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29 小竜の便り


「暴れてんじゃねぇ! 奴隷になる分際でよ!」


 怒声と鈍い殴打音で、バニラはハッと目を覚ました。

 「ぐ、うっ」と呻いてバニラの目の前に転がっているのは、ぼろぼろのエドガーで彼が何度も殴られたことがすぐにわかった。


「エドガー!」

「うるせぇ嬢ちゃんだな」


 体中傷だらけなのに立ち上がろうとするエドガーにバニラが駆け寄ると、エドガーを殴りつけていた男たちの中のひとりが舌打ちをして歩み寄ってくる。

 バニラは『氷結する世界』を使おうとして術が発動しないことに気がついた。


「どうして……!?」

「俺たちが必要なのは、あんたの知識だけだからな。体はどんな風になっててもかまわねぇんだぜ? お嬢ちゃん」

「やめろ! その子に触るな!」


 金色のふわふわの髪をつかまれて、バニラは痛みに目を細める。


 今、男は知識が必要だと言った。

 バニラの知識の中で、こういった男たちに狙われる原因になる知識なんてひとつだけだ。

 古代魔術に関する知識。


「誰から、聞いたの?」

「情報源を言ったら、俺たちの仕事はおしまいだ。……顔も上玉じゃねぇか。お楽しみはこれからだからな。覚悟してろよ、嬢ちゃん」


 乱暴に体を投げ捨てられて、バニラは地面に落とされる。

 男たちが出て行くと、真っ暗な部屋には静寂が訪れた。


「バニラ……。怪我してないか? すまない。守ってやれなくて」

「私こそ、巻き込んでごめんなさい。すっごく痛いでしょ? 動かないで」


 あちこちぶつけて痛む体を起こして、バニラは転がったまま動けないでいるエドガーに歩み寄る。

 治癒術を使おうとして、やはり使えずにバニラが眉を寄せると、エドガーがこちらに手を伸ばしてきた。


「これがあるから、魔術は使えないし、呪術も無効化されてるはずだ。フラメル様の守護の呪術にも期待はできない状況だな」


 エドガーが触れたバニラの首もとで金属音が鳴る。

 そっと自身で首元に触れてみると、なにかがはめられている様子だ。

 闇に慣れてきた目で、じっと見つめるとエドガーの首にも銀色の輪がはめられているのが見えた。


「これって魔力拘束具? かな?」

「そう。よく奴隷がつけられるやつだ。呪術も強化系統のものを奴隷が既にかけてると面倒だから封じられる。……しかも、俺のと違ってバニラのは魔力放出型みたいだな」


 ゆっくり体を起こしたエドガーがバニラの首に顔を近づける。

 それから自身の首輪の顎下部分にある石をトントンと指さした。


「バニラのは石の色が緑じゃなくて赤だ」


 自分では石の色が見えないが、エドガーの石の色は見える。

 彼の石は確かに緑色をしていた。


「魔力開放型ってことは、魔力が使えないだけじゃないってこと?」

「これがついてたら、魔力を使えない上に徐々に魔力が流れ出るから、いつか苦しんで意識を失う。でも、死にはしないから、魔力を回復して意識を取り戻し、また魔力が流れ出ては苦しむ。……拷問によく使われる拘束具だな」


