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27 それぞれの苦悩


「兄上殿? 何の話だぁ?」


 リオンの発言にシャルルは小さな手をぴこぴことあげる。

 どうやら肩をすくめているらしい。


「とぼけても無駄だ。シルヴァはおまえだろう?」

「シルヴァ? 誰だって?」

「この間初めてドラゴンを倒してな。ドラゴンの魔力とシルヴァの魔力は酷似していた。俺の知っている中で、あいつを大事にしているドラゴンなんて、おまえくらいなものだ」


 腕を組んで淡々と伝えると、シャルルが小さくため息を吐く。

 あきらめた様子でシャルルが宙返りをすると一瞬視界が白く染まり、次の瞬間にはリオンの目の前には灰銀色の髪の青年シルヴァが立っていた。


「まっさかバレちまうたぁな。恥ずかしいからバニラには言うなよな」

「なぜ口調を胡散臭い紳士調にしてまで、あいつに隠しているんだ?」

「胡散臭いはねぇだろ。口調はバニラはああいう頼れるお兄さん的なのが好きかなぁと思っただけだよ。ま、あの子はあんたにメロメロで見向きもしなかったけど。隠してるのは、そりゃぁ俺様がこんなイケメンと知ったらバニラは一緒に寝てくれなくなるかもしんないからよ」


 軽口をたたくシルヴァ……いや、シャルルからは信じられないが、本当にあの巨大なドラゴンと似た魔力を感じる。

 しかも、彼の魔力はあのときのドラゴンよりも遥かに強い。

 相当血統のいいドラゴンなのだろうというのは、一瞬で理解できた。

 そして、それは彼にバニラを守ってほしいと願うリオンにとってはいいことでしかなかった。


「シルヴァだろうがシャルルだろうが、俺にとってはどちらでも構わない。あいつのことは必ず守ってやってくれ」

「それなら、エドガーでもいいんじゃねぇの? あの坊主は、バニラのことが大好きみてぇだしよ」

「エドガーはいい奴だが、ただのいい奴だ。化け物のような奴からは、あいつを守ってやることはできん」

「バニラが化け物級の奴らに狙われる可能性があるって言いてぇの?」


 首を傾げてシャルルがリオンに問いかける。

 物騒なその質問に、リオンは深く頷いた。


「そうだ。あいつは古代魔術が使える上に、気に入られてしまった」

「んぁ? 誰に?」


 特定の誰かを恐れているような言い方のリオンにシャルルが眉を寄せる。

 しかし、リオンはその問いには答えることができなかった。


「だんまりかよ」

「……とにかく、あいつの身に危険が及んだ場合にはまた守護の呪いを発動させるよう促してやってくれ。どんな状況であろうと遠慮はさせるな。俺は死のうが構わん」

「あのな、むっつり先輩は自分の命をどうでもよさげに扱ってるし、死ぬだ殺されるだって言ってるけどよ。バニラはあんたが死んだら、きっと今までのままのあの子じゃいられないぜ? あんたが生き延びて、自分でバニラを守ってやるっていう選択はねぇのかよ」


 苛立っている様子のシャルルにリオンは唇を噛む。


 そんな選択ができるのならば、してみたい。

 だが、それはリオンにとって死よりずっと恐ろしい選択だった。


「ない」


 表情を歪めて苦しげな声を出すリオンに、シャルルもそれ以上の文句は言えなかった。

 言いたいことをすべて飲み込んで、ふうと息を吐いたシャルルは再び小さなドラゴンの姿に戻る。

 魔力もまったく感じない、ただ小さくて愛らしいだけのシャルルはリオンの横を羽ばたいて窓から外へと出た。


「俺様はずっとあの子を守ってやるよ。でも、俺はバニラが求めてるむっつり先輩こそが、あの子を守ってやってほしいって思ってるよ」


 去り際に言い残したシャルルがエドガーたちの部屋がある寮の方へと飛んでいくのを見守って、リオンは髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜる。


