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31 廃墟の過去


「なんだ、おまえはァ!? ぐあっ!」


 天井が落ちてきた衝撃でエドガーから手を離してしまったらしい男の顎にエドガーの肘が入る。

 脳を揺らされて男が倒れると、武器を手にしていた男たちはじりりと後ろに下がった。


 一番偉そうだったあの男はこの連中たちのリーダー的な存在だったのだろう。

 そんな男が倒れてしまった上に、目の前の瓦礫の山に立つのは殺意に満ちた黒髪の魔術師。


 ひるむ男たちを前にリオンがスッとその赤い瞳を細める。

 穴が空いた天井からさす光の中、リオンの輝く瞳が彼らには恐ろしく映ったことだろう。


「ひっ、に、逃げろ!」

「撤退だ!」


 ある者は武器を落とし、またある者は転倒しかけながら翻って走り出す。

 響く悲鳴の中、空気を裂くように響いたのはリオンの声だ。


「他でもないこの俺のバディを誘拐したんだぞ、おまえたちは。逃げられるわけがないだろう」


 リオンがまっすぐに彼らの方に手を伸ばす。

 その手から放たれた魔力で編まれた糸は網目状に繋がり、逃げまどう連中の上に覆い被さる。

 ずしりとした重量を持った魔力の網は男たちをとらえて、彼らの上にのしかかった。


 響くうめき声の中、リオンが瓦礫の山を下りてくる。

 ひねりあげられた腕を押さえてぐったりしているエドガーの傍らにいたバニラを見下ろして、リオンは眉を寄せた。


「おまえ……その魔力はどうした」

「先輩っ。先輩、来てくださって、本当にありがとうございます」


 リオンを見上げて、バニラは自分がはじめて泣いていることに気がついた。

 ぼろぼろとこぼれた大粒の涙が頬を伝っている。

 「あれ?」と涙を拭っても、どうしても止まらない。

 ひぐっとしゃくりあげてから、くしゃくしゃの顔でバニラはリオンを見上げた。


「私……もう、先輩に会えないんじゃないかって! 不安で死んじゃいそうで。それが、何よりも怖くって。だから、会えて……本当に、うれしくって」


 リオンが目を見開いてこちらを見ている。


 ああ、不細工な顔を見せてしまった。

 一晩中苦しんでいたせいでボロボロだし、全身が見苦しいことこの上ないだろう。


 いつも守ってもらってばかりで、恥ずかしい姿ばかり見せて、情けない思いはある。

 それを上回るほどにリオンの顔を見られたことが嬉しかった。


 ぐすっと鼻をすすって、バニラは涙をぐしぐしと拭う。

 泣いている場合じゃない。

 エドガーは腕が折れているかもしれない。


「先輩。エドガーの腕が心配です。びょうい、んに……」


 涙は止まらないままに、バニラがエドガーの腕の件を伝えようとしていると、体をふわりと包まれた。


 抱きしめられている。

 そう理解したのは数秒後だ。

 頬に当たる柔らかな黒髪。

 背中に回った大きな手のひら。

 ゆっくりと流れ込んでくる暖かさは魔力だ。


「勘違いするな。魔力供給だ。なぜおまえは死にかけている……。エドガー、おまえの怪我については心配するな。あのちび竜に衛兵と共に医者を連れてくるよう伝えてある」

「そうですか……。ありがとうございます。そして、申し訳ありませんでした、フラメル様。大事なバディを連れ出して、守ることもできず」

「……構わん、とは言ってやれん器の卑小な人間であることを俺は謝ろう。だが、こいつも一端の冒険者だ。自分の身も守れんようでは未熟すぎる。そして、この俺自身もバディを守ってやれないのだから同罪だ」


