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22 ふたりだけの書庫



 暗闇の世界は一瞬だった。

 瞬きをすると別の世界が目の前に広がる。


「きれい……」


 そこは円形に広がっている巨大な書庫の中心だった。

 ガラス張りの天井からさす光に照らされた円形の床には巨大な魔法陣が描かれている。

 美しいこの場所こそが、きっと禁断書庫なのだろう。

 ぐるりと魔法陣に書かれた術式を見て、バニラはぽつりと呟いた。


「転移術式……」

「外に繋がっているものだろうな。だが、これを動かすには圧倒的に俺たちの魔力が不足している」


 転移術は古代魔術ほどではないが膨大な魔力量を消費する。

 魔力量が少ないバニラと人並みのリオンに動かせる魔法陣でないことは明白だった。


「だが、体内埋め込み型より物理的に存在している魔法陣のほうが魔力消費は激しくない。幸いここは禁断書庫だ。何か方法があるかもしれん」

「クーリアのための『蒼い結晶』も探さなきゃです」


 一番近くの本棚へと歩きだそうとして、まだ手をつないでいたことに気がつく。

 リオンも同じタイミングで気がついたようであわてて手を離した。


「……恐らく、書庫内は安全だがあまり俺から離れるなよ」

「ふふっ。はぁい」


 仕切り直すように咳払いをしてから「探すぞ」と低く言ったリオンがさっさと本棚の前に移動する。

 赤い目をそらして照れているリオンのかわいさにキュンキュンする自分を抑えて、バニラも魔術書探しに集中した。


 この書庫に並ぶ魔術書がすべて古代語で書かれていることはすぐにわかった。

 難解な古代語は覚えていようともすぐには理解できない。

 背表紙に書かれたタイトルを読むのにも時間がかかり、捜索は難航を極めた。


 薬草と水は持ってきているが、それが保つのもあと一晩程度だろう。

 この書庫全体を今日明日で探せるかというと、それも難しい。


 それらしいタイトルの本を見つけては手に取り、内容をざっと読み飛ばして、求めているものでないことを確認してから棚に戻す。

 同じ作業を延々と繰り返していたバニラの集中をぷつりと切ったのは、そっと肩に乗った温もりだった。


「シャ、ルじゃなかった。先輩……」

「あのチビ竜も心配しているかもしれんな」


 肩に乗るわずかな重みと温もりが恋しい。

 シャルルが人に見つかることが心配で置いてきてしまったが、ついてきてもらっておけばよかった。

 そっと肩をたたいたリオンの手は、バニラを慰めてくれているようだった。


「もう日も暮れた。一旦おまえは休んだ方がいい」


 リオンが言いながら天井を見上げる。

 バニラもリオンの視線を追うようにしてガラス張りの天井を見やると、そこには大きな月とちりばめられた星が輝いていた。


「先輩も休みます?」

「俺は大丈夫だが、おまえは休め。鏡がないからわからんだろうが、疲労困憊の顔色だ」


 確かに疲れてはいる。

 迷宮を歩き回り、ドラゴンに追いかけられた。

 精神的にも体力的にも疲弊はしているが、ゆっくり休んでいるわけにもいかない。


「だめですよ。今夜寝ずに探せば見つかるかもしれませんし、先輩だって疲れた顔してます。なんだか隈もできてますし……寝不足ですか?」

「ああ。昨夜はおまえの兄が来てな。その後は眠れなかった」

「兄? なんだか今朝も先輩言ってましたよね。私兄なんて……」

「いないんだろうが、そいつがそう名乗っていた以上仕方がないだろう」


 話が見えずに首を傾げるバニラに「その話はいい」とため息まじりに言って、リオンは諭すような目でバニラを見た。


「一度寝ろ」

「やです」

「おまえな……」

「先輩も一緒に寝なきゃ、やです。水は後一日。食べ物は薬草もあるので保ちます。ふたりとも体力温存して、明日また集中して魔術書を探す方が絶対に効率的です」


 真剣なバニラのまなざしにリオンは少し考えてから、深く息を吐く。

