな〜って思ってるよ」

「オレ様のバニラはやっぱかわいいだろ。こういうこと言うから離れらんねぇんだよなぁ」


 ふざけながらも愛しげにものを言うシャルルに全員呆然としたが、一番あっけにとられていたのはクーリアだった。

 ふらふらと近くの椅子に座ったクーリアは頭を抱える。

 そして、半分呻くように声を出した。


「……驚きましたわ。ドラゴンにこんな軽薄な者がいるとは」

「あ、そういえばクーリアはアレイアードの領主様の娘さんなんだよね」

「ええ。竜に守られた楽園と呼ばれる自慢の領地ですわ」


 ドラゴンがいる山があるアレイアード領は巨大な港もある恵まれた場所だ。

 確かシャルルと出会ったのは、そのアレイアード領だったはずだ。


「アレイアードでのドラゴンのイメージとシャルル様のイメージは随分と違いますね」

「ええ。かけ離れすぎていて本当に同じドラゴンなのかと疑うレベルですわ」

「へえ。クーリアのイメージするドラゴンはめちゃくちゃ怖い感じ?」


 地下迷宮で出会ったドラゴンは恐ろしかった。

 だが、バニラの中ではドラゴンはシャルルのイメージである。

 ドラゴンに出会えば死を覚悟するのは確かだが、ドラゴン全体を恐怖の対象とは感じられなかった。

 クーリアは違う様子であり、バニラの言葉に深く頷く。


「ええ。心の底から恐ろしいと思っていますわ」


 固い言葉の響きには、染みついた恐怖が感じられる。

 アレイアード領は竜に守られた楽園だ。

 ドラゴンをあがめている者もいるはずだが、領主の一族は違うのだろうか。

 バニラが首を傾げると、その疑問にエドガーが答えた。


「アレイアードではドラゴンを信仰する宗教も存在してる。ドラゴンが生息する山があることで、アレイアードに他の魔物がよりつきにくくなっていることは確かだからな。でも、その山にある竜の里には恐ろしいドラゴンが眠ってるんだ」


 シャルルが珍しくその大きな瞳をすっと細める。

 バニラが「恐ろしいドラゴン?」と繰り返すと頷いたクーリアが口を開いた。


「魔王と呼ばれた魔物が出現するよりもずっと昔。アレイアード領は死の大地と呼ばれていましたわ。その原因である邪竜が竜の里には眠っていますの」


 クーリアは、畏怖を抱いた声音のまま、おとぎ話を語るように話し出す。


 世界を恐怖に突き落とした魔王と呼ばれた魔物が生まれる以前にも、世界は危機に瀕したことがあったそうだ。

 

 邪竜の出現。

 それにより、世界は死に包まれた。


 その巨大な口から吐き出される黒い炎でアレイアード領は死の大地と化した。

 その惨状は誰もが世界の終わりを予感するものであった。


「ですが、世界には救世主である賢者様が現れたのですわ。賢者様は邪竜をふたつに分けてそれぞれ別々の地に封印しましたの。片割れが、アレイアードの山にある竜の里で眠っているのですわ」

「アレイアード家はその邪竜を監視する役割も勤めています。一度クーリア様と一緒に見に行ったのですが、眠っている竜のあまりの恐ろしさに震えました……」


 光景を思い出したのだろう、身震いするエドガーの表情から察するに邪竜は相当恐ろしいものなのだろう。

 眠る巨大な邪竜を想像しようとしたが、丸くなって眠るかわいらしいシャルルのイメージが邪魔をしてうまくできなかった。


「アレイアード家が呪術に特化しているのは、邪竜には物理攻撃が通らないからですわ。どんな強力な呪術をもってしても、足止めしかできないというところが邪竜の恐ろしいところなんですのよ。もしものときの世界に対する延命のための一族がアレイアード家なのですわ」

「そんなに恐ろしいのがいるんだね……。そういえば、お父さんもアレイアード領は長居したくないって言ってたな」


 勇者である父なら、邪竜も倒せるのかもしれない。

 だが、幼いバニラを連れていた彼は危険を避けたかったはずだ。

 アレイアード領を通る際には、さっさと通り抜けていた父は邪竜の存在を知っていたのだろう。

 父の優しさに思いを馳せていると、シャルルが「おいおい」とあきれたような声を出した。


「パーティーだってのに、こえぇ話はやめとこうぜ。今日はバニラの満点一位を祝う会だろが。邪竜の話なんかしてる場合じゃねぇよ。ほんとによくがんばった! 偉い! さすがオレ様のバニラだぜぇ!」

「そうでしたわね。負けたことは気に食わないですけれど、草を生で食べまくりながら努力した結果が出ましたものね」


 場の空気を変えるようにシャルルが小さく拍手をする。

 そこで、ようやく今日はパーティーだったのだということを思い出して、バニラも再びはしゃぎだした。

 クーリアとエドガーもシャルルが作った空気に乗って、バニラの努力が実ったことを祝福している。


 祝いの席から一歩離れた場所から見ているリオンだけが、シャルルの思い詰めたような横顔を見ていた。


 *

 

「遠征クエストかぁ」


 翌朝、いつも通り支援クエストで向かった薬草園でドウェインからある書類を手渡された。

 そこには、秋の実技テスト課題が記されていた。


「随分早めの課題発表なんですね」

「遠征クエストだからね。どこに行くかも、何を倒すかを決めるのも課題。だから、早めの発表にしたんだよ。遠征クエストを課題に出すと、結構背伸びして死んじゃう子も多い。バニラ君もリオンとよーく話をして決めるんだよ」


 薬草園の中のハンモックに揺られてドウェインが暢気に物騒なことを言ってくる。

 「わかりました」とぴりっとした気持ちで頷くと、ドウェインは微笑んだ。


「危険は当然あるけれど、遠征クエストは冒険者の醍醐味だ。危険がセットの旅行みたいなものだからね。バニラ君は旅慣れているだろうし、リオンをよろしく頼むよ」

「そっか。先輩と旅行みたいなものですよね! 婚前旅行だなんて、なんだからちょっと照れちゃいます……」


 突然もじもじしだすバニラにも、ドウェインは慣れたものだ。

 眼鏡をはずして胸ポケットにしまうと、一眠りする気なのか目を閉じた。


「行く場所、何を討伐するかを決めたら俺に報告してから出発すること。秋のペーパーテストまでに帰ってくればいいからね。……はあ、それまでの間ここの管理をひとりでやらなきゃいけないと思うと憂鬱だな」

「しっかり、雑草抜いておいてくださいね! 先生っ」


 ふっと笑って「できるだけね」と言ったドウェインから今日も今日とて大量の薬草をもらったバニラは薬草園をでると、シャルルのいる鞄に薬草を入れる。


 今日はあと五件の支援クエストをこなした後に、クーリアとの勉強会が待っている。

 ハードスケジュールの移動時間を『氷結する世界』を使って済まそうと考えていたとき、鞄の中から「バニラ!」と声がかかった。


「シャル? どうしたの?」


 シャルルは外ではあまり声を出さずに身を潜めていることが多い。

 突然の大きな声にバニラが目を丸くして鞄を覗くと、シャルルは薬草に埋もれながら、こちらを見上げていた。

 なにか言い掛けて躊躇しているシャルルにバニラが首を傾げる。

 大きな瞳を揺らして、意を決した様子でシャルルはようやく口を開いた。


「邪竜を! 倒しに行かねぇか? アレイアード領に」



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