「俺だって、本当は」


 うめくように呟いた言葉の先はこれ以上口走るとおかしくなってしまいそうで、口を閉じた。



 *



「バニラ。ぶっちゃけて言いますわね。エドガーは超絶ウルトラスーパー優良物件ですわ」


 勉強も終え、リオンに勝つための研究も進め、さあもう休もうかという深夜。

 クーリアは一緒にもぐったベッドの中で真剣にバニラの目を見つめて言った。

 その胸にはクーリアの魔術を結晶化させた蒼い宝石がさげられている。

 古代魔術『蒼い結晶』が無事成功したことをかみ締めながらも、その美しさに見惚れていたバニラはきょとんと目を丸めた。


「え? なになにクーリアどうしたの?」

「勘違いしないでくださいませ。私はバニラがエドガーに鞍替えすれば、リオン・フラメル様が手にはいるなんて思ってはいませんわ。あの方のことは愛していますが、それとこれとは別。あなたの幸せを考えて、話しているんですの。エドガーはいい男だと!」


 ここはクーリアの部屋。

 ダイニングを挟んだ向こう側は、そのエドガーの部屋だ。

 もしかすると、張本人であるエドガーが水を飲みにダイニングにでている可能性だってある。

 クーリアに「しーっ!」と人差し指をたてて声を抑えるよう伝えると、彼女も気がついたようで小さく咳払いをして小声になった。


「貴族である私が言うのもおかしいですけれど、貴族っていうのはややこしい社会ですわ。やたらと血筋を気にしますし、フラメル家も優秀な魔術師同士が結婚をして繋いできた家系ですわ。あの家は研究に没頭して屋敷を出ないままに生涯を終える方も多いですし、嫁げば大変なことも多いはずですわよ」


 確かに禁断書庫で見つけた魔術『犠牲者の足掻き』を開発したメリーベア・フラメルも研究に没頭していて屋敷を出なかったらしい。

 変わり者が多いのは間違いないのだろうとは思うが、それがリオンをあきらめる理由にはならなかった。


「私は先輩と結婚するために三つの試練を突破しようとしてる女なんだよ? 親戚のめんどくささなんて何のそのだよ」

「ええ。確かにバニラなら乗り越えられる苦労でしょうね。ですけれど、エドガーを選べばそんな苦労を乗り越える必要すらないのですわよ」


 カーテンの隙間からこぼれる月明かりしか光源のない部屋でクーリアがぴんと指を立てる。

 クーリアのきれいな青い瞳が輝いていて、彼女が本気で語っていることをバニラに伝えてきた。


「エドガーは私の執事という定職についていますから、収入は安泰。更に住み込みで働いてもらっていますから、結婚相手も屋敷で暮らすことになりますわ。つまり、住居についての心配もなし。彼は優しい男ですから、子どもができたら溺愛するでしょう。更に叱ることもうまいですから、子どもが非行の道に走りかけても暖かく人の道へと導いてくれるはずですわ」

「こ、子どもができたときのことまで……。さすがクーリア。頭の回転が速いなぁ」

「それに、エドガーは包容力の固まりのような男ですわ。感情の機微に敏感ですから、少し落ち込んでいただけでもすぐに気がついて慰めるでしょうし、寂しければ飛んできて慰めてくれるはず。バニラが望むことは頼まずとも行い、いやがることは絶対に、百パーセントしない男ですわ」

「まあ、きっとそうだろうね」


 クーリアの熱すぎるエドガープレゼンにバニラは圧倒されながらも頷く。


 エドガーは優しい。

 幼い頃から彼はバニラに優しかった。

 スラムで共に過ごした時は短かったが、エドガーはどんなにおなかが空いていても、割ったパンの大きい方をバニラにくれた。

 悪夢にうなされた夜には、目が覚めると彼が頭をなでていてくれたこともあった。


 いい男であり、しがらみもない。

 多くの女の子の理想の男。

 それがエドガーなのだろう。

 それでも、バニラはリオンが好きだった。


「でも、私はエドガーとは付き合えないよ」


 ベッドの中。

 熱弁したクーリアの固く握られた拳に手のひらをそっと重ねてバニラはほほえむ。

 クーリアは切なげに眉をさげて、頷いた。


「そう言うのはわかっていましたわ。なぜそんなにも彼のことが好きなんですの? リオン。フラメル様がすてきなのは重々承知ですわ。けれど、あなたの愛の強さには驚かされます」