 それから頭を抱えて静かに頷いた。


「わかった。いいだろう。書庫全体を見て回ったが魔物の気配もない。見張りもいらんだろうから、休むぞ」

「了解でっす!」


 お互いに携えていた本を片づけて、魔法陣の描かれた床に転がる。

 石でできた床は固いわ冷たいわで、野宿の方がましな寝心地だ。

 だが、天井がガラス張りの窓のおかげで、眺めだけは最高と言える。

 今にも降ってきそうな星々を見上げて、バニラはほうと息を吐いた。


「先輩……。どうしましょう。星をみあげて二人で眠るなんて、ちょっとロマンチックすぎませんか?」

「おまえは父君と旅をしていたんだろう。野宿すれば、このくらいの星は父君と見ていただろうが」


 リオンの冷めた声にバニラは唇をとがらせる。

 甘い会話を期待したのに、父の話をされたせいで野宿のときの父親のいびきを思い出してしまった。


「先輩ってば、顔はいいのに言動はモテない気がします」

「わざとモテなくしているんだ。そのくらいのバランスがちょうどいいだろうが」


 軽口をたたき合いながら、ぼんやりと星を見上げる。

 隣を見ると、小さくあくびをしたリオンが眠たげに目を細めて夜空を見上げていた。


「先輩。ここってどこなんですかね」

「禁断書庫だろう?」

「そういう意味じゃなくって、地下迷宮の中なのに星空が見えるのはおかしいじゃないですか」

「ああ、そういう意味でなら、ここは隔絶された異空間なんだろう。古代魔術でつくられた世界の隙間。そこに作られたのが、この書庫なんだろうな」

「それなら、お父さんに聞いたことあります。古いダンジョンに潜ったりする時には、こういう空間にとばされるトラップもあるから、転移石を用意しておくべきだって。……迷い込んで出られなかった冒険者もたくさんいるからとも、言ってました」


 もしも、この本しかない空間から一生出られなかったら、どうしたらいいのだろう。

 死ぬまでここでふたりきり。

 それはロマンチックにも感じられたが、恐怖の方が強かった。


 じっと見つめていたリオンの横顔がゆっくりとこちらを見る。

 黒い絹糸のような髪が流れて、眠たそうな赤い瞳と目が合った。


「なんだ。怖くなったのか?」


 リオンは昨夜あまり眠れていないと言っていた。

 眠気からだろう。甘さを含んだその声に耳をとかされそうだ。

 そっとリオンがこちらに手を伸ばしてきて、バニラの髪を耳にかける。

 くすぐったさに身をすくめると、リオンがもそもそとよってきて、バニラをその胸に抱き込んだ。


「せ、んぱい?」

「寒いんだろう? 震えていた」


 それは、リオンの手が耳に当たってくすぐったかっただけだ。

 だが、否定はしないでおく。

 どぎまぎとしながら恥ずかしさに目を閉じると、リオンの胸から彼の心音が聞こえた。

 とくんとくんと聞こえる優しいその音が眠気を誘う。


「大丈夫だ。何の問題もない。万が一ここを出られなかったなら、俺がおまえをここでできる精一杯のことをして甘やかしてやる。毎日抱きしめるし、毎日口づける。不安なんて感じないまま、ふたりで緩やかに命を終える」

「それも幸せかもしれませんね」

「だが、それは万が一の話だ。そういう未来は来ない。絶対にここから出してやる。おまえは自由で、幸せでなければいけないんだ」


 眠くて、リオンがなにを言っているのかよくわからない。

 髪の間をリオンの指が何度も通って、彼がささやく優しい言葉が心地よくて、バニラは気づかない内に深い眠りについていた。


 夢も見ないほどの深い眠りから覚めたのは、天井から差し込む日の明かりがまぶしかったからだ。

 隔絶された世界の狭間であるというのに、時間経過の芸がこまかい。

 まぶしさに目を瞬かせてから、バニラはハッと気づいて体を起こす。


「先輩……?」


 隣にいたはずのリオンがどこにも見えなかった。


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