 魔力切れのときの苦しさは溺れているときのようなものだ。

 この拘束具をつけられてから、どのくらい眠っていたのかはわからないが、確かにバニラの体内の魔力はほとんど削られている。

 いずれ訪れる苦しみを想像すると恐怖で体が震えた。


「ここが、どこだかわかる?」

「バニラより先に目は覚めたけど、まったく。殴られて意識を失う直前に見た光は、転移石を使ったときの光に似てた」

「じゃあ、バレンティアからすっごく離れた場所かもってことだよね……?」

「そういうことになるかな……」


 壁にもたれかかるようにしてぐったりしているエドガーの言葉に、バニラは一瞬浮かんだ涙をバレないように拭った。

 リオンにもう会えないかもしれない。

 そう思うと怖かった。


「おいおい。かわいいバニラ? オレさまのことを忘れてもらっちゃぁ困るぜ?」


 沈鬱としていた場の空気に似合わない明るい声が低い位置から聞こえる。

 「ねずみ?」と首を傾げたエドガーに、その声は怒鳴り声をあげた。


「誰がねずみか! こんなに愛らしいシャルル様をつかまえてぇ!」

「シャルル! 来てくれたの!?」


 暗闇の中でもつやつやと光る銀の鱗。

 青い大きなくりくりおめめ。

 シャルルがどや顔を決めて腕を組んだ。


「オレ様は、ず~っと見てたんだぜ。バニラの鞄の中から、この爽やか兄貴とのデートもず~っとな」

「さ、爽やか兄貴? この子は? 竜? なんで、しゃべってるんだ? というか、小さいな」

「小さい言うな! 緊急事態だから出てきてやったんだ。オレ様はあんたの命の恩人になるんだ。偉そうな口はきくんじゃねぇぞぉ?」

「シャルルは、私の使い魔なの。お父さんとの旅の途中で出会った子で悪い子じゃないよ」

「なるほど。それで、どうやって俺たちを助けてくれるんだ?」

「まずは、明かりが用意できるな」


 明かりもない真っ暗闇の部屋の中をシャルルがちょこちょこと移動する。

 ごそごそと部屋の隅から何か取り出すと、シャルルは小さな炎を吐いた。

 それでようやく、シャルルが部屋の隅から取り出した物がわかった。

 ろうそくだ。


「これで一晩くらいはもつだろ」

「ありがとう、シャルル」


 またちょこちょこ戻ってきたシャルルが、バニラとエドガーの前にろうそくをたててくれる。

 小さな明かりでもひとつあるだけで心が落ち着いた。


「で、だ。オレ様がここで大暴れして、バニラとあんたを助けることもできる。……いつもならな」

「今日は無理だってことか?」

「ま、こんなに愛らしいオレ様が強いだなんて信じられねぇと思うけど、マジで今日は無理だ。最近実家がゴタゴタしてて既に魔力がねぇんだわ」

「シャルルはいっつも魔力なんてないじゃない」

「バニラまでオレ様のことナメてんのなぁ」


 がっくしと言った具合でうなだれたシャルルは、すぐに気を取り直して胸を張る。

 青いくりくりおめめは決意に満ちていた。


「今のオレ様はここでは戦えねぇ。けど、オレ様ならむっつり先輩を呼んでくることはできる!」

「先輩を? どうやってここから出るの?」

「鞄、奪われちまってるだろ? バニラ」


 シャルルに言われて初めて気がつく。

 確かにいつもさげていた鞄がどこにもない。


「オレ様の家はバニラの鞄だ。その鞄は奪われてこの部屋にない。なのに、オレ様はここにいる。つまり、オレ様は部屋の外からここに入ってきたってことだ。あの抜け穴からな」


 シャルルが指さした壁を照らすと確かに小さな穴が空いている。

 シャルルなら通れる穴だろう。


「爽やか兄貴の言うとおり、転移石が使われてた。鞄の中から覗いてただけだから詳しくはわからないが、ここは知らない街の廃墟みたいなとこだ。バレンティアまでは距離があるかもしれねぇから、すぐに助けを呼べるかは微妙だ。それまで、ここでどうにかもちこたえてくれ。できるな?」


 シャルルの声音はいつもの軽い調子のものではない。

 真剣な声色にバニラはエドガーを窺った。


 バニラは拷問用の拘束具をつけられていることから考えて、恐らくここで拷問を受けるのだろう。

 すぐにはここを移動することはない。

 だが、エドガーは奴隷になる予定らしい。

 それならば、彼はすぐにでもどこかに連れて行かれる可能性がある。


 ここで助けを待つという選択はエドガーにとっては最良のものではないかもしれない。

 そう考えて見ていたエドガーも、こちらに視線を向けてきた。

 殴られてぼろぼろの彼は、あたたかくほほえんだ。


「俺は奴隷生活には慣れてる。ここでダメなら、いつかまた逃げ出すさ。だから、俺のことは考えず、バニラのことだけ考えて、助けを呼んできてほしい」

「助けに来たとき、あんたがここにいなくても深追いはしない。それでいいんだな? 爽やか兄貴」

「ああ。そうしてくれ」

「承知した。あんたやっぱかっこいいな」


 ふわりと飛んだシャルルが、バニラの顔の前にくる。

 ぷにっと柔らかなシャルルの手がバニラの鼻先を押した。


「心配すんな。オレ様は今は魔力がすっからかんでも、飛ぶ速さは魔力にゃ関係ねぇ。一族ナンバーワンのスピードでバビュンと行って帰ってくっから。エドガーも死なねぇ、バニラももちろん死なねぇ。だから、安心して待ってろ」

「……わかった。シャルを信じる。気をつけてね」

「任せろ」


 ふふんと笑ったシャルルは、壁の穴へと飛んでいく。

 穴の向こう側を覗いてから、シャルルはエドガーを振り返った。


「爽やか兄貴。バニラのこと、よろしく頼む。襲うんじゃねぇぞ。オレ様のかわいこちゃんだ」

「こんな状況で襲うわけないだろ。なんたって爽やか兄貴なんだから」


 くくっとおもしろそうに笑ってから、シャルルは穴をくぐって行ってしまった。


 静かになった部屋で、エドガーが小さく唸る。

 彼はだいぶ殴られていた。

 体の痛みは相当だろう。


「大丈夫? っはぁ、エドガー」

「バニラ……?」


 魔力量が生まれつき少ない人間というのは本当に損だ。

 古代魔術の術式改造だって常人が使うときよりも魔力量を低く調整しなければならない。

 こういった魔力を削る系の拷問にだって、人一倍弱い。


 そう。バニラの魔力は既に底を尽きかけていた。 

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