 腕を押さえて青い顔をしているエドガーにリオンはバニラを抱きしめたままに治癒術を施す。

 少し痛みが和らいだのか、ふっと笑みをこぼしたエドガーは首を傾けた。


「卑小な器をお持ちの方の言葉じゃないでしょう……。バニラの魔力拘束具は、魔力開放型です。解除しないと魔力は流出し続けます」

「解除方法は?」

「これじゃないかと」


 エドガーが差し出したのは、折り畳まれた小さな紙だ。

 リオンが受け取って広げたのをバニラも覗きこむと、そこには解除術式が記されていた。


「俺がつけてるタイプの魔力拘束具は破壊すればいいですけど、バニラがつけてるタイプは魔力回路への結合が深いんです。下手に外すと、魔力回路を傷つける。拷問する側は、いざというとき外せるように解除述式をメモに残したりするんですよ」

「すごい、エドガー。いつの間にこんなの手に入れたの?」

「俺はスラム生まれ、スラム育ちなんだよ、バニラ」


 ひらひらと手を振るエドガーは、おそらく男に殴りかかったときにこれを奪い取っていたのだろう。

 術式自体は簡単であるものの、この行程の多さは厄介だ。

 解除述式の利用にも魔力を使う以上、リオンにやってもらうしかない。

 面倒そうな作業を頼むことに、おずおずとリオンを見上げると、リオンはため息をこぼした。


「おまえが面倒事を持ち込むのはいつものことだ。不安そうな顔をせずとも解除くらいしてやる。それより、ここを出るぞ。部屋の天井を爆破したせいで、いつ崩れるやもわからん。連中がどうにかなろうとも、俺たちが怪我をする必要はないだろう」


 リオンは、抱きしめていたバニラを離して立ち上がったものの手は握ってくれている。

 繋いだ手から魔力が流れてくるため、魔力供給のためだとはわかっているが、どうにもドキドキしてしまう。


「立てるか?」

「大丈夫です。フラメル様は、バニラをよろしくお願いします」


 ひねりあげられた腕は動かせない様子だが、エドガーはゆっくりと立ち上がった。

 三人で瓦礫の山をのぼり、屋外へと顔を出す。


 一晩ぶりに出た外の世界は朝だった。

 朝日がまぶしくて目を細めて、バニラは周囲を見回す。

 そして、ここがどこかを知った。


 割れてしまってもなお、色鮮やかな光をこぼすステンドグラス。

 並んでいるボロボロになった木のベンチ。

 くずれかけた女神像。


「ここ、あの呪われた教会だったのか……」


 エドガーが周囲を見回して驚いた様子の声をあげている。


 廃墟となった教会。

 ここをバニラは知っている。


「転移石を使われて、どこにいるかもわかっていなかったのだったな。ここはイニジオの街だ。おまえたちが出会ったと言っていた場所だろう」

「ああ……あの告白のときに言ったか……」

「堂々とした告白だったな」

「い、言わないでください。恥ずかしいので」

「恥ずかしがっている暇があるなら、少し休んだ方がいいぞ。寝ていないだろう。顔色も最悪だし、その腕は折れている。医者が来たら呼ぶから寝ていろ」


 エドガー自身、自分が体力的にもう限界であることはわかっていたのだろう。

 傍にあった腐敗の進んでいないベンチにどすりと腰掛けると彼はそのままずるずると横になった。


「すみません、フラメル様。お言葉に甘えさせていただきます」

「エドガーは医者に任せる他ない。おまえはまずその首輪を解除せねばならん。まずはよく見せて……。おい、聞いているか?」


 メモに視線を落としていたリオンは、バニラが一切反応を見せないことに気がついて顔をあげる。


 バニラは教会の奥を見ていた。

 昔燃えたのだろうか。真っ黒に煤けた場所をじっと見つめるバニラは魔力切れで呼吸が浅い。

 小さく肩で呼吸をしながら、バニラはここではないどこかを見ているように視線を遠くに投げていた。


「……おい。魔力切れで苦しすぎておかしくなったか」

「先輩」


 リオンを呼んだバニラが、ゆっくりとリオンの目へと視線を向ける。

 目と目が合うと、バニラはぽつりと言った。


「私、ここで人を殺しました」 


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