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33 甘味の夢


「な〜んで、むっつり先輩まで魔力切れ寸前で入院なんてことになるんすかねぇ。あ、退院おめでとさん」

「……うるさい口は閉じることだな、ちび竜」


 翌日。

 リオンは病院の一室で帰り支度を進めていた。


 人間の姿をしたシャルルは、リオンと共に転移石でイニジオの町へと降り立ったあと、ひとりで衛兵と医者を呼びに行ってくれていたのだ。

 シャルルが連れてきてくれた医者たちにエドガーとバニラを任せた後、リオンもふらりと倒れてしまったのは、単に魔力爆発で床をぶち抜いたからだけではない。


 バニラに魔力を送りすぎてしまったから故なのではあるが、キスを二回もしたなんてことをこのドラゴンに伝えるわけにはいかない。

 リオンは自分の死後、シャルルにバニラのことを託しているのだから。


「むっつり先輩は、ほんとにオレにバニラを譲る気があんのかねぇ? オレ様をヒーローにするんだったら、魔力回復薬だけくれさえすれば、教会につっこんでって大活躍決めてやったってぇのにさ」

「衛兵と医者を呼んでくるとおまえが提案したから任せただけの話だ。いいとこどりをしようとしたわけではない」

「バニラから聞いたぜ。真っ赤になって『あのね、シャル。私、先輩とチューしちゃったんだ』って」


 ベッドシーツを整えていた手が滑って転びかける。

 あの阿呆には、やたらとなんでもこのちび竜に話すことだけはやめてほしい。

 愛らしい竜だと思っているのだろうが、実際はリオンとほぼ同じ背丈の青年だということを知らせてやろうか。


 じとりとにらむと、ベッド脇の椅子に腰掛けていたシャルルはにんまりといたずらっ子の笑みを浮かべた。


「おお、チューだったのか? 魔力供給してもらったとだけ聞いてたんだけどなぁ。バニラの言い方があんまりかわいかったから、キスでもしたのかと思って鎌かけたんだけどよ」

「おまえな……」


 苛立った様子で眉を寄せるリオンにシャルルは肩をすくめる。


「イライラするのはこっちだってぇの。手放したい、任せたいって言いながら手出してんだからな。これだからむっつりは」

「黙れ。魔力供給しただけだ。あのままではあいつは死んでいたかもわからん」

「魔力供給でもなんでもいいけど、バニラのあんたへの恋は叶わなかった初恋として終わらせる気なんだろ? そのつもりなら、ファーストキスなんか奪っちゃダメだったんじゃねぇの?」