「う~ん。そうだねえ」


 小さくうなってから、バニラは答えた。


「私は先輩に一目惚れして、先輩を追っかけてバレンティアに入学したのね。先輩と結婚するために三つの試練も受けた。毎日毎日支援クエスト大変だし、勉強もきついし、先輩を倒すための研究だって難しすぎて辛いよ。けど、絶対に昨日より今日の方が、今日より明日の方が先輩のことが大好きになってるの」


 呆れた様子でこちらを見るリオンを思い出すと、バニラは思わずふふっと笑っていた。


「先輩ったらね。なんにもしなくても何でもできちゃいますって顔してるでしょ。でも、そうじゃなくって天才的に料理がうまいのもめちゃくちゃ料理本見て研究してるからなんだ。勉強だって本当はすごく努力してる。魔術だって魔力量は人並みだから、コントロールする技術を身につけるためにすごく努力したんだと思う。隠れて努力してるとこ見つけちゃうと、すっごく恥ずかしそうに照れ隠しするの」


 勉強しているリオンの部屋へ夕飯の声をかけに行ったとき、広げていた魔術書を大慌てで隠して「勉強なんてしていない!」と聞いてもいないのに大声をあげたリオンはかわいらしかった。

 「勉強してても大好きですっ」と言うと真っ赤になっていた耳が愛しすぎた。


「隠れてがんばってるからソファーで寝ちゃうこともあるのね。毛布かけたら、ぱって起きて『一切、寝ていない』なんて大嘘言うのね。そんなことで強がらなくていいのにさ。なんだか、もう全部がかわいくって」

「なんですの、その話は。何をしようともかわいらしいみたいに聞こえますわ」

「まさにその通り! なにしてても先輩のことが好き。理由なんてわかんないの。だから、エドガーには申し訳ないけど、友達以上にはなれない」


 バニラの言葉にクーリアは眉を下げたまま笑む。

 バニラの手を包むように握って、クーリアは目を閉じた。


「わかりましたわ。エドガーがかわいそうですけれど、それは仕方のないことですものね」

「ごめんね、クーリア。エドガーを傷つけることになって」

「彼もきっとわかってますわ。それでも、あなたに伝えたかったんだと思います。ですから、明日はあなたは友達としてでいいですから、エドガーと楽しく出かけてきてあげてください」

「もちろん。私はエドガーのこと好きだもん」


 明日、大切な友達と遊びにでかけて、大切な友達を深く傷つける。

 そう思うとなかなか眠れなかったバニラをクーリアが握ってくれた手の温かさが、ゆっくりと眠りへと誘った。


 *


「お、おはよう! エドガー!」


 翌朝。

 バニラはいつもの制服ではなく私服でバレンティア近くの街に来ていた。

 待ち合わせ場所の広場では、同じく私服のエドガーが立っている。

 すらりとした高身長の彼は町中で見ると目を引くスタイルの良さだ。

 挨拶をしたバニラに笑顔で手を振る姿なんて、彼氏ならば百点満点だっただろう。

 その証拠に、周囲の女性から「うらやましい」という声がちらほらと聞こえてくる。


「やあ。バニラ。私服似合ってる。かわいすぎて少し離れたところからだとわかんなかった」


 照れくさそうに頬を掻くエドガーに女の子扱いされると、なんと返せばいいのかわからない。

 「う」と恥ずかしさにうなって、バニラは今こそちゃんと返事をしなければとエドガーを見上げた。


「あのっ!」

「うん?」

「こ、こくは……えと、例のことのお返事なんだけど!」


 小柄なバニラが精一杯に見上げたエドガーの表情が柔らかくほころんだ。

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