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26 貞操の心配


「ほう。それでエドガーと食事に行くことを承知したと」

「はい……」


 四件の支援クエスト依頼をこなして帰ったバニラは、リオンの前に正座をしていた。

 ソファーに座るリオンは足を組み、肘掛けに肘を置いて話を聞いていた。


 声色はどうでもよさそうなのに、眉間に激しいしわが寄っているので、リオンがどう思っているのかがいまいちわからない。

 浮気を告白するような気持ちになるのはなぜなのか。


「今夜はクーリアのところで勉強合宿をするのだったな」

「はいっ! そのために、地下迷宮にもぐったのでがんばってきます!」

「そして、翌日はエドガーと食事、と」

「はい……。エドガーはお友達ですし、告白されたからって断る理由はないかなって。告白の返事はドウェイン先生の手前できませんでしたけど」


 エドガーは友人であるため二人で食事をするのに理由は不要だろう。

 それをドウェインが「デート」なんて表現してしまったがために、バニラも一層どぎまぎしてしまった。

 更に、エドガーが「デートっていうか……うん」と恥ずかしがりながら否定もしないのだから、断ることなどできなかった。


 バニラがどうにも目を合わせられないでいると、リオンがこちらを見下ろしてため息をこぼす。

 ちろりと様子を伺うと、赤い瞳が細められていた。

 怒っているのか呆れているのか、その中間くらいの表情だ。


「……それで? 何時に帰ってくる気だ」

「へ?」

「告白してきた男とほいほいとどこにでかける気で、何時に帰るつもりなのかと聞いている」


 バニラの察しが悪いからか、リオンは若干不機嫌だ。

 バニラはぴんっと背筋をただして答えた。


「街のカフェだそうです……! あの、湖の近くのおしゃれなとこらしくて景色抜群でごはんもおいしいんですって。帰る時間は聞いてないです」

「思い切り、デートだな。詫びと言いつつデートに誘うとは、あいつもなかなかだな」


 ふんと鼻を鳴らしてリオンが細い顎をあげる。

 やっぱり怒っているのだろうか。


「あ、あの先輩? どうして怒ってるんですか?」

「おまえの無防備さが極まっていることに関しては苛立っている。告白してきた男にデートに誘われてほいほいとついていき、今夜はその男がいる家に泊まるというんだからな。クーリア嬢をここに呼ぶことは考えなかったのか」

「う~ん。考えなかったです」


 腕を組んでうなるバニラにリオンは今度こそ深々とため息を吐いた。


 クーリアをここに呼ぶというのは考えなかった。

 が、考えついたとしても実行しなかっただろう。

 何せ、クーリアには勉強も教えてもらうが、ふたりでリオンを倒すための策も練る約束をしていたのだから。


「でも、もうエドガーに殺されるってこともないはずですよ。クーリアはあの呪術の残り香をちゃんと覚えたって言ってましたし、またエドガーが呪われたらすぐに気がつくはずです。だから心配ないですよ」

「危険は命の危機だけではないだろう」

「……ん? 貞操の危機を先輩は心配してくださっていると?」


 その発想はなかった。

 なにせ、リオンはバニラを振った男なのだから。


 首を傾げるバニラにリオンは「そ、んなわけあるか」と声をあげた。


「おまえが誰とよろしくしようが……構わん。だが、三つの試練を投げ出す気になられては、バディとして困る。俺のことをどうでもよくなろうが、おまえは精一杯、三つの試練を乗り越える努力をしろ。そうでなければ、張り合いがないだろう」

「わぁ! 先輩ってば、ほんとに私の貞操の危機を案じてくれてたんじゃないですか!」

「だから、違うと……」

「だぁいじょうぶですよ、先輩っ。シャルも来てくれるって言ってましたから」


 嬉しくてにこにこが止まらないバニラが、今はまだ空っぽな鞄をぽふぽふたたく。


 地下迷宮を出て家に帰ると、そこにはしょんぼりとしたシャルルが待っていた。

 「俺を置いてくバニラなんて……だいっきら、うう、大好きだぜ」と罵倒しようとしてできなかった様子のシャルルを抱きしめて、仲直りは果たし済みである。


 クーリアの家に行くと言ったら、最近は留守にしがちなシャルルだが、「絶対に夜はバニラの傍にいるから、安心しろよな」と言っていたのだ。

 バニラとしては、エドガーがそんなことをする男とは思っていないのだが、周りが心配するのは仕方がない。


 「シャルルか」と呟いたリオンは頷いた。


「まあ、あのちび竜がいるのであればいいだろう」

「おお、シャルへの信頼が厚くて嬉しいです!」

「明日は日が沈むまでには帰ってこい。おまえが夕飯当番だからだ」


 びしっとリオンが指さしたカレンダーの明日の欄にはバニラの名前が書かれている。

 交代制の夕飯当番は間違いなくバニラの番だ。


「そうでしたね。わっかりました! じゃあ、そろそろクーリアのとこ行ってきますね。待ってると思うので」


 敬礼を決めてから、立ち上がったバニラはしびれた足をさすりながらでかける準備をする。

 荷物をまとめて玄関を出るとき、リオンは珍しく玄関まで見送りに来てくれた。


「絶対に、日が沈むまでだぞ」

「わかってますよぉ。私が愛しの先輩との約束を破るわけないじゃないですか。いってきますね。ちゅっ」

「ああ」


 投げたキスを避けながら返事をするリオンにニッと笑ってから、ぱたぱたとバニラが出て行ったあと。

 リオンは振り返って足下を見下ろした。


「あの阿呆を頼んだぞ、兄上殿」


 見下ろした視線の先。

 そこに居たのは、じとりとした目のシャルルだった。

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