25 デートの誘い
「――という感じでドラゴン退治して、禁断書庫を脱出できたんです! 先輩と私の愛のなせる技でしたね……! ドウェイン先生のおかげで、目的も達成できました。ありがとうございます」
朗々と地下迷宮での出来事を語るバニラを見ていたドウェインが「なるほど、なかなかの冒険だったね」と拍手をくれる。
場所はいつもの薬草園。
頬に泥をつけて、「へへ」と照れるバニラがここを訪れるのは数日ぶりのことだ。
衝撃的な告白の後、はたと気づいたエドガーはバニラを殺しかけたことに対しての怒濤の謝罪と共に、数日間薬草園の手伝いを代わることを申し出た。
クエストポイントはどれだけエドガーが手伝おうとも、支援クエストを受理しているのがバニラである以上エドガーには一ポイントも入らない。
それでも、エドガーは「こんなことでは詫びにもならないけど」と言いつつ、地下迷宮の冒険で疲れた体を休めるようにとそうしてくれたのだ。
ちなみに、怒濤の謝罪に圧倒され、告白の返事はできず仕舞いになっているのだが、告白については割愛してドウェインには話をした。
教師に、告白されたなんて話をするのは気恥ずかしすぎる。
「エドガー君、手伝いに来てくれた数日間鬼のような働きぶりだったんだよ。きっと贖罪のつもりだったんだろうねぇ」
「でも、エドガーはちっとも悪くないんですよ。変な呪術をかけた人が悪いんです。殺意を増幅する呪術なんて、恐ろしすぎますよ」
「その恐ろしい呪術師が誰かの検討はついていないんだってね」
「そうなんですよ。エドガーがモッテモテだったのが原因で」
呪術は対象の体に触れなければかけることはできない。
呪術をかけられたエドガーは誰に触れられたかを思い出せばよかったのだが、いかんせん触れられた回数が多すぎてわからなかった。
クーリアが言うには、エドガーには隠れファンとやらが多いのだそうだ。
エドガーがひとりきりで歩いているときを狙ってひっそりと握手だけをしてもらう穏やかなファン層らしい。
「エドガーは凄腕呪術師クーリアがバディだったので、呪いかけられても一発でわかるだろうって思ってたから握手に応じまくってたんですよ。でも、今回の呪術はクーリアも甘い香水つけてるのかな? って思った程度の気配だったんですって」
「呪術もバレないように複雑化した術式で相手に送り込む輩もいるみたいだからねえ。気をつけなくちゃいけないよ」
薬草園の心地良さそうな日陰に置いたハンモックに揺られたドウェインが「ふぁあ」とあくびをしながら注意してくる。
どうにも気の抜ける光景ではあるが、バニラはせっせと仕事をこなして、ドウェインに収穫した薬草を手渡した。
「はいっ。今日の収穫できる分はこれで全部ですね」
「ん~っ! ありがとう、バニラ君」
ぐっと伸びをしてから立ち上がったドウェインは、バニラがかごいっぱいに持ってきた薬草を受け取る。
今日もおまけとしてポパイ草とリンベルの花が詰まった袋をもらったバニラがほくほくとしていると、ドウェインはくすっと笑った。
「バニラ君は本当に隙だらけだね。いつでも殺せちゃいそうで、先生は心配だなぁ」
「物騒なこと言わないでくださいよ!」
「呪術に気をつけなさいって言ったあとに、これだけのほほんとされてちゃあね。ほら、簡単に触れちゃうし」
むにりと頬をやわくつままれて、バニラは「やへてくははい」と抗議する。
確かに呪術には警戒しなくてはいけないだろうが、担当教師にまで警戒していては身が保たないだろう。
少しの間バニラの頬の感触を楽しんでから、「ごめんね」と微笑んで、ドウェインは手を離した。
「担任教師としては、バニラ君の活躍はありがたいなぁと思ってるよ。俺の先生としての評判も鰻登りだし」
「ドラゴンの角を提出したからですか?」
「そうそう。まさかリオンがあのドラゴンが倒すとはなぁ……。あ、地下迷宮のことは秘密だからね。君らが夏の実技テストを速攻でパスしたって既に噂になってるんだから」
しっと人差し指をたてるドウェインにバニラは「え」と声をあげる。
古代魔術が勢ぞろいの禁断書庫に入ったなんて話を誰彼かまわずするわけもない。
命を狙われる機会が増えるばかりで、得はないのだから。
それより、気になるのは夏の実技テストについてである。
「え? え? 夏の実技テストの課題なんてまだ発表されてませんよね?」
「そうだよ、今日発表される予定だったんだけど、バニラ君とリオンはもう合格。課題は『大型魔物の討伐』だったんだけど、ドラゴンの角なんか持って来られたら一発合格にするしかないでしょ。付与されたクエストポイントで、そのまま順位づけしようと思ってたけど、間違いなく君たちが一位だろうね」
「や……」
「や?」
「やったぁぁぁぁぁ!」
殺されかけてばかりで不運だなと思っていたこともあったが、リオンと運命の再会を果たせたことといい、やはり自分は幸運だと確信したバニラは両手を高く突き上げる。
夏の実技テストをパスしたことで、大きく『総合成績一位』という試練達成に近づいた。
更にドラゴン退治の報酬として付与されたクエストポイントは、なんと一万ポイント。
リオンが合同討伐クエストで倒した化け物が千ポイントだったため、十倍だ。
『氷結する世界』を多用しながらの支援クエストでコツコツ稼いでいるクエストポイントも合わせれば、『十万クエストポイント獲得』というのも夢ではないだろう。
あとは、リオンを倒すのみ。
バニラはリオンを倒す秘策を今は練りに練っているところだ。
「ひひひ」と笑うバニラの笑みは少々あくどいものになっていた。
「君は表情筋が忙しい子だね」
「あ、忙しいのは表情筋だけじゃないんでした。支援クエストが四件詰まってるので、そろそろ失礼しますね!」
「本当に働き者だなぁ、バニラ君は」
感心するドウェインにバニラが「いってきます」と、くるりと振り返った先。
薬草園の玄関にエドガーが立っていた。
衝撃の告白と怒濤の謝罪以来、会うのは初めてのことである。
「おや、エドガー君だ」と暢気に言うドウェインのようにはいられなかった。
「バニラ。君に話があってきたんだ」
バニラを見つけるなり、片手をあげて爽やかにエドガーがこちらに歩み寄ってくる。
告白の返事! そう、返事しなきゃ。でも、ドウェイン先生の前じゃなぁ。
バニラがどぎまぎしていることもお構いなしに、エドガーはバニラの前に立つと、やわく、そして甘く微笑んだ。
「この間は本当に申し訳なかった。怖い思いをさせてしまったお詫びに、ごはんを奢りたいんだけどいつが空いてるかな?」
照れた様子で頬をかくエドガー。
一瞬返事ができなかったバニラの後ろでドウェインがおもしろそうな声をあげた。
「実に青春だね。デートのお誘いかぁ」