 軽い口調で言っているが、シャルルの言うことはもっともだ。

 リオンが何も返せずにいると、シャルルが深くため息をこぼした。


「そんな中途半端な感じじゃ、オレ様本気で奪うしかなくなっちまうぜ?」


 シャルルの声色が変わった気がした。

 横目に見やると、シャルルの青い大きな瞳が細められている。

 挑戦的な光が宿るその目に、今度はリオンがため息をこぼした。


「本気で奪ってもらわなくては困るだろう。俺の計画ではな」

「ンだよ。動揺しろっての、つまんねぇなぁ。つか、マジな話、実家がうるせぇから、オレ様もそろそろ……」

「おまえが最近言うその実家っていうのはなんなんだ。そもそもおまえは元が人間なのか竜なのかも怪しいところだ」

「なんだとぉ? そりゃオレ様は立派な……」


 ふざけた調子でなにか言い返そうとしていたシャルルが突然光って小さな竜に戻る。

 リオンも気配に気がついて病室のドアに目を向けると、ドアが開いてエドガーが顔を見せた。


「フラメル様。体調はいかがでしょうか? 転移石を入手できましたので、お迎えにあがりました」

「高価だっただろう」

「こちらに来るときに使った転移石はフラメル様の私物だったとシャルル様からお聞きしています。これでトントンです」


 折れた腕を吊ったエドガーが笑む。

 「余計なことを……」とシャルルにじとりと視線を送ると、小さな竜は目をそらした。


「それで、フラメル様にひとことお伝えしておきたいことが」

「なんだ?」

「私はバニラとは友人でいようと思います。よい、友人で。それは許していただけますか?」


 笑みを潜めてこちらを見つめてくるエドガーの目は真剣だ。

 エドガーには、この想いがバレてしまっていたのだろう。

 同じ女を好いているのだ。当然のことなのかもしれない。

 少しの間目を閉じたリオンは、肩をすくめた。


「あいつは俺のバディではある。だが、俺の所有物ではない。交友関係に口を出す気など毛頭ないということだ。好きにすればいい」

「はい。……ほら、バニラ。いつまでも隠れてたって仕方がないだろ」


 爽やかに頷いたエドガーの背中。

 長身の彼の背に小さい金色頭が隠れていることはわかっていた。

 「うう」と小さく言って、バニラがエドガーの背中からひょこりと顔を出す。


 真っ赤になっているバニラの緑色にきらめく瞳と目が合った。

 毎度毎度、瞳を見る度にこいつは目の中に星でも飼っているのかと考えてしまう。

 照れくさそうにしているバニラの唇に思わず目がいってしまうと、どうしてもあのキスの感触を思い出す。


 望まれるままにした二回目のキスはほとんど魔力供給なんて関係なかっただなんて誰が言えようか。

 リオンは「ふん」とわざと大きく鼻を鳴らした。


「なにを恥じらっているのかは知らんが、あれは魔力供給だと伝えたはずだ。いつまでももじもじしているな。何事かと勘違いされるだろう」

「う、うううう! わかってても照れくさいんじゃないですかぁ!」


 真っ赤な顔を両手で覆っているバニラにわざとらしくため息をこぼす。

 内心では「かわいいな、小動物か」とまで思ったが秘密だ。


「……そんなふぬけた顔を晒すな」

「わかります! 鬱陶しいですよね! もうちょっと耐えてください」


 鬱陶しいわけではないのだが、「かわいらしいからだ」と伝えるわけにもいかずに、リオンは黙り込む。

 病室に漂う微妙な空気に咳払いをしたのはエドガーだ。


「さて、フラメル様。いきましょうかね」


 よい友人でありたいなんて言っておきながら、声音が刺々しいあたり、エドガーはまだまだ想いを捨てきれてはいないのだろう。

 ひとりの男として好いた女がモテるのは気が気ではないが、死後に託せる相手が増えることは望ましい。


 特段つっこむこともなく「ああ」と返事をして病室を出る。

 シャルルがぴょんとはねてバニラの鞄の中に入り、エドガーが先頭で病室を出ていく。

 その後を追うようにして歩いていたリオンの袖を引いたのは、バニラの小さな手だった。


「先輩」


 精一杯の背伸びをして、それでも届かなかったのだろう。

 肩に手をかけてきたバニラに、リオンは自然に耳を寄せていた。


「昨日はほんとにありがとうございました。やっぱり、私先輩のことが大好きなのをやめられそうにありません」


 耳に吹き込まれたささやき声に思わず、耳を押さえ込む。

 リオンを追い抜いて病室を出たバニラは、振り返ると日溜まりのような笑顔を見せた。


「三つの試練は絶対に乗り越えてみせます。先輩のバディも頼まれたってやめません。だから、きっと私と結婚してくださいね」

「おーいバニラ、行くぞ」


 病院の会計をすませるために先を歩んでいたエドガーが少し離れたところで呼んでいる。

 「秘密です」と唇の前に人差し指を立てて、ぱたぱた走っていくバニラにリオンは熱くなった顔を覆った。


「くっそ……。期待するな」


 バニラとの未来を。

 彼女と同じように夢見てしまう自分を、また胸中で殴り倒しておいた。

 

エドガーの恋破れる3章もこれにて完結です。お読みいただきありがとうございます